第15話「ゴースト俺、少女の勇気に立ち会う」
復讐が終わってから、一週間が経った。
文哉とエリスは、いつもの路地裏で――静かな時間を過ごしていた。
木箱の上に座るエリスと、その隣に浮かぶように立つ文哉。二人だけの、穏やかな時間。
「ねえ、フミヤ」
エリスが、ふと空を見上げながら呟いた。
「最近、考えてることがあるの」
「何?」
文哉が、エリスの方を向いた。
エリスは、少し迷うように視線を泳がせてから――小さく口を開いた。
「私……自分の力のこと、もっと知りたいの」
「力?」
「うん。なんで私だけ、光が見えるのか。なんでフミヤと話せるのか」
エリスの声は、どこか切実だった。
「ずっと、変だって言われてきた。でも――」
エリスが、文哉を見上げた。
「フミヤに会って、初めて思ったの。この力は、変なんかじゃないって」
「だから……知りたいの。私のこの力が、何なのか」
エリスの瞳には、強い意志が宿っていた。
文哉は――その目を見て、胸が熱くなった。
文哉の脳裏に、かつての自分の姿が浮かんだ。
地球にいた頃も、異世界に来てからも――いつも受け身で、流されるままに生きてきた。
(けれど、エリスは違う)
(エリスは……自分から、答えを探そうとしている)
(僕にはできなかったことを、この子はやろうとしているんだ)
文哉が、優しく言った。
「エリスの力について、知る方法――何か、心当たりはあるの?」
エリスが、小さく首を横に振った。
「ううん……分からない。でも――」
エリスが、少し考えるように視線を落とした。
「お母さんに、聞いてみようかなって……思ってる」
「お母さん?」
「うん。育ての母、私のこと嫌ってるけど……でも、私の本当の両親のこと、知ってるはずだから」
文哉は、あの日のことを思い出した。エリスの腕を乱暴に掴み、引きずっていった中年女性。
(あの人か……)
正直、文哉はあの女性のことを――好きになれなかった。
エリスを虐待しているようにしか見えなかったから。けれど――エリスは、そんな相手にも勇気を出して、話しかけようとしている。
「エリス、君は――強いな」
文哉が、静かに言った。
エリスが、不思議そうに首を傾げた。
「強い……?」
「ああ。僕なら、怖くて聞けないと思う」
「でも、君は――自分の未来のために、一歩を踏み出そうとしている」文哉は、本心を口にした。
エリスの頬が、わずかに赤くなった。
「そ、そんな……私、強くない……」
「それでも、行こうとしてる。それが、すごいってことだよ」
文哉が、微笑んだ。
「僕も、一緒に行く。君が怖くないように――側にいるから」
エリスの目が、潤んだ。
「……ありがとう、フミヤ」
エリスが、嬉しそうに笑った。
◆
その日の夕方。
文哉とエリスは――あの中年女性の家へと向かった。
城下町の外れにある、古びた木造の家。
看板には「雑貨屋」と書かれていたが――客の姿は、ほとんど見当たらなかった。
「ここが……エリスの家?」
「うん……」
エリスが、小さく頷いた。その表情は――緊張で強張っていた。
「大丈夫。僕がいるから」
文哉が、励ますように言った。
エリスが、深呼吸をして――扉をノックした。コンコン。
数秒後――扉が開いた。
そこには、あの中年女性――エリスの育て親が立っていた。
「……エリス? 帰ってきたのかい。まったく、お前は……」
女性の声には、呆れたような響きがあった。
「あ、あの……少し、お話が……」
エリスの声が、震えている。
女性は、面倒くさそうに溜息をついた。
「また独り言の相談かい? 何度も言ってるだろう、お前のその病気は治らないって」
「ち、違うの……そうじゃなくて……」
エリスが、必死に言葉を絞り出す。
「私の……本当の両親のこと、教えてほしいの」
女性の表情が――一瞬、凍りついた。手に持っていた布巾を、ぎゅっと握りしめる。
「……両親?」
女性の声が、わずかに震えていた。
「うん。私の力……光が見える力のこと、知りたいの」
「どうして今更、そんなことを……」
女性の目には――驚きと、そして何か覚悟したような色があった。
「……この日が、来たか」
女性が、小さく呟いた。
「お母さん……?」
「……分かったよ。中に入りな」
女性が、扉を開けた。
◆
家の中に入ると――薄暗い部屋に、簡素な家具が並んでいた。
女性は、椅子に座り――エリスにも座るよう促した。文哉は、エリスの隣に――透明な姿で立っていた。
「お前の両親はね……ヴァランティエール家の末裔だった」
女性が、重い口調で語り始めた。
「ヴァランティエール……」
エリスが、その名前を繰り返した。
「昔、お前の親や一族は、死者を見ることができ、命を操る力を持っていたと言われている」
女性の声は、どこか忌々しげだった。
「でも、その力は――人々から恐れられた。『悪魔の力』だと」
「命を操る……悪魔……」
「ああ。だから、お前の両親は――迫害されて、この街に逃げてきたんだ」
女性が、視線を落とした。
「二人は……必死に生きていた。お前を守るために、必死に」
女性の声が、わずかに震えた。
「そして、お前が生まれて間もなく……二人とも、病で死んだ」
エリスの目が、悲しみに揺れた。
「私が……生まれたから……?」
「違うよ。ただの病気さ」
女性が、素っ気なく言った。けれど、その声には――わずかに優しさの欠片が混じっていた。
「私は、お前の母親と――昔……いや、引き取った。それだけだ」
女性の言葉が、途中で途切れた。何かを隠すように。
「でも……お前のその力は、やっぱり気味が悪いよ」
「……ごめんなさい」
エリスが、小さく謝った。
文哉は――その光景を、黙って見ていた。
(この人も……何か隠している)
(けれど、エリスを完全に嫌っているわけじゃない)
(ただ、怖いんだ。理解できない力が)
女性が、立ち上がった。
「もし……お前が本当に、自分の力について知りたいなら――お前の故郷に行くといい」
「故郷……?」
「ああ。『セレスティア村』……お前の両親が生まれ育った場所だ」
女性が、地図を取り出して――ある場所を指差した。
「ここから北東の山の中にある、小さな村だ」
「セレスティア村……」
エリスが、その名前を――じっと見つめた。
「そこに行けば……何か、分かるかもしれない」
女性が、地図をエリスに渡した。
そして――女性は、小さな引き出しを開けた。中から、古びた鍵を取り出す。
「これは……お前の母親、セレナの形見だ」
女性が、鍵をエリスの手に握らせた。
「何の鍵かは……私も知らない。でも、きっと――セレスティア村で、必要になる」
「お母さん……セレナの……形見……」
エリスが、鍵を握りしめた。小さな、錆びかけた鍵。
けれど、エリスにとっては――初めて手にした、母親の痕跡だった。
「危険だ。街の外には、魔物がいる。お前一人では――」
「大丈夫」
エリスが、女性の言葉を遮った。
「私、一人じゃないから」
女性が、不思議そうにエリスを見た。
「……また、独り言かい」
「ううん」
エリスが、微笑んだ。
「一人じゃないの。本当に」
女性は、エリスの様子を――不思議そうに見つめた。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
「……気をつけるんだよ」
女性が、そう言って――エリスの頭に、そっと手を置いた。その手は――少しだけ、温かかった。
「ありがとう……お母さん」
◆
その夜。
エリスが自分の部屋で眠りについた後――
育て親の女性は、一人暗い部屋に座っていた。手には、古びた写真が握られている。
若き日の自分と――笑顔のセレナが写った、大切な思い出。
「……本当に、この日が来ちまったよ、セレナ」
女性が、小さく呟いた。
「お前が言ってた通りだ……『いつか、エリスが自分の力を知りたいと言う日が来る』って」
女性の目から、一筋の涙が零れた。
「エリスを……頼んだよ……か……」
写真の中のセレナは――優しく微笑んでいた。
「私は……お前との約束を、守れたのかね」
女性の声が、暗闇に消えていった。
文哉はその姿を陰で静かに見つめていた。
――女性の独白は胸の中にしまっておくことにした。
物語が着実に次に進もうとしています。
エレナの持つ能力とはいったい何なのか。
次回は本日の18時に更新予定です!
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