白と黒と赤
初投稿
2025年11月19日。広い大地の中にひっそりと佇む小さな陸の孤島のような街での話。早朝、この日は雪が浅く積もっていた。わたしは目を覚まし、ノロノロと布団から這い出て重い体を引きずり玄関のドアを開ける、外に出て息をすると肺に冷たく澄んだ冬の空気が入ってくる。心地いい。そこで私はタバコを吸う。いつもと同じ朝、同じ風景。ただ違うのは「あなた」がもうこの世に居ないということ
とある月曜日の朝。目覚ましの音でわたしは目覚めた。ボサボサの髪をブラシで梳かし、くひとつにくくる。軽く身支度を整え職場へと向かう。わたしは月曜日がそれほど嫌いでもない。彼と会えるからだ。
そう、わたしには社内恋愛中の彼氏がいる。
私が出社すると彼はもうディスクに向かって真剣な顔をして画面に向き合っていた。彼は私の直属の上司だ。まだオフィスには彼しか来ていない。彼は誰よりもよく働く。私が出社した事に気がつくと、いつもの爽やかな笑顔で先に「おはよう」と挨拶をしてくれる。職場では私たちが付き合っていることは秘密にしているので、誰もいなくてもわたしはここは部下として一線を引いて丁寧におはようございますと返し、パソコンに向かう。彼は私と同じ営業職なのだが、いつも成績トップで人望があつくて、女子社員の憧れの的なのだ。そんな人と付き合えてるなんて少し優越感を覚える。地味でなんの取り柄もない私を彼は選んでくれたのだ
わたしが入社してすぐの頃わたしは取引先でミスを犯した。初めての大きな取引先でのミスで、今後の売上に響くような重大なミスだった。足ががぐがくとふるえ、立っているのがやっとだった。泣きたい気持ちを抑えすぐに上司に
に報告すると、すぐに駆けつけてくれて私を責めるどころか一緒に取引先に頭を下げてくれた。その真摯な態度もあってか無事事なきを得た。
その帰りの道中、社用車の彼の運転する助手席で、わたしは取引先に怒鳴られた恐怖と、ミスを犯してしまい上司を巻き込んでしまったことを不甲斐なく思い、必死に涙をこらえていた。
そんな私に気を使って彼は「だーいじょうぶ!こんなミスみーんなやってるから!なにもこれくらいで落ち込むことなんだよ。次同じ間違いやらかさなきゃいいから!大丈夫!」その言葉を聞いた途端、安堵と彼の言葉の暖かさで今までこおりつていた心が解けて、これえてあたなみだが一気に溢れ出て止まらなかった。子供のようにしゃくりあげて泣いた。そんな私を見て彼はすぐに職場に帰らず、近くの漁港に車を止めて、泣いている私を優しく抱きしめてくれた。
こんな優しく誰かに抱きしめられたのは初めてだった。
この日を境にわたしは彼を上司ではなく、1人の男性として意識するようになった。そこからお付き合いに至るまで、そう時間はかかからなかった。
わたしは彼の全てを愛していた。ウイットにとんでいて、よく冗談を言い合ってゲラゲラ笑っている時間がなによりもしあわせだった。どんなに苦しい時でも瞬時に彼のジョークで私の心は軽くなった。一生この人の傍にそばにいられたらわたしの人生はどんなに楽しい、素晴らしいものになるか。想像するだけでどんな嫌なことも乗り越えられた。彼は女好きでキャバクラに通ってるのも、私が彼女なんだもの。という余裕で許していた。所詮遊びは遊び。そんな所もひっくるめて愛せるほど私にとって彼は魅力的だった
こんな感じでわたしは彼との職場での日常を楽しんでいる。仕事って嫌なものだと思っていたけど、彼がいるからわたしは「大丈夫」なんだ。
金曜の夜、いつも仲良くしている同僚の女の子に飲みに誘われた。仕事の疲れを女子会で発散するのは、わたしの楽しみの一つだ。
金曜の夜仕事を終えていつもの行きつけのバーに二人で出かけた。薄暗い、落ち着いた店内。普段の仕事の愚痴を言いながら普段通り喋っていたのだが、唐突に彼女が彼の話題を口に出した。「彼ってさー酔うとすごい甘えんぼになるよね」
…
わたしは何を言っているのか理解できなかった。視界が上下にグラグラと歪んだ。
すぐには反応できずに居ると彼女が一方的に話し始めた「彼さぁ、この間一緒に飲んでたらすんごい酔っ払っちゃって!休むだけねーって言ってホテル入ったらずーっと背中に抱きついてくるのーあの人職場では真面目人間だけど、可愛い一面もあるよね」
わたしの「知らない彼」がいる。そんなこと知らない。私の友達に、私の知らないところで、そんな無防備で甘えてたの?
胸が焼けるように熱い。そのあと彼女との会話は一切頭に入ってこなかった。気付いたらわたしは自室のベットの上にスーツのまま座り込んでいた。
どうやって帰ったのかも覚えていない。
彼に電話する?
いや、嫉妬深いと面倒くさがれる?嫌われたくない。
わたしは完璧な彼女でいたいのに。
どうして?こんなにわたしは彼を愛しているのに。完璧でありたいと思っているのに。胸が痛い。私の知らない彼がいる。知らない。そんな彼私は知らない
わたしはいてもたってもいられず衝動的にそのまま彼の家に向かった。直接話がしたかった。
どうしてわかってくれないの?わたしはこんなに愛しているのに。どうしてほかの女に甘えたりするの?わたしは完璧な彼女なのに。あなたをこんなにあいしているのに。今何時だかも分からないが、冷たい雪の白さと黒よりも黒い空の黒さがわたしをさらに深い闇へと導いて言った。
彼の家に着いた。インターフォンを鳴らす。
何度も
何度も
何度も
ーピンポンー
ーピンポンー
反応がない。
痺れを切らしてドアを叩いた。
力いっぱい叩いた。
手の皮がやぶれて赤く滲んでいる。
そんなことはどうでもいい。
彼に会いたい。今すぐ。
するとドアがスっと開いた
いつもの優しい彼の顔が現れた。瞬間わたしは悲しさと愛おしさの狭間でもう心が限界だった。が、少しおちつきをとり戻し、彼の顔色を伺うと、かれはすごく驚いていて何かにおびえているようにみえた。
そっか。何時かもわかってなかった。今何時なんだろう。何の連絡もなしに夜中に来たら驚くよね。
そんな思いとは裏腹に彼から思いがけない言葉が出てきた「どうしてこんなところにいるの?それに、何故うちを知ってるの!?」
…え?
彼が何を言っているのか分からない。
私たち付き合ってるんだから。
訳が分からなくなって呆然としていると、後ろから甘えた女の声が聞こえてきた。「ねー何こんな時間に誰?」
ドアの隙間からわたしの「知らない」女の姿が見えた。
かれは優し声で話しかけた。私ではなく、その後ろの私の知らない「女」に。
「大丈夫だよ」
大丈夫だよ?この言葉、この優しい声は私だけのものでしょ?あなたの「大丈夫」は私だけのものじゃないの!?
なんで?誰?あなた誰?わたしの知ってる彼を返してよ!!
その瞬間目の前が真っ暗になり足元から何かが崩れていく音が聞こえた
そのあとのことは覚えていない。
ただ、しんしんとふる真っ白な雪に「赤」が点々と落ちては広がっていく。そんな美しい光景だけが鮮明に心に残った。
そのあとわたしは何事もなく家に帰った。これで彼は永遠に私のものだ。その記憶だけでわたしは生きていける。わたしは「大丈夫」なんだ。
11月19日朝、いつもと変わらない朝の風景。真っ白な雪を眺めタバコを咥えながらそんなことを思い出しながら再び安堵するのだ。
遠くからサイレンの音が聞こえる




