温泉(1)
日頃の疲れを取ろうということで温泉に行くことになった。
最初に言い出したのはお出かけが好きなぱいぱいちゃんだった。
『わたくし〜おじさまたちと温泉に行きたいですわ〜〜』
当然、けもままもヤヨイも賛成して、四人で温泉へと出かけることになったのだ。陰キャ引きこもりの俺には負担の大きなイベントだったが、女の子とお出かけ出来ることが面倒臭さに勝った。
「着替えとかないんだよな……」
この世界では着替えの服など持っていない。いつもけもままが洗濯してくれるので助かっていたけれど、洋服はとても貴重な世界のようだった。
考えてみれば羊毛を生産する羊や絹糸の素材となるカイコがいない世界。
洋服をどのように生産しているのか謎だ。
「タオルでいいじゃん!」
けもままはそういうけれど……まあ、毎日が程よくあったかい春か秋みたいな世界なので、あとで考えればいいか。無理をしなければ風邪を引くこともないだろう。
「そうだね」
けもままは白いワンピースを白いリュックの中へ入れていた。けもままは白い色が好きなのかな?
家を出て集合場所の広場へと向かう。芝生や花畑が広がっている獣人たちに人気のくつろぎスポットだった。
「スズキさん〜けもままさん〜〜おはようございますわ〜〜〜」
広場では既にぱいぱいちゃんとヤヨイが待っていた。ぱいぱいちゃんは黄色いリュックを、ヤヨイはなにも荷物を持っていなかった。ロボットのヤヨイには荷物なんていらないし、そもそも温泉に入る意味があるのかもわからない。温泉で故障しなければいいけれど。
「旅館はこの先ですわ〜〜」
この世界に来てからよく外を出歩くようになった。引きこもりで人の目を気にしていた地球の頃とはまるで別人だ。ほんの少しだけ痩せたかもしれない。本当にほんの少しだけれど。
地球にいた時は大人の男が平日昼間に外に出たら不審者扱いされるような社会だった。嫌な世界だ。悪いやつもいるかもしれないけれど、ほとんどは善良な市民なのだから。そういう世間体が面倒で引きこもっていた部分もある。
それが今では少女たちに囲まれて、心なしか足取りも軽やかだ。この世界でおっさんはみんなから可愛がられる存在だし。
長閑な花畑に囲まれてのハイキング。地球では経験できなかった。
いいものだとは思いつつも、俺の足は疲労でパンパンだった。筋肉痛かもしれない。この間は山登りもしたし。
「どのくらいで着くかな?」
「もうすぐですわ〜〜おじさまが経営している旅館ですの〜〜」
謎の生物、おっさんだ。難しい機械を操作できる賢いおっさんから赤ちゃんくらいの知能のおっさんまで幅広いおっさんがいる。
この世界にはおっさんと獣人の美少女、それに凶悪なモンスターしかいなかった。
息を切らしながら歩いていると、赤い瓦屋根の和風温泉旅館が見えてくる。硫黄の匂いがして、ぐつぐつと湧き立つお湯の中には卵が入っていた。なんの生物の卵なのか謎だが、地球で売っている鶏の卵と同じサイズのものだった。
獣人の少女たちが一矢纏わぬ姿で温泉に入っているのも見える。俺は慌てて視線を逸らした。
「みんなで温泉に入るのが楽しみですわね〜〜」
ぱいぱいちゃんがとんでもないことを言い出す。
「そ、それはまずいよっ! 俺はみんなとは別々に入るからっ!」
「何を言っているんですか? みんなと入るのが楽しいんじゃないですか。お家ではわたしとは絶対に一緒にお風呂へ入ってくれませんし」
けもままもぱいぱいちゃんに賛成のようだった。
困ったなと思いつつ、ヤヨイに視線を向けた。なにか言ってくれないだろうか。
「マスターのお世話をすることが、ワタシの最大のよろこびでございます。ワタシと一緒に温泉にはいりましょう。お背中を流させていただきます」
ダメだったか。なるようになるさと、俺は半ば諦めて旅館の中へと入っていった。




