第2話「都合のいい男」
異世界召喚から三日が経った。
文哉たち四人は、ルミナス王国の城内に用意された豪華な部屋で生活していた。
いや、正確には「三人」が豪華な部屋で、文哉だけは少し離れた簡素な客室を与えられていた。
「鑑定能力では、戦闘の主力にはなれませんからね」
担当の文官がそう説明した時、文哉は特に何も言わなかった。
確かに、他の三人と比べれば自分の能力は地味だ。仕方がない。
けれど、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚は、消えなかった。
◆
「おはようございます」
朝食の席で、文哉は他の三人に挨拶をした。
短髪の男――剣士の才を持つ葛城隼人は、チラリと文哉を見ただけで、すぐに視線を戻した。
「ああ」
素っ気ない返事。
何気なく、文哉は葛城に『鑑定』を使った。
【名前:葛城隼人 / 種族:勇者/ 年齢:24歳】
【スキル:剣聖の才 / レベル:8】
【ステータス:HP280 / 攻撃力90 / 防御力31】
はじめからレベル8。
確かに、勇者のそれのステータスであった。
茶髪の魔法使いの才を持つ森川大輝は、
スマホ――異世界に持ち込まれた唯一の地球の遺物――をいじりながら、無視を決め込んでいた。
【名前:森川大輝 / 種族:勇者/ 年齢:21歳】
【スキル:大魔法使いの素質 / レベル:7】
【ステータス:HP180 / 魔力98 / 防御力18】
唯一、治癒士の才を持つ小柄な女性、白石梨花だけが、申し訳なさそうに会釈を返してくれた。
「お、おはようございます……」
【名前:白石梨花 / 種族:勇者/ 年齢:22歳】
【スキル:聖癒の力 / レベル:5】
【ステータス:HP150 / 回復力85 / 防御力22】
「今日も訓練、頑張りましょうね」
文哉が笑顔で言うと、梨花は困ったように微笑んだ。
この三日間で、文哉は自分の立ち位置を理解していた。
葛城と森川は、召喚初日から「当たり」の能力を引いたことで、すっかり調子に乗っていた。
王国の者たちからも「勇者様」と崇められ、美女たちが侍女として付き従い、望むものは何でも与えられる――そんな生活に、二人はあっという間に染まっていった。
もちろん、文哉には侍女はいない。
一方、文哉の『鑑定』は、確かに便利ではあった。
敵の強さを数値で表示できる。
武器や防具の性能が分かる。
食材の鮮度も判別できる。
けれど、それだけだった。
戦えない。守れない。
だから、文哉は「サポート役」に徹することにした。
いつものように。
◆
「中田、ちょっといいか」
訓練場で、葛城が声をかけてきた。
「はい、何でしょう」
「お前の鑑定で、この剣の性能を見てくれないか。どっちが強いか知りたいんだ」
葛城が二振りの剣を差し出す。
文哉は頷いて、能力を発動させた。
視界に、半透明の文字が浮かび上がる。
【鋼鉄の剣:攻撃力+15 / 耐久度80%】
【銀の剣:攻撃力+12 / 対魔族特効+20% / 耐久度95%】
「鋼鉄の剣の方が攻撃力は高いですけど、銀の剣には魔族への特殊効果があります。耐久度も銀の方が高いですね」
「ふーん。じゃあ銀の方がいいのか」
「用途次第ですけど、魔族と戦うならそうですね」
「サンキュー」
葛城は軽く手を振って、銀の剣を持って行った。
礼の言葉はあったが、どこか雑な扱いだった。
まるで、自動販売機にお礼を言うような――そんな感じ。
文哉は、それでも笑顔を保った。
「役に立てて良かった」
心の中で、そう自分に言い聞かせた。
◆
数日後、四人は初めての実戦訓練に出ることになった。
城の近郊に出現した魔物――スライムやゴブリンといった、比較的弱い敵を討伐する任務だ。
「中田さんは、後ろで鑑定をお願いします」
騎士団長がそう告げた。
「はい、分かりました」
文哉は四人の中で最後尾に位置した。
森の中を進むと、すぐに魔物が現れた。
「おっ、来たな!」
葛城が剣を抜く。
文哉が即座に鑑定を発動させる。
【種族/ゴブリン:レベル3 / HP45 / 攻撃力8】
「レベル3、HP45です! 大した強さじゃありません!」
「了解!」
葛城が一閃。
ゴブリンは呆気なく倒れた。
「よっしゃ! 余裕じゃん!」
続いて、複数のスライムが現れる。
「森川、お前の番だ!」
「任せろ!」
森川が呪文を唱えると、炎の球が飛び出し、スライムたちを一掃した。
「すげえ! マジで魔法使えるんだな!」
「当たり前だろ。俺たち、勇者だぜ?」
二人は笑い合う。
梨花も、回復魔法の練習のために軽い怪我をした騎士を治療していた。
「すごい……本当に傷が消えていく……」
「これが、勇者様の力です」
騎士たちが感嘆の声を上げる。
その光景を、文哉は後ろから見ていた。
自分だけが、何もできない。
ただ、敵の情報を伝えるだけ。
(でも、これでいいんだ)
文哉は自分に言い聞かせた。
(僕にできることをすればいい。それで、みんなが助かるなら――)
けれど、その「僕にできること」さえ、やがて軽んじられていくことになる。
文哉は、まだ気づいていなかった。
この世界で、「力のない者」がどう扱われるのかを――。
◆
夜、城に戻ると、葛城と森川は酒を飲みながら騒いでいた。
「いやー、楽勝だったな!」
「この調子なら、魔王とかも余裕で倒せるんじゃね?」
「だよな! 俺たち最強!」
梨花もその輪に入り、三人は盛り上がっていた。
文哉は、少し離れた場所で、今日の報告書をまとめていた。
騎士団に提出するためのものだ。
誰かがやらなければいけない仕事だったが、他の三人は見向きもしなかった。
「中田さん」
梨花が近づいてきた。
「今日、ありがとうございました。鑑定、すごく助かりました」
「いえいえ、僕にできることですから」
「でも……」
梨花は言いかけて、言葉を飲み込んだ。
彼女も、気づいているのだろう。
文哉が徐々に「便利な道具」として扱われ始めていることに。
けれど、何も言えない。
梨花もまた、この新しい世界で、自分の居場所を必死に守ろうとしていたから。
「おやすみなさい」
梨花は小さく頭を下げて、部屋に戻っていった。
文哉は一人、報告書を書き続けた。
月明かりが、窓から差し込んでいる。
(大丈夫。きっと、慣れる)
心の中で、そう繰り返した。
けれど、胸の奥の小さな棘は、少しずつ、大きくなっていった。
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【名前:田中文哉/ 種族:勇者/ 年齢:28歳】
【スキル:鑑定 / レベル:5】
【ステータス:HP100 / 攻撃力1 /魔力4 / 防御力5】




