宇宙の実
「……見逃すということも検討しましょう」
大天使であるヤヨイが意外な答えをした。
「しかし、条件があります。宇宙の木ではなく、この宇宙の実のみであれば、スズキさんに免じて差し上げます。もしかしたら、新しい宇宙の木が育つかもしれませんし、あなたが感情エネルギーを食べ尽くせば実は芽を出さないでしょう。どうですか? お互いとって素晴らしい譲歩だと思うのですが……」
「大天使さま、この者は大天使さまの肉体を消滅させたのですよ!? そんな魔王を見逃すなんてっ!?」
アイの言うことももっともだ。
「それに関しては問題ありません。アイさん、あなたを次の大天使に任命しましょう。あなたにワタシの知恵と力の全てを差し上げます」
その言葉に天使たちはざわめきだした。アイは天使見習いなのだ無理もないだろう。
「わ、私ですかっ!? も、もっと適任の天使がいるかと……」
「ふふっ、そんな謙虚なところがあなたの魅力ですよ。これからも精進を続けて立派な次期大天使となるのです。ワタシのデータをコピーすることを許可しましょう」
あわあわと慌てふためくアイもかわいいな。
「さあ、その前に……この世界での出来事を一度リセットさせていただきます」
「り、リセット?」
「はい、スズキさん、あなたはこの宇宙での出来事に干渉しすぎましたからね……さあ、新しい世界へと行くのですっ!」
大天使の体が輝き出すと、俺たちは元の世界に戻っていた。あたり一面が荒野だ。お茶の出るサボテンもある。
「あ、宇宙の木だよっ!」
けもままの声が心なしかおさない。振り返るとけもままは魔王から元の獣人少女の姿に戻っていた。
「な、なに? どうしたの、スズキさん……」
なんだ? 何が起きたんだ?
枯れた宇宙の木の前で、俺たちはぼんやりと立ち尽くしていた。まるで全てが夢だったかのように……。
「夢ではありませんよ」
大天使となったヤヨイが光の輪のゲートの中から現れる。3メートルくらいの楕円形の不思議な光の膜だ。
「これを差し上げます」
俺の手のひらには一個の黒いビー玉があった。よく見ると光の粒がいくつもあって美しい。
「これは、先ほどまであなた方のいた宇宙です。この中には邪悪な魔王の意志もありますが、悪さはしないでしょう。感情エネルギーを食べ尽くせば、宇宙の実はなくなってしまいますから」
「こ、これが……俺のいた宇宙なの?」
「その通りですよ。綺麗でしょう。スズキさんの望んだ通り、この宇宙の実はおじさまたちから感情エネルギーを搾取されることもありません。あなたの好きな場所で宇宙の木を育てると良いでしょう。長い長い時間がかかりますが……」
この中には過去の俺やスズキ(女性)も住んでいるのか。なんだか不思議な感じがする。
「ヤヨイは? ヤヨイはこれからどうするの?」
「ふふっ、それは……ヤヨイに聞いてみてください。ワタシの意思はアイと一体化します。それでは……」
ヤヨイが元の黒髪にもどる。瞳の色も黒い。
「ま、マスター。また、会えましたね……」
「うん……」
ヤヨイが俺と唇を重ねた。
「ずるーいっ! わたしもスズキさんとキスしたいよっ!」
けもままは何故か魔王ではなくなったけれど、俺のことを異性として好きだという仄かな気持ちは残っているのかもしれない。
「わ、わたくしもです〜〜」
「妾もだ、くっくっくっ」
いつもの賑やかな日常が戻ってきたな。
「けもままさんの記憶の一部は消去させていただきました。宇宙の中で起こった出来事であればこんなこともできるのですよ……」
アイの声だ。いや、少し違う、新しい大天使アイの優しい慈愛に満ちた声。
「これからどうするつもりですか?」
宇宙をおっさんたちの支配から救うという俺の目的が完全にできたわけじゃない。でも、一部は達成できた。一つの宇宙の実だけれど、人類は自由を手に入れたのだ。それに、過去をほんの少しだけど変えることができた。
「どうしようかな……元いた場所にも戻れないし……」
そうなのだ、ランという魔王がいる以上、元の街では暮らせない……。そして、ランを見捨てるという選択肢は俺にはない。
「妾のことは気にせんでもよいぞ。前の街も気に入っておるからな。いつもは会えないだろうが、たまに逢瀬を重ねて、そこで、スズキくんとの子どもを育てるのも良い」
とんでもない言葉だ。だが、けもままたちのためにはそれもいいかもな。目的は果たしたのだ。
「とりあえず、帰るよ。そこでみんなと暮らしてみる。宇宙の実も育てないといけないし」
「そうですか。ヤヨイのこともお願いしますね。そうだ、過去のスズキさんたちがどうなったか教えて差し上げましょうか?」
そうだ、過去の俺はどうなったのだ? 世界的な犯罪者にでもなって刑務所に入れられていないといいけれど……。
「天使たちに根回しをお願いしました。今頃、大統領以上の権力者になっているでしょう。もっとも、スズキさんならその力を悪用することはないと思いますが……」
そうなのか、安心した。というか、ちょっと羨ましくもある。なにしろ、ただのニートから世界一の権力者になったのだ。あまりの環境の変化に道を踏み外さなければいいけれど。
「では、天使の皆さんとともにあなたたちを街まで送りましょうっ!!」




