伊藤正義
時間停止した空間というのはどうも苦手だ。なによりも音がしないというのが苦痛だった。長時間、時間停止した世界にいるというのは、人間の理性では耐えられないのかもしれない。
「俺の名前が全国に晒されちゃった……もう就活どころじゃないですよね……」
過去の俺が肩を落とした。それもそうだ。宇宙外生命体の悪魔と行動する男を雇う企業なんてないだろう。
「そういえば、俺って伊藤正義って名前だったんだな……」
「何を言っているんですか、当たり前じゃないですか」
うん、それはそうなのだけれど、なんとも言えない違和感もある。
「俺のことはスズキと呼べ」
「は!?」
過去の俺は意味がわからないという様子だった。それもそうだろう。スズキというのはネトゲ仲間の女性だから。
「わ、わかった! あたしたち将来は結婚するんでしょ! 婿入りするからスズキなんだねっ! きゃーーーっ! 総理大臣から指名手配される宇宙人と結婚とか、あたしすごいっ!!!!」
スズキは一人で俺の返事に勝手な答えを出していた。それを聞いて赤面する過去の俺とスズキ(女性)。なんだか良い雰囲気だしそっとしておこう。これはこれで未来が変わるかもしれない。
「うん? スズキさんはわっちよりそちらの女子が好きなのか?」
「そ、そんなことないよ!!」
「ふふっ、まあ良い。いろんな女子に好かれるのも男の甲斐性だ」
けもままは男性と女性の区別がつかなかったはずなのに、魔王になったら自然と男女というものを理解していた。価値観が人間に近づいているのかもしれない。
「そ、そんなのろけ話をしてる場合じゃないよっ! 天使たちをどうにかしないとっ!!」
空から羽の生えた連中がこちらに向かってくる。停止した時間の中で動けるということは天使くらいだろう。
「くそっ、どうしたらいいんだ!?」
「落ち着くが良い。あれは味方だ……」
けもままが余裕たっぷりの自信に満ち溢れた顔で、口角をあげた。
「スズキさん〜〜っ!!!」
あの巨乳には見覚えがある! ぱいぱいちゃんだ!! ランとヤヨイもいるっ!!
「なにっ!? スズキくんがふたりいるっ!?」
ランは混乱しているようだ。
「ああ、これは過去の俺とその友達のスズキさん」
「マスター、スズキさんが3人もいてややこしいです。スズキさんA、B、Cと呼んでもいいですか?」
ヤヨイ。それはAIには判別しやすいかもしれないが人間同士だと余計に混乱するぞ……。心の中でそうツッコミを入れた。
「こ、この世界では……俺は伊藤正義って名前だよ」
「あ、あたしは鈴木小春。未来のスズキさんのお嫁さんなんだからねっ!」
小春がややこしいことを言い始めたせいで、ヤヨイとランの視線が痛い。
「マスター、どういうことですか? 配偶者がいたのですか? ワタシのデータでは性交渉の経験ゼロだったのですが……」
「や、ヤヨイ! これは誤解だよっ!! あ、そう、微妙に違う宇宙っ! パラレルワールドだっ!!!」
「なるほど……」
俺の説明にヤヨイは納得してくれたみたいだ。まあ、この世界の未来は俺がいた地球とは大きく変わってしまったから嘘ではないだろう。
「ふふっ、妾にはわかるぞ。スズキくんが初心だということがな」
「ランまで俺をからかって……」
ランに改めて言われると恥ずかしい。こんなに俺のことを好きな女の子がたくさんいるのならさっさと童貞を捨てるのが正解なのだろう。だけれど、今はそんな場合じゃない。
「みんな、この3人は仲間だ!! ぱいぱいちゃんに、ヤヨイに、魔王のランっ!!!」
「よろしくお願いします〜〜伊藤さん〜〜小春さん〜〜」
ぱいぱいちゃんはこんな時でもおっとりしていて頼もしい。
「いつまでものんびりはしておられぬぞ!! もうじき天使たちが大群でやってくるっ!!! どうしたものか……」
ランは苦虫を噛み潰したような顔で小さな口をヘの字にした。
「そんなもの、わっちがいれば一捻りだ……」
けもままは上空を見て微笑んでいる。でもそれだと地球が、特に日本がめちゃくちゃになる。なにか良い案がないかな? このピンチを大逆転できるアイデアが……。




