第5話「慢心―無視された警告」
魔物の巣は、黒森の最深部――巨大な岩山の洞窟の中にあった。
洞窟の入り口は、人間が三人並んで入れるほどの大きさ。
中からは、獣の唸り声と、腐臭が漂ってくる。
「これが、魔物の巣か……」
騎士団長が緊張した面持ちで呟いた。
文哉は即座に『鑑定』を発動させ、洞窟の入り口付近を調べた。
【洞窟:深度 約200メートル / 危険度:高】
【魔物の気配:複数 / 推定レベル:15~20】
「洞窟の深さは約200メートル。魔物のレベルは15から20程度と推定されます」
文哉が報告すると、葛城が鼻で笑った。
「レベル20? 余裕じゃん」
「俺たち、もうレベル15あるし。楽勝だろ」
森川も自信満々だ。
騎士団長は少し不安そうだったが、勇者たちの自信に押されるように頷いた。
「では、突入します。勇者様方、お願いします」
「任せろって」
葛城が先頭に立ち、洞窟の中へと踏み込んだ。
◆
洞窟の中は暗く、湿っていた。
松明の灯りが、岩壁を揺らめかせる。
足元には、魔物の骨や、食い散らかされた動物の死骸が散乱していた。
「うわ……気持ち悪い……」
梨花が顔をしかめる。
文哉は周囲を警戒しながら、『鑑定』を使い続けた。
洞窟の奥から、複数の気配。
(来る……!)
「前方! 魔物です!」
文哉が叫んだ瞬間、暗闇から複数の影が飛び出してきた。
巨大な蝙蝠――体長一メートルを超える、牙をむき出しにした魔物だ。
【種族:ジャイアントバット / レベル:16】
【HP:280 / 攻撃力:48 / 防御力:20】
【特性:超音波攻撃 / 群れで行動】
「ジャイアントバット、レベル16! 超音波攻撃に注意!」
「分かってる!」
葛城が剣を振るう。
一閃で、一匹の蝙蝠が真っ二つに裂けた。
森川も呪文を唱える。
「炎よ、貫け――ファイアランス!」
炎の槍が蝙蝠を貫き、焼き尽くす。
次々と魔物が倒されていく。
けれど、蝙蝠の数は多かった。
十匹、十五匹――暗闇の中から、次々と現れる。
「キリがねえな!」
「梨花、回復頼む!」
「は、はい!」
梨花が負傷した騎士に回復魔法をかける。
文哉は後方で、敵の数と位置を鑑定し続けた。
「右側に三匹! 左に五匹! 上から二匹来ます!」
情報を叫ぶ。
葛城と森川が、その情報を元に次々と敵を倒していく。
やがて――全ての蝙蝠が倒された。
「ふう……多かったな」
葛城が額の汗を拭う。
けれど、その表情には余裕があった。
「でも、まあ余裕だったな」
「レベル16程度じゃ、俺たちの敵じゃないよ」
森川も笑った。
騎士団長が、安堵の表情を浮かべる。
「さすがです、勇者様方」
文哉は、周囲を見回した。
負傷した騎士が数名いたが、梨花の回復魔法で治療されている。
致命傷を負った者はいない。
(よかった……)
文哉は、胸を撫で下ろした。
◆
洞窟の奥へ、さらに進む。
やがて、広い空間に出た。
そこは、魔物の巣の中心部だった。
地面には、無数の骨が散乱している。
壁には、爪痕が無数に刻まれていた。
そして――
空間の中央に、一匹の巨大な魔物が座っていた。
それは、オーガだった。
身長三メートルを超える、筋骨隆々とした巨体。
片手には、巨大な棍棒を握っている。
文哉は即座に『鑑定』を発動させた。
【種族:オーガ・チーフテン / レベル:22】
【HP:680 / 攻撃力:92 / 防御力:58】
【特性:怪力 / 再生能力(小)】
「オーガ・チーフテン、レベル22! HP680、攻撃力92! 再生能力があります!」
文哉の報告に、騎士団長の顔が強張った。
「レベル22……! これは、かなり強敵です……!」
けれど、葛城は笑った。
「レベル22か。ちょっと強いけど、まあ大丈夫だろ」
「俺たちなら倒せるって」
森川も自信満々だ。
「行くぞ!」
葛城が突っ込む。
オーガが咆哮を上げ、棍棒を振り下ろした。
葛城がそれを剣で受け止める――が、その衝撃で数歩後退した。
「っ……重い!」
「葛城、援護する!」
森川が魔法を放つ。
炎の球がオーガに直撃するが――オーガは怯まなかった。
「硬っ!」
オーガが再び棍棒を振るう。
葛城が回避し、反撃で斬りかかる。
剣がオーガの腕を切り裂いた。
けれど――
切り傷が、みるみるうちに塞がっていく。
「再生能力か……!」
「くそっ、面倒くせえ!」
葛城と森川が連携し、オーガを攻撃し続ける。
騎士たちも加勢するが、オーガの攻撃は凄まじく、次々と騎士が吹き飛ばされた。
「梨花、回復!」
「分かってます!」
梨花が必死に回復魔法をかける。
文哉は後方で、オーガの動きを鑑定し続けた。
「右腕の振りが大きい! 次は左から来ます!」
「分かった!」
葛城が文哉の情報を元に回避し、反撃を加える。
激しい戦闘が続いた。
やがて――
葛城の剣が、オーガの首を切り裂いた。
オーガが倒れる。
巨体が、地面に崩れ落ちた。
「……やった!」
葛城が勝利の雄叫びを上げる。
「レベル22、倒したぜ!」
「余裕だったな!」
森川も笑った。
騎士たちが、歓声を上げる。
「勇者様、すごい!」
「さすがです!」
文哉も、安堵のため息をついた。
(よかった……勝てた)
これで、任務は完了だ。
魔物の巣を叩き、ボスを倒した。
あとは、城に戻るだけ――。
◆
けれど、その時だった。
「なあ、ちょっと待てよ」
葛城が、洞窟の奥を指差した。
オーガの巣の奥――さらに深い闇へと続く通路がある。
「あっちに、まだ何かいるんじゃね?」
「え……?」
文哉が戸惑う。
葛城は、得意げに笑った。
「せっかくここまで来たんだし、全部倒していこうぜ」
「そうだな。俺たち、レベル22のオーガも倒せたし、この調子ならもっと強い敵も倒せるだろ」
森川も乗り気だ。
文哉の胸に、嫌な予感が走った。
彼は即座に、洞窟の奥に『鑑定』を向けた。
その瞬間――
視界に、赤い警告文字が浮かび上がった。
【警告:極めて強力な魔物の気配】
【推定レベル:測定不能】
【危険度:極大】
文哉の顔が、蒼白になった。
「待ってください! 奥は危険です!」
文哉が叫んだ。
けれど、葛城は振り向きもしなかった。
「何言ってんだよ。俺たち、レベル22も倒せたんだぜ?」
「そうだよ。ちょっと強い敵が出ても、余裕だろ」
森川も笑っている。
「いえ、そうじゃなくて! 鑑定の結果、レベルが測定できないほど強力な魔物がいます! 今の僕たちでは、絶対に勝てません!」
文哉が必死に説明する。
けれど――
葛城が、苛立ったように舌打ちをした。
「はあ? 測定不能? そんなの、お前の鑑定が壊れてるんだろ」
「そうだよ。ただのエラーじゃん。この程度の洞窟に、そんな強い敵がいるわけないって」
森川も、文哉の言葉を信じなかった。
騎士団長が、文哉に同調する。
「中田殿の言う通り、これ以上の深入りは危険かと……」
「うるせえな!」
葛城が怒鳴った。
「俺たちは勇者だぞ? ちょっと強い敵が出たくらいで、ビビってんじゃねえよ!」
「そうだよ。騎士団長も、中田も、臆病すぎるんだよ」
森川が嘲笑うように言った。
文哉の胸に、焦りが広がる。
(どうする……このままじゃ――)
「お願いです、聞いてください! 本当に危険なんです!」
文哉が懇願する。
けれど、葛城は聞く耳を持たなかった。
「うるせえ。お前は黙ってろ」
冷たい声。
そして、葛城は洞窟の奥へと歩き始めた。
「俺は行くぜ。森川、お前も来いよ」
「おう」
森川も、葛城に続いた。
梨花は、戸惑いながらも――二人の後を追う。
「ま、待ってください……!」
騎士団長が止めようとしたが、三人は聞かなかった。
文哉は、歯を食いしばった。
(駄目だ……止められない)
葛城と森川の慢心。
自分たちが「勇者」だという、根拠のない自信。
そして――文哉の言葉を、「臆病者の戯言」として切り捨てる傲慢さ。
文哉は、これまでずっと耐えてきた。
けれど――
(このままじゃ、みんな死ぬ……!)
文哉は、葛城たちの後を追った。
騎士団長も、仕方なく部隊を率いて続く。
洞窟の奥へ、一行は進んでいった。
◆
通路は、さらに深く、暗くなっていく。
空気が冷たくなり、不吉な気配が濃くなっていった。
文哉は、ずっと『鑑定』を使い続けていた。
そして――その気配は、確実に近づいていた。
【警告:極めて強力な魔物の気配】
【推定レベル:測定不能】
【危険度:極大】
測定不能。
今の葛城がレベル16、森川がレベル15。
鑑定できないほどの相手――一体どれほど強いのか。
「葛城さん、本当に引き返した方が……!」
文哉が再び訴える。
けれど、葛城は無視した。
「うるせえって言ってんだろ」
その時――
前方の闇から、何かが動いた。
巨大な影。
そして――
轟音とともに、それが姿を現した。
それは、竜だった。
いや、正確には「ドラゴン」ではない。
翼のない、地を這う竜――ランドドラゴンだ。
体長は十メートルを超え、全身が黒い鱗に覆われている。
口からは、灼熱の息が漏れていた。
文哉は震える手で、『鑑定』を発動させた。
【種族:ランドドラゴン / レベル:32】
【HP:1820 / 攻撃力:168 / 防御力:125】
【特性:火炎のブレス / 超硬質の鱗 / 狂暴化】
「ラ、ランドドラゴン……レベル32……!」
文哉の声が震えた。
騎士団長の顔が、絶望に染まる。
「ラ、ランドドラゴンだと……!? そんな、なぜこんな場所に……!」
葛城と森川も、さすがに顔色を変えた。
「お、おい……マジかよ……」
「レ、レベル32って……」
ランドドラゴンが、咆哮を上げた。
その声が、洞窟全体を震わせる。
文哉の全身が、恐怖で震えた。
(どうする……どうすればいい……!)
ランドドラゴンが、一行を見据える。
赤い瞳が、獲物を捕らえた。
そして――
口を大きく開き、火炎のブレスを放とうとした。
「に、逃げろおおおお!!」
騎士団長が叫んだ。
一行が、一斉に散開する。
けれど――洞窟の通路は狭く、逃げ場がない。
ランドドラゴンのブレスが、出口を埋め尽くそうとする。
絶望的な状況。
文哉の脳裏に、死の予感が過った。
(終わった……)
この戦闘で、文哉の運命が――決定的に変わることになる。
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【種族:ランドドラゴン / レベル:32】
【HP:1820 / 攻撃力:168 / 防御力:125】
【特性:火炎のブレス / 超硬質の鱗 / 狂暴化】
次話、ついに物語が大きく動きます。文哉を待ち受ける運命とは……。
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