第10話「ゴースト俺、唯一見える少女と出会う」
復讐を誓ってから、三日が経った。
文哉は、ずっと三人の勇者たちを観察していた。
葛城の女遊び、森川の傲慢な振る舞い、梨花の浪費――そのすべてを、記録するように見続けた。
けれど、何もできなかった。他者から、見えない、聞こえない、触れられない。
この制約が、文哉を縛り続けていた。
(どうすれば……どうすれば、あいつらに復讐できる……?)
文哉は、城下町の路地裏で――誰もいない場所で、ただ考え続けていた。物を動かす方法、声を届ける方法、何か――何か一つでも、干渉できる手段を。
その時だった。
ふと、文哉の視界に――あの桃色の髪の少女が映った。
◆
少女は、いつものように木箱の上に座っていた。
両サイドに細い三つ編みを編み込んだ桃色の髪が、風に揺れている。彼女は相変わらず、虚空を見つめていた。
文哉は、少女の横を通り過ぎようとした。どうせ、自分は見えていない。今はそれどころではない。復讐の方法を――
「……ねえ」
声が、聞こえた。
文哉の足が、止まった。
「透き通った、光のおじさん」
文哉は、ゆっくりと振り返った。少女が――こちらを見ていた。
いや、「こちらを見ている」というより――「文哉を見ている」と言った方が正しい。少女の瞳は、確かに文哉を捉えていた。
「……え?」
文哉の声が、震えた。
「見えて……るの? 僕が?」
少女が、小さく首を傾げた。
「見えてるよ。ずっと、見えてた」
文哉の全身が、震えた。見えている。この少女には、自分が見えている。ゴーストになってから、初めて――誰かに、認識された。
「君……誰?」
文哉が、恐る恐る尋ねた。
少女は、木箱から降りて――文哉の方へ近づいてきた。
「エリス。エリス・ラ・ヴァランティエール」
そして――少女は、文哉の目の前で立ち止まった。クリッとした大きな瞳が、文哉を見上げている。
「あなたは?」
「僕は……中田文哉」
「フミヤ……」
エリスが、その名前を繰り返した。
「ねえ、フミヤ。あなた、死んでいるんだよね?」
あまりにも直接的な言葉に、文哉は言葉を失った。
けれどエリスは、悪意なく――ただ事実を述べるように、続けた。
「透き通ってる。光の粒が、悲しい色と、怒ってる色で混ざってる」
「光の……粒?」
「うん。私にはね、みんな“光”として見えるの。でも、あなたの光は特別。すごく、綺麗」
「こんなにはっきりと実体となっている光は初めて。“生きているみたい”」
エリスの言葉は、どこか現実離れしていた。けれど、その瞳は――嘘をついているようには見えなかった。
「君には……僕が、見えるんだね」
文哉が、静かに言った。
「うん。他の光たちは、お話できないけど――あなたは、ちゃんとお話できる。嬉しい」
エリスが、微笑んだ。その笑顔は――どこか寂しげだった。
「他の……光?」
「そう。いっぱいいるよ。でも、みんな言葉が話せない。ただ、ふわふわしてるだけ」
エリスが、周囲を見回した。文哉には何も見えない。けれど、エリスには――何かが見えているらしい。
「君は……幽霊が、見えるの?」
「幽霊? うーん……よく分からないけど、光は見えるよ。
生きてる人も、死んでる人も、みんな光を持っている」
文哉は、エリスの言葉を理解しようとした。
――彼女は、“光の状態”で生命を判断している。
生者と死者を、理屈ではなく、感覚として。
生きている人は、体内に光の塊が存在している。
死んでいる人は、光の粒だけが浮遊しているという。
エリスが、小さく言う。
「だから、みんな私のこと変だって言う。」
彼女の声が、より小さくなる。
「でも、私には見えるのに……」
文哉は――その孤独が、痛いほど分かった。自分も、今――誰にも見えない存在として、孤独を味わっている。
「エリス」
文哉が、名前を呼んだ。
「僕には、君が見える。君にも、僕が見える」
一拍置いて、続ける。
「生きてる時も、死んだ今も……僕はずっと一人だった。
だけど――これからは、二人だ」
エリスの瞳が、大きく見開かれた。そして――涙が、溢れ出した。
「……本当?」
「ああ。君は、変なんかじゃない。
ただ、他の人より少し多くのものが見えるだけだ」
文哉は、文哉は、そっと手を伸ばす。けれど――指先は、すり抜けた。触れることは、できない。
エリスが、その様子を見て――小さく笑った。
「触れないんだね」
「ああ……ごめん」
「ううん、いいの。でも、ちょっと残念」
それでもエリスは、嬉しそうに笑った。
「嬉しい。初めて、ちゃんとお話できる光に会えた」
文哉の胸に、温かいものが広がった。
復讐のことを考えていた心に――小さな光が、灯ったような感覚。
「エリス、君は――」
文哉が言いかけた、その時。
「エリス! また独り言かい!?」
怒鳴り声が響いた。路地の奥から、一人の中年女性が現れた。
彼女は、エリスを睨みつけている。
「ごめんなさい……」
エリスが、小さくなった。
「まったく……お前のせいで、うちの評判が悪くなるんだ。気味が悪いって、みんな言ってるよ!」
女性はエリスの腕を乱暴に掴んだ。
「さっさと家に戻れ! 外で変なことするな!」
「痛っ……」
エリスが、顔をしかめる。文哉は――その光景を見て、怒りが湧き上がった。
「待て! そんな乱暴に――」
文哉が叫んだ。けれど、女性には聞こえない。
女性は、エリスを引きずるようにして連れて行った。
エリスが、振り返って――文哉を見た。その瞳には、諦めと――わずかな希望。
「追ってこないで……」
「また……ね、フミヤ」
小さな声。けれど、確かに聞こえた。
文哉は、その場に立ち尽くした。
◆
その夜。
文哉は、城の屋上で――空を見上げていた。
(エリス……)
あの少女の顔が、頭から離れなかった。自分を見てくれた、唯一の存在。話しかけてくれた、唯一の人間。
(あの子も……孤独なんだ)
文哉の胸に、何かが引っかかった。自分は今、復讐に燃えている。葛城、森川、梨花――あの三人を、絶望させようとしている。
けれど――
エリスと話した時、その怒りが――少しだけ、和らいだ気がした。
「いや……駄目だ」
文哉は、頭を振った。
「僕は、復讐するんだ。あいつらを、許さない」
けれど――心のどこかで、別の声が囁いていた。
(本当に、それだけでいいのか?)
文哉は、考え込んだ。そして――一つの結論に至った。
(復讐は、する)
(けれど――エリスのことも、放っておけない)
文哉は、決めた。
幽霊と会話ができる人間なんて他にいない。これは"運命"だ。
復讐を遂行しながら――エリスを、守る。
彼女が苦しんでいるなら、助ける。それが――自分にできることだ。
その時、文哉の中で――何かが変わり始めていた。ただの復讐鬼ではなく――誰かを守るための力を、求め始めていた。
◆
翌日。
文哉は、エリスを探した。城下町を隈なく歩き回り――ようやく、あの路地で彼女を見つけた。
エリスは、木箱の上に座っていた。けれど――昨日よりも、元気がない様子だった。
「エリス」
文哉が、声をかけた。
エリスが、顔を上げた。そして――嬉しそうに笑った。
「フミヤ! 来てくれたんだ!」
「ああ。君に、聞きたいことがあって」
「何?」
文哉は、少し迷った。けれど――尋ねることにした。
「君、昨日の女性に……酷いことされてない?」
エリスの表情が、曇った。
「……育ての母。私の両親は、もういないから」
「そうか……」
「でも、仕方ないの。私、変だから。迷惑かけてるから」
エリスが、自分を責めるように言った。文哉は――その姿に、胸が痛んだ。
「君は、変じゃない」
文哉は、はっきりと言った。
「君の特別な力を理解してもらえていないだけさ。それは、悪いことじゃない」
エリスが、じっと文哉を見つめた。
「……本当?」
「本当だ。それに――」
文哉が、続けた。
「僕は、エリスの味方だから」
エリスの目が、潤んだ。
「味方……」
「ああ。君の能力を知る唯一の存在だ。
君が悲しんでたり、困っていたら助ける。だから――」
文哉が、微笑んだ。
「一人じゃないよ、エリス」
エリスが、涙を流した。けれど、その涙は――悲しみではなく、喜びの涙だった。
「ありがとう……フミヤ」
二人は、しばらく――ただ、そこにいた。文哉とエリス。見えない存在と、見える少女。二人だけの、静かな時間。
その時、文哉は気づいていなかった。
この出会いが――自分の復讐を、大きく変えることになると。そして、エリスこそが――自分の魂を救う、唯一の存在になることを。
~ 皆が寝静まったころ ~
文哉は一人、先ほどのやり取りを思い出して、悶えていた。
くさいセリフを吐いたことが、今さらになって恥ずかしくなってきたのだ。
(……死にたい)
もっとも――
もう、死んでいるのだが。
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【名前:エリス・ラ・ヴァランティエール / 種族:人族 / 年齢:16歳】
【特殊能力:生者と死者の境界視認 / 霊体との意思疎通/ レベル:1】
【ステータス:HP80 / 攻撃力1 / 魔力??? / 精神力:大】
【特性:孤独 / 迫害 / 純粋な心】
不思議な少女・エリスと出会った文哉。
この出会いからどのような化学反応が起こるのか?
「ざまぁ」展開までもう少し!お楽しみください!
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