第4話「遠征―見えない価値」
召喚から二週間が経った。
城の大広間に、文哉たち四人の勇者が集められた。
王国の重臣たちが居並ぶ中、騎士団長が厳かに告げる。
「勇者の皆様。いよいよ、本格的な魔族討伐の遠征に出ていただく時が来ました」
文哉の胸が、わずかに高鳴った。
(ついに……本当の戦いが始まるのか)
これまでの訓練は、城の近郊での弱い魔物相手の実戦訓練だけだった。
スライムやゴブリン程度の、レベル5以下の敵ばかり。
けれど、今度は違う。
「今回の遠征先は、北方の『黒森』地帯です」
騎士団長が地図を広げる。
「ここは魔族の勢力圏に近く、中級から上級の魔物が頻繁に出没します。目的は、この地域の魔物を掃討し、人族の防衛ラインを押し上げること」
葛城が腕を組んで頷く。
「いいじゃん。やっと本物の敵と戦えるわけだ」
「訓練ばっかりで退屈してたんだよな」
森川も嬉しそうに笑った。
梨花は少し緊張した面持ちだったが、それでも前向きな表情を見せている。
「頑張ります」
三人の反応を見て、騎士団長は満足げに頷いた。
そして――文哉の方を一瞥する。
「中田殿は、いつも通り後方支援をお願いします」
「……はい」
文哉は、いつもの笑顔で応えた。
けれど、胸の奥で、小さな違和感が疼いた。
(いつも通り……か)
◆
その夜、文哉は自室で遠征の準備をしていた。
支給された装備一式――革鎧、短剣、水筒、保存食、そして応急処置用の薬草。
他の三人には、特注の武器や防具が用意されていた。
葛城には魔族特効の金の聖剣、森川には魔力増幅の杖、梨花には聖なる護符。
文哉に渡されたのは、「標準支給品」だった。
「まあ、僕は戦わないからな」
一人、そう呟く。
文哉は荷物を整理しながら、『鑑定』で装備の状態を確認していく。
【革鎧:防御力+3 / 耐久度75%】
【短剣:攻撃力+2 / 耐久度60%】
【薬草×5:回復量 小 / 鮮度85%】
質素だが、悪くはない。
少なくとも、何も持たないよりはマシだ。
窓の外を見ると、満月が空に浮かんでいた。
(明日から、本当の冒険が始まるんだな)
少しだけ、心が躍った。
異世界に来てから、ずっと「使えない勇者」として扱われてきた。
けれど、それでも――どこかで、まだ期待していた。
もしかしたら、この遠征で自分にも活躍の場があるかもしれない。
鑑定以外の何か、自分にしかできないことが見つかるかもしれない。
そんな淡い希望を、文哉は捨てきれなかった。
◆
翌朝。
城門の前には、遠征部隊が集結していた。
勇者四人に加え、護衛の騎士が十名。
総勢十四名の部隊だった。
「それでは、出発します!」
騎士団長の号令で、一行は北へと向かって歩き始めた。
葛城と森川は、先頭を歩いている。
騎士たちが「勇者様」と呼びかけ、二人は得意げに応えていた。
梨花は中央付近で、侍女たちに囲まれながら歩いている。
そして文哉は――最後尾だった。
「中田殿、荷物の確認をお願いできますか?」
補給担当の騎士が、文哉に声をかけてきた。
「はい、大丈夫ですよ」
文哉は笑顔で引き受けた。
遠征部隊の荷物――食料、水、テント、医療用品――それらが馬車に正しく積まれているかを、『鑑定』で確認していく。
【保存食×50:鮮度90% / 保存期間 残り30日】
【水樽×10:容量満タン / 清潔度 良好】
【医療用薬草×30:鮮度80% / 効果 中】
一つ一つ、丁寧に確認し、リストに記録していく。
「ありがとうございます。中田殿の鑑定は本当に助かります」
「いえいえ、これくらい」
感謝してくれたが、その言葉には――どこか事務的な響きがあった。
まるで、「便利な道具」に礼を言うような。
文哉は、それでも笑顔を保った。
◆
北へ向かう道は、次第に険しくなっていった。
平原から丘陵地帯へ、そして森林地帯へ。
空気が冷たくなり、木々が鬱蒼と茂り始める。
二日目の夜、一行は森の中で野営をした。
焚き火を囲んで、騎士たちが雑談をしている。
葛城と森川は、騎士団長と作戦会議をしていた。
「黒森には、レベル15前後の魔物が出るらしいな」
「大丈夫ですよ。葛城様と森川様なら、その程度は楽勝でしょう」
「まあな」
葛城が自信満々に笑う。
文哉は、少し離れた場所で、明日の行軍ルートを地図で確認していた。
騎士団長から渡された簡易な地図には、いくつかの危険地帯が記されている。
(この辺りは、魔物の巣があるらしい……迂回した方がいいかもしれない)
文哉は地図に書き込みをしながら、思案する。
その時、梨花が近づいてきた。
「中田さん、何してるんですか?」
「ああ、明日のルートを確認してたんです。ここ、少し危なそうだなと思って」
文哉が地図を見せると、梨花は不思議そうに首を傾げた。
「でも、騎士団長さんたちが決めたルートですよね?」
「ええ、まあ……でも、念のため確認しておこうかなと」
「そうなんですね」
梨花は微笑んだが、すぐに焚き火の方へ戻っていった。
文哉は、また一人になった。
(……余計なお世話、だったかな)
そんなことを考えながら、文哉は地図を畳んだ。
◆
三日目。
ついに、一行は『黒森』の入口に到着した。
巨大な木々が空を覆い、日光がほとんど差し込まない。
空気が湿っぽく、どこか不穏な雰囲気が漂っている。
「ここからが本番だ。全員、警戒を怠るな」
騎士団長の指示で、隊列が戦闘態勢に組み直される。
葛城が先頭、森川が中衛、梨花が後衛の中央。
そして文哉は――やはり、最後尾だった。
「何か出たら、すぐに鑑定を頼む」
「はい」
文哉は短く答えた。
森の中を進む。
木々の間から、時折、獣の鳴き声が聞こえる。
風が吹くたびに、枝葉が不気味な音を立てた。
そして――
「来たぞ!」
葛城が叫んだ。
森の奥から、巨大な影が飛び出してきた。
それは、狼――いや、普通の狼ではない。
体長は二メートルを超え、全身が黒い毛に覆われ、赤い目が爛々と光っている。
文哉は即座に『鑑定』を発動させた。
【種族:ダイアウルフ / レベル:17】
【HP:320 / 攻撃力:52 / 防御力:28】
【特性:群れで行動 / 夜間視力】
「レベル17のダイアウルフです! HP320、攻撃力52! 群れで行動する特性があります!」
「了解!」
葛城が剣を構える。
次の瞬間、さらに二頭のダイアウルフが現れた。
「やっぱり群れか!」
「任せろ!」
森川が呪文を唱え、炎の球を放つ。
一頭のダイアウルフが炎に包まれ、悲鳴を上げた。
葛城が斬りかかり、もう一頭を倒す。
けれど、森の奥からさらに唸り声が聞こえてきた。
「まだいるぞ!」
次々と現れるダイアウルフ。
総数は、六頭。
騎士たちも剣を抜いて応戦する。
文哉は後方で、次々と敵を鑑定していった。
「右側のダイアウルフ、レベル16、HP290!」
「左のやつ、レベル18、HP350! 一番強いです!」
情報を叫び続ける。
葛城と森川、そして騎士たちが連携して戦い、次々とダイアウルフを倒していく。
梨花は、負傷した騎士に回復魔法をかけていた。
「治癒の光よ、傷を癒せ!」
光が騎士の傷を包み、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「ありがとうございます、梨花様!」
騎士が感謝の声を上げる。
やがて、全てのダイアウルフが倒された。
「よし、全滅だ!」
葛城が剣を鞘に収める。
「楽勝だったな」
「まあ、レベル17程度なら、俺たちには余裕だろ」
森川が得意げに笑った。
騎士団長も、満足そうに頷く。
「さすが勇者様方。見事です」
その光景を、文哉は後ろから見ていた。
自分は、何もしていない。
ただ、敵の情報を叫んだだけ。
(でも、それが僕の役目だから……)
心の中で、そう言い聞かせた。
◆
その夜の野営。
葛城と森川は、騎士たちと酒を飲みながら、今日の戦闘を振り返っていた。
「あのダイアウルフ、意外と強かったな」
「でも、俺たちには余裕だったけどな」
「そりゃそうだ。俺たち、勇者だし」
笑い声が響く。
梨花も、騎士たちと一緒に食事をしていた。
文哉は、一人でテントの外に座り、今日の戦闘記録をまとめていた。
倒した魔物の種類、数、そして負傷者の状況――全てを羊皮紙に記録する。
誰かがやらなければいけない仕事だったが、他の三人は見向きもしなかった。
(まあ、これも大事な仕事だし)
そう思いながら、文哉は記録を続けた。
けれど――
焚き火の向こうから、葛城の声が聞こえてきた。
「なあ、中田って、本当に勇者なのかよ」
文哉の手が、一瞬止まった。
「まあ、鑑定は便利だけどさ」
森川が笑いながら答える。
「でも、戦闘では何もできないじゃん。ただ後ろで叫んでるだけ」
「だよな。正直、あいつがいなくても、俺たちだけで十分じゃね?」
「それな」
笑い声。
文哉は、羽根ペンを握る手に、わずかに力を込めた。
けれど、顔には笑みを浮かべたまま――記録を続けた。
(大丈夫。慣れてる)
心の中で、そう繰り返す。
(こういうの、慣れてるから)
胸の奥の棘が、また少し、大きくなった。
◆
四日目。
一行は黒森のさらに奥へと進んでいった。
魔物との遭遇も増えてきた。
ゴブリンの群れ、巨大蜘蛛、そして毒を持つ蛇――様々な敵が現れたが、葛城と森川の力で次々と倒されていく。
文哉は、相変わらず後方で鑑定を続けていた。
「右のゴブリン、レベル12!」
「巨大蜘蛛、レベル14、毒の特性あり!」
情報を叫ぶ。
けれど――
「分かってるよ、そんなこと!」
葛城が苛立ったように言った。
「レベル12とか14とか、俺たちには余裕なんだから、いちいち叫ばなくていいって」
「あ……すみません」
文哉は謝った。
森川も、面倒くさそうに付け加える。
「強い敵が出た時だけ教えてくれればいいから」
「……はい」
文哉は、それ以降、鑑定の報告を控えめにした。
けれど――それは、自分の存在価値をさらに薄くすることになった。
◆
その夜。
文哉は一人、焚き火から離れた場所に座っていた。
月が、木々の隙間から顔を覗かせている。
(僕は……何のためにここにいるんだろう)
ふと、そんな疑問が浮かんだ。
戦えない。守れない。
鑑定も、「うるさい」と言われる。
荷物の管理や、記録の作成――そんな雑務ばかりを押し付けられる。
それでも、文哉は笑顔で引き受けてきた。
けれど――
(このままでいいのか?)
心の奥で、小さな声が囁いた。
その時、背後から足音が聞こえた。
振り返ると、梨花が立っていた。
「中田さん、一人でどうしたんですか?」
「ああ、いえ……ちょっと考え事を」
「そうですか……」
梨花は隣に座った。
しばらく、二人は黙って月を見ていた。
やがて、梨花が小さく呟いた。
「中田さんって……辛くないんですか?」
「え?」
「だって、いつも大変な仕事ばかり押し付けられて……それなのに、あまり感謝されてなくて……」
梨花の声は、どこか申し訳なさそうだった。
文哉は、いつもの笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ。僕は、これでいいんです」
「でも……」
「梨花さんは、優しいんですね」
文哉はそう言って、立ち上がった。
「僕は平気ですから。それより、明日も早いですし、休んでください」
「……はい」
梨花は、悲しそうな目で文哉を見つめた。
けれど、何も言えなかった。
文哉は、テントへと戻っていった。
背中に、梨花の視線を感じながら。
◆
五日目。
ついに、一行は黒森の最深部へと到達した。
そこには、魔物の巣があるという。
「ここが、今回の遠征の目的地だ」
騎士団長が告げる。
「この巣を叩けば、黒森の魔物の数は大幅に減る。人族の防衛ラインを押し上げることができるだろう」
「やってやるよ」
葛城が剣を抜く。
「俺たちに任せろ」
森川も杖を構えた。
梨花も、緊張した面持ちで頷く。
そして――文哉も、短剣を握った。
(今度こそ……何か、役に立てるかもしれない)
淡い期待を胸に、文哉は一行の後ろに続いた。
けれど、文哉はまだ知らなかった。
この先に待ち受ける出来事が、自分の運命を決定づけることになるとは――。
黒森の奥から、不吉な気配が漂ってきた。
文哉の胸に、かすかな不安が過った。
けれど、それを振り払うように、彼は前へと進んだ。
月が、雲に隠れていく。
闇が、一行を包み込んでいった。
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【名前:葛城隼人 / 種族:勇者 / 年齢:24歳】
【スキル:剣聖の才 / レベル:15】
【ステータス:HP520 / 攻撃力185 / 防御力65】 【装備:金の聖剣(対魔族特効・攻撃力+40)】
【名前:森川大輝 / 種族:勇者 / 年齢:21歳】
【スキル:大魔法使いの素質 / レベル:14】
【ステータス:HP310 / 魔力220 / 防御力40】 【装備:賢者の杖(消費魔力軽減・魔力+40)】
【名前:白石梨花 / 種族:勇者 / 年齢:22歳】
【スキル:聖癒の力 / レベル:12】
【ステータス:HP290 / 回復力195 / 防御力55】 【装備:聖女の護符(自動魔力回復・精神安定)】
【名前:中田文哉 / 種族:勇者 / 年齢:28歳】
【スキル:鑑定 / レベル:5】
【ステータス:HP100 / 攻撃力1 / 魔力4 / 防御力5】【装備:短剣(攻撃力+2)】
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