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DEFENDER ~京葉学園防衛記録~  作者: 二樹霖
第一章 防衛校
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第八節

巧たちのクラスの担任は小森だ。

しかし彼がHRに顔を出すのは稀で、いつもならば副担の本庄が連絡をする。


「お前ら席につけ」大きな音を鳴らして教室の扉を開けたのは小森だった。

「小森先生かよぉ」そう言って前を向いた真治。巧との話を中断させられて、しかも小森とわかり口をとがらせる。

そのあと、教室は笑い声であふれる。

「悪かったな本庄先生じゃなくて」小森は頭をかく。


「・・・、」巧は眼を見開く。


小森だったのだ、本庄ではなく。

本庄が来ない、小森が来るというのは稀。

彼女が病欠か、あるいは

何があった、俯いて思考する。

教室は騒がしい。

大半の笑顔と、ほんの一部の不安。

巧はすぐに笑顔を見せる小森を睨んだ。


『本庄の身に何かがあった』。

彼はそれを知っている。

なのに。

それなのに、小森は笑顔を見せる。

それが、堪らなく許せなかった。

わかっていた。

小森にとってそれが本意でないことぐらい、わかっていた。

小森は一瞬、ほんのわずかに巧を見つめると、すぐに笑顔に戻ってHRを開始する。


真治の茶化に続いて、何人かの生徒も同じ反応を見せた。

生徒の多くはそのことを知らない。感付く者はいた。

巧は、彼を含め数名は黙るか、あるいはそれに加わることはない。

どうして、笑顔でいられるというのか。

しかし、誰も、どうこうしようなんて、そんな気はなかった。

ここでどんなアクションを起こせばいいのか。

起こしたところで、それは本庄のためになることなのか。誰もわからない。

だから、黙る。

だから、何も言わずHRが終わるのを待つだけ。

終わったところで小森に聞いても無駄なこと。

なんだかんだと言い訳をして、そうして去るだろう。

子供は、知らなくてもいいことだと。

生徒には関係のないことだと。

こういうとき、大人は、教員たちは決まってそう、口にするのだった。



教室から、いつもより幾分か早足で立ち去る。小森。

それに続いて、立ち上がる巧。黙ってはいられない。そういう性分だった。

しばらくして歩いて、小森の姿を見つけた。

電話、いや無線機を握っていた。

「小森先生」

「…天田か。どうした」

声をかけるが、対して薄い反応を示す。

口を開こうとした巧に、小森は首を横にふる。


聞かれても何も答えない。


問いただそうとした、しかしその仕草に口を結ぶ。

そうして、

「そんなに、そんなに僕が信頼できませんか」巧は、質問を変える。

もっとも、答えは知っている。

「『そんな訳があるか』。先生はお前を、お前たちをこれほどないまでに信頼しているし信用もしている」

テンプレートだった。

「なら、」そう、口を開けても、

「ならじゃない」そう、返される。

それでも、巧は引き下がることはしない。

「なんでですか…。ファーストの作戦だから、ですか。僕がセカンドだからですか」

現在実施されている作戦はファースト、ファーストクラスにのみ通達が来ているものだと確認がとれていた。

「なんのためのクラス分けだ。危険なんだ」小森は窓の外を見つめる。夕日が赤く燃えている。

危険なのは誰でも同じ、と言おうと思って止めた。

「わかりませんよ」だから、ただそれだけを言った。

わからないわけはない。

「お前は、子供じゃないだろう」小森の言う、そのとおりだ。

子供でしょう、とまた止めた。

意固地になるのは子供だからじゃない、それは小森も理解しているはずだったから。

巧は理解できていた。理解した上での抗議。通るはずのない、提案。

全部、承知していた。

だから、子供にでもなんでもなってやろうと。

ここで、引き下がるところはないのだと。

巧の瞳は真剣そのものだった。

それは夕日に照らされたためか。それとも。

「それに…」

未だ納得しない巧に、言おうとして渋る。

小森は依然窓の向こうを眺める。太陽が雲に覆われ、廊下に影が満ちる。

「本庄が、あいつが関わってるんだ」

「…なおさら、じゃないんですか」巧は、だったらと踏み込む。

対して首を振る。

「本庄は、それを望まない」

悲しげな瞳で巧を見つめる。

その言葉は抑止力たり得た。

本庄は、本庄という教師はどこまでも優しい。

彼女は先日、巧に全く同じことを言った。

『私を助けないでほしい』と。

それは巧の身を案じてのことであった。

冗談交じりに、受け流した巧は今になってその言葉を煮詰める。

しかし、

どうしても譲らない。譲れない。

ただ黙ってみているなんていうことは、できるはずもなかった。


しばらくして、巧は踵を返す。

諦める。

わけがない。

「…でも、」息を吸い込んで、そうして言い放つ。

「『だからこそ』じゃないですか」

それは決意。

誰がなんと言おうと、覆ることはないと。

「天田!お前は!」

小森は、それでもダメだと小森は巧の肩をつかむ。お前は、本庄を裏切るのか、と。

「本庄先生は、僕を叱るでしょう。相当、怒られますよ。きっと」巧は無理をした笑顔で微笑み、振り返る。続けて、

「でも、ですよ先生。僕のことを大切にしてくれている先生だからこそ、行かなくちゃいけんないんです」だからこそ、と強調した。

それが小森であっても、同じこと。

それが、誰であっても同じこと。

「そうして、嫌われたって、それでもいいと思います。それでもやらなきゃいけないんです」

巧は小森を見つめる。けれど、その先の何かを小森を通して見つめるような。

そんな、『本庄にも似た瞳』で。

「僕は参加します」

小森は圧倒された。

巧は、こんな眼をしていただろうか。本庄はどんな眼をしていただろうか。

おそらく、こんな眼をしていたんだろうな。

「だめだ」

小森は、そう言って脇腹、上着を強く握った。

「黙って見ていろ、そうおっしゃるんですか」


巧の言葉が痛い。


「そうだ。教師は、俺たちはお前ら生徒を守るのが本望なんだから」


方便だ。


「関係はありません。そこに助けるべき人がいる。動く理由は十分でしょう、違いますか」


もっともだ。もっともすぎる。


「そんなことを教えた覚えはないぞ、天田」


それでも、ダメだ。


「では見捨てろ、と教えたのですか」


「…」ああ、こいつは口が達者だった。そう思いだした。


「そんなこと、教わった覚えはありません」


しばらくの沈黙の後、小森が静かに巧から目をそらした。

巧は失礼します、と一瞥して再び歩き出した。


巧の姿が遠くなる。

距離が離れて、初めて見つめることができるその背中。

生徒と教師。そのバランスは案外難しい。

弱かったとおもったら、急に強くなって。

強いから本気を出せば、後で後悔する。

くそ、そうつぶやいて、

「・・・俺は、教員失格かなあ。なあ、本庄」

そう、俯いた。

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