第6話「裏切り―そして、見えない存在へ」
ランドドラゴンのブレスが、洞窟の出口を焼き尽くそうとしていた。
火炎が、出口へ逃げ込もうとしていた騎士たちを飲み込んだ。
「ぎゃああああああ!!」悲鳴が上がる。
炎に焼かれ、数名の騎士が灰になった。
文哉は、その光景に凍りつく。
(死んだ……人が、死んだ……!)
地球では見たことのない、生々しい死。けれど、立ち止まっている暇はなかった。
前方では、葛城と森川、そして梨花が必死にランドドラゴンと対峙していた。
「くそっ、硬い! 全然ダメージが入らない!」
葛城が剣を振るうが、ランドドラゴンの鱗は傷一つつかない。
「魔法も効かない! 防御力が高すぎる!」
森川の炎の魔法も、竜の鱗に弾かれた。
梨花が負傷した騎士に回復魔法をかけているが、間に合っていない。
既に、数名の騎士が倒れていた。
ランドドラゴンが、再び口を開く。
次のブレスが来る。
騎士団長が、苦渋の表情で叫ぶ。
「もう駄目だ! このままでは全滅する! とにかく逃げるんだ!」
「逃げるって、どこに!?」森川が叫び返す。
「こっちです!」
文哉が叫んだ。
先ほど、文哉は『鑑定』で洞窟の構造を把握していた。
左側に、別の通路がある――それは、外へと続く脱出ルートだった。
「左の通路! あそこから外に出られます!」
「マジか! よし、行くぞ!」
葛城が先頭を切って、左の通路へ飛び込んだ。
森川、梨花、そして残った騎士たちも続く。
文哉も必死に走った。
背後から、ランドドラゴンの咆哮が響く。
巨体が、通路に入ろうとしている――が、体が大きすぎて、すぐには入れない。
「今のうちだ! 急げ!」
一行は、細い通路を全力で駆け抜けた。
◆
数分後――
一行は、洞窟の別の出口にたどり着いた。
外は、既に夕暮れ時。
赤く染まった空が、不気味に広がっていた。
「はあ……はあ……」全員が息を切らしている。
葛城が、地面に手をついた。
「くそ……何だよ、あれ……」
「レベル32って……反則だろ……」
森川も、震えた声で呟いた。
梨花は、泣きそうな顔をしている。
「騎士さんたちが……死んじゃった……」
騎士団長が、歯を食いしばった。
「……すまない。私の判断ミスだ」
文哉は、荒い息を整えながら、周囲を見回した。
生き残った騎士は、わずか五人。
十人いた護衛騎士のうち、半分が命を落とした。
(あの時、引き返していれば……)
文哉の脳裏に、葛城の言葉が蘇る。
『はあ? 測定不能? そんなの、お前の鑑定が壊れてるんだろ』
文哉の警告を、無視した。
その結果が、これだ。けれど、文哉は何も言わなかった。
今は、それどころではない。
「とにかく、ここから離れよう。あのドラゴンが追ってくる前に――」
文哉がそう言いかけた、その時だった。
洞窟の奥から、轟音が響いた。
地面が、揺れる。
「まさか……!」
騎士団長の顔が蒼白になった。
そして――
洞窟の壁が、爆発するように砕け散った。
岩が飛び散り、巨大な影が現れる。
ランドドラゴンだった。
壁を破壊して、追ってきたのだ。
「嘘だろ……!」
葛城が絶望的な声を上げた。
ランドドラゴンが、咆哮を上げる。
赤い瞳が、一行を捕らえた。
「に、逃げろ! 全速力で!」
騎士団長が叫んだ。
一行は、再び走り出した。黒森の中を、全力で駆け抜ける。
けれど――
ランドドラゴンの速度は、人間よりも遥かに速かった。
地を這う巨体が、恐るべき速さで迫ってくる。
「くそっ、追いつかれる!」
森川が叫んだ。
距離が、どんどん縮まっていく。
文哉は、後ろを振り返った。
ランドドラゴンが、口を開いている。
ブレスが来る――!
「伏せろ!」
文哉が叫んだ瞬間、火炎が一行の頭上を通過した。
木々が燃え上がり、炎の壁ができる。
「ひっ……!」
梨花が転びそうになった。
文哉が咄嗟に手を伸ばし、彼女の腕を掴む。
「大丈夫ですか!」
「あ、ありがとうございます……!」
けれど、そのわずかな時間のロスで――
ランドドラゴンが、さらに近づいた。
騎士たちが、恐怖に怯えている。
「も、もう駄目だ……!」
一人の騎士が、戦意を失って立ち止まった。
「逃げろ! 戦線離脱だ!」
数人の騎士が、別方向へ逃げ出した。
残ったのは、騎士団長と二人の騎士、そして勇者四人だけ。
「くそっ……どうすんだよ……!」
葛城が焦りの色を浮かべる。
文哉は必死に考えた。
(どうする……このままじゃ、全員殺される……!)
ランドドラゴンが、再びブレスを放とうとしている。
その時――
梨花が、ハッと何かに気づいた表情を見せた。
彼女の視線が、ランドドラゴンと文哉を交互に見ている。
「あれ……もしかして……」
梨花が小さく呟く。
そして――彼女は、葛城の袖を掴んだ。
「葛城さん! 見て! あのドラゴン、中田さんばっかり見てます!」
「……は?」
葛城が、ランドドラゴンを凝視する。
確かに――ランドドラゴンの赤い瞳は、文哉を追っていた。
文哉が少し動くと、ドラゴンの視線も僅かに動く。
「マジだ……あいつ、中田を狙ってる……」
葛城の目が、鋭く光った。
森川も気づいた。
「ってことは……中田が囮になれば、俺たちは逃げられるんじゃね?」
三人の視線が、一瞬交わった。
そこには――冷徹な決意があった。
文哉は、三人の様子に違和感を覚えた。
(何を……話して……?)
嫌な予感が、背筋を走る。
三人の目に、冷たい光が宿った。
文哉は、その目を見て――
全身が凍りついた。
(まさか……!)
次の瞬間――
森川が、小さく詠唱した。
「……『アース・バインド』」
文哉の足元の地面が、不自然に歪み、
地面から這い出した土の鎖が、文哉の両足首をがっちりと固定した。
「!?」
体勢を崩し、文哉は地面に激しく転倒する。
そして――
ランドドラゴンは、すでに文哉の目の前まで迫っていた。
「な――」
文哉が声を上げようとした瞬間、
背後から、葛城の冷たい声が降ってきた。
「お前みたいな無能は、最後に英雄の役に立てて幸せだろ?」
吐き捨てるような、冷酷な声。
「え……」
文哉が、必死に振り返る。
そこには――
逃げる準備を整えた、三人の姿。
梨花が、申し訳なさそうな顔をしながらも――口を開いた。
「最後くらい……役に立ってくださいね」
その言葉が、文哉の心を凍らせた。
森川も、まるで冗談のように、軽い調子で言い放った。
「じゃ、頼んだわ。“囮”役」
葛城、森川、梨花の三人が、全速力で逃げ出していた。
騎士団長も、部下を率いて後退している。
「待っ……!」
文哉が叫ぼうとした。
けれど――
ランドドラゴンの巨大な爪が、文哉の体を掴んだ。
「ぎゃあああああ!!」
激痛が走る。文哉の体が、地面に叩きつけられた。
骨が折れる音が、頭の中で響いた。
(痛い……痛い……!)
視界が霞む。
文哉は、必死に声を絞り出した。
「た、助けて……!」
けれど――
葛城たちは、振り返ることなく逃げていった。
その背中が、どんどん小さくなっていく。
「そんな……」
文哉の目から、涙が溢れた。
裏切られた。
また。
またも。
ランドドラゴンが、文哉を見下ろす。
口が開き、灼熱の息が漏れる。
次のブレスで、文哉は焼き尽くされるだろう。
(死ぬ……のか……)
文哉の意識が、薄れていく。
その時――
文哉の脳裏に、走馬灯のように記憶が蘇った。
◆
地球での日々。
毎日、会社と家を往復するだけの生活。
好きなことを、何一つやってこなかった。
趣味も、恋人も、友人も――何もなかった。
ただ、仕事をこなし、他人を助け、自分を犠牲にし続けた。
そして――
その結果が、これだ。
異世界に召喚されても、結局は「都合のいい存在」として扱われた。
戦えない。
役に立たない。
だから、捨てられた。
(独身、彼女なし、28歳)
(真面目にやってきたのに……全然、報われなかった)
(なんで……なんで僕が、殺されなきゃいけないんだ……!)
悔しさが、胸を焼いた。
憤怒が、全身を駆け巡る。
(葛城……森川……梨花……)
(お前たちは……僕を、捨てた)
(僕の命を、自分たちの逃げる時間に使った)
(「お前みたいな無能は、最後に英雄の役に立てて幸せだろ?」)
(「最後くらい……役に立ってくださいね」)
(「じゃ、頼んだわ。“囮”役」)
(そんな言葉を吐いて……僕を見捨てた)
(許さない……絶対に、許さない……!)
文哉の心に、黒い感情が渦巻いた。
(もし……もしもう一度、あいつらに会うことができるなら――)
(人生、ぶっ壊してやる……!)
(絶対に……!)
その誓いを最後に――
文哉の意識は、闇に沈んだ。
◆
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ふと――
文哉は、意識が戻っていることに気づいた。
(……え?)
目を開ける。
いや、「開ける」という感覚すらなかった。
ただ、視界が――あった。
文哉は、自分が立っていることに気づいた。
(生きて……る?)
周囲を見回す。
そこは、黒森の中だった。
夜が明け、朝日が木々の間から差し込んでいる。
文哉は、自分の体を見下ろした。
そして――
息を呑んだ。
自分の体が――透けていた。
「え……」
半透明の、幽霊のような姿。
手を動かすと、確かに動く。
けれど、その手は光を通し、向こう側が透けて見えた。
(これは……どういう……)
文哉は混乱した。
そして――
ふと、地面を見た。
そこには――
黒く焼け焦げた地面が広がっていた。
ランドドラゴンのブレスで焼き尽くされた跡。
草木は灰になり、土は炭化し――
そして、文哉の遺体は――
跡形もなく、消え去っていた。
骨も、肉も、何も残っていない。
完全に、燃え尽きていた。
「あ……ああ……」文哉の声が震えた。
(死んだ……僕は、完全に死んだんだ……)
遺体すらない。
存在の痕跡すら、消されてしまった。
けれど、意識はある。
こうして、考えることができる。
これは――
文哉は、震える手で『鑑定』を自分自身に向けた。
その瞬間――
視界に、文字が浮かび上がった。
【名前:中田文哉 / 種族:ゴースト / 年齢:28歳(死亡)】
【スキル:鑑定 / 霊体操作 / レベル:1】
【ステータス:HP??? / 攻撃力??? / 防御力???】
【特性:物理無効 / 視認不可 / 壁抜け】
文哉は、その文字を呆然と見つめた。
ゴースト。
幽霊。
死んだはずの自分が、霊体として――
再び、存在している。
「僕は……ゴーストに……?」
文哉の声が、虚空に響いた。
けれど、その声は――
誰にも、届かなかった。
こうして、中田文哉は――
見えない存在として、この世界に再び現れた。
彼の復讐は、ここから始まる。
次回はゴーストであり男であるならば、やらなければいけないことを文哉はしますのでお楽しみに!
本日の18時に更新します!
よければブックマークの登録お願いします!!




