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<連載版>悪役令嬢が睨んでくるので、理由を聞いてみた  作者: ちくわ食べます


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12話 ひよこ

「ありがとう、セリスさん……とても嬉しいよ」

「うん……口に合えばいいんだけど……」


 受け取ったピンク色のちいさな包みからは、焼き菓子特有のほんのりとした甘い香りがする。


 小腹の空いた状態で我慢するのは無理だった。

 

「あの……開けてもいいかな?」

「……うん」


 丁寧に包みを開くと中に入っていたのは――。

 小ぶりで黒っぽいクッキーだった。


 すこし歪な楕円形をしているけど、それが逆に手作り感を出していて、とても良い雰囲気だ。


 僕のためにセリスさんが一生懸命に作ってくれたのだろう。その不揃いな見た目から伝わってくる。


「おお……すごいや」

「なんか……うまく出来なくて……その恥ずかしい……かも」

 

 自分の作品をまじまじと見られると恥ずかしい、ってことかな?

 初めて女性から手作りクッキーをもらったから、つい見すぎてしまった。


 しかも相手は、クール系眼鏡美少女のセリスさんだ。嬉しさも跳ね上がるというものだ。

 

 ところで、これはなんの形だろう?

 

 なんというか……山が2個つながっている様な形をしている。


 双子山……じゃあそのまますぎるし。

 

 そもそも、女子が山をクッキーの形に選ぶことはないんじゃなかろうか。


 クッキーと言ったら……丸とか四角とか星などが定番だったはず。

 

 じゃあ、これは一体何だろう?


 よく見ると……桃みたいな形にも見えてくる。

 

「ねえセリスさん、この形って……なにかな?」

「ひょ……こ、これは! ……その…………ハートで……」


 僕が突然質問したのがいけなかったかも知れない。


 セリスさんは少し驚いてしまったらしく、慌てたような感じになってしまった。

 最後の方なんて声が小さすぎて、うまく聞き取れなかったくらいだ。


 でも『ひょ……こ』って言っていたのは聞こえた。

 そうか。なるほど、分かったぞ!

 

「へえ~、ひよこなんだ。かわいいね」

「……………うん…………ひよこ」


 少し頭が大きい気がするけど、そこはご愛嬌。

 とってもかわいいひよこちゃんだ。

 

 セリスさんは慌ててしまったのが恥ずかしいのか、ずっと下を向いてしまっている。


「どうして……私…………ひよこ……だなんて」

「ん? どうかしたのセリスさん」

「なっ! なんでもない……」


 その様子はどこか力なくうなだれているように見えるから不思議だ。

 

「いま食べてもいい?」

「うん……」

「じゃあ、いただきます」


 僕がクッキーを口に運ぼうとしたその時。

 下を向いていたセリスさんが顔を上げた。


「ちょっと待って! その……もしかしたら……あんまり美味しくないかも……しれなくて……」

「そうかな? とても美味しそうだけど」


 そう言って僕は、クッキーをヒョイッと口に入れた。


 カリッとした食感の後に甘さがくる。

 けど……結構苦い。これは大人向けの味だ。

 

 この味……ハイカカオチョコレートに似てる。

 前世で食べた90%くらいのカカオ率のチョコが、このくらい苦かった気がする。


「ど、ど、どうかな?」

「うん、美味しいよ」

「ええっ!? ……本当に?」


 素直に答えただけなのに、作った本人のセリスさんは目を大きくして驚いている。

 

「セリスさん、なんでそんなに驚いているの? 僕、こういう味……結構好きだよ?」 

「そ、そうなの……?」


 僕はコーヒーが好きなんだけど、この世界でコーヒーと出会えていないのだ。

 前世では毎朝ブラックコーヒーを飲んだりしていたくらいだ。


 この世界では紅茶が親しまれていて……まあ、紅茶も美味しいんだけれどね。

 僕としてはコーヒーが恋しくなる時もあったのだ。


 だから、このクッキーの苦さが妙に心地良い。


「全部食べちゃってもいいかな?」

「うそっ……! 信じられないっ」

「あれ? ダメだった?」

「ううん、ダメじゃない。嬉しい!……けど……体調はどう? 大丈夫?」

「体調? うん、元気だよ」


 あれ?

 僕って具合が悪そうに見えているのだろうか。


 顔色が良くないのかな?

 

「その……無理してない? 美味しくなかったら……食べなくていいから」

「何言ってるの。セリスさんが一生懸命作ってくれたんだよ? 美味しくないわけないじゃないか……」

「ふぇぇ…………トリスタン……」


 僕は次のクッキーを頬張る。

 

 ちょっと苦いけど、あと引く味だ。

 ひよこの形もかわいくて食欲をそそる。


「うん、美味しい!」

 

 気づけば僕はクッキーを完食してしまっていた。


「ごちそうさまでした。本当に美味しかったよ。ありがとうセリスさん」

「うん……どういたしまして」

 

 正直なところ、機会があればまた食べたいくらいだ。

 でもこのクッキーはお礼として作ってくれた、いわば『限定品』みたいなもの。


 それに『もっと食べたい』なんて催促して作ってもらうのもセリスさんに悪い。セリスさんは優しいから頼んだら作ってくれそうだけど、彼女は僕専属のパティシエじゃなくて侯爵令嬢なのだ。


 生徒同士は身分を気にせず接して良いとは言え、侯爵令嬢に頻繁にお菓子を作らせたりしたら失礼にあたるだろう。


 とその時、ゴォーンと鐘の音が響いた。

 次の授業を知らせる音だ。


 美味しいクッキーに夢中になっていて時間を忘れていた。


「セリスさん、次の授業始まっちゃうよ」

「いけない、時間を忘れていたわ。たしか、次の授業は画室だったわよね?」

「うん、そうだね。今からなら走れば間に合うはずだ。よし急ごう、セリスさん走れる?」

「ええ。もちろん――って、ひゃあ……」


 僕はセリスさんの白い手を取る。


「えっ……ちょっと……トリスタン?」

「ほら、はやくいかないと遅れちゃうよ!」

「…………はぅん……」


 急かしたせいか、セリスさんの返事がおもしろいことになっていた。


 セリスさんがギュッと手を握り返してきたのを合図に、僕たちは走り出した。


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