11話 かわいいラッピング
「……トリスタン。ちょっといいかしら?」
「うん、いいよ。どうしたのセリスさん」
その日は珍しく、セリスさんが僕に声をかけてきた。
だけど……様子がおかしい。
「あの…………」
「うん?」
「その……」
――なんだろう。
セリスさんは何かを言おうとしているみたいだけど、会話が途切れてしまって後に続かない。
もしかしたら、言いにくいことなのかも知れない。
セリスさんの眼鏡の奥にある瞳も、いつもの凛としたクールな雰囲気が薄れていてる。
その瞳はどこか自信が無さそうで……弱々しさすら感じる。
一体何があったのかわからないが、セリスさんは一緒に買物に行った仲でもある。僕に出来ることがあるなら協力したい。
それにはまず、彼女から話を聞かないと始まらない。
「セリスさん、何か話があるんでしょ? 大丈夫だよ。僕で良ければ聞くから。なんでも言って」
「ちゃんと聞いてくれる……のね?」
さっきまでの弱々しさは少し薄れたけど、握りしめた手には力が入っていて、なんというか緊張している時みたいな固さがある。
セリスさんみたいな綺麗な人が、僕みたいなモブに緊張するはずはないから、なにか他の理由があるのだろう。
「もちろんだよ。だから、もう少しリラックスしてみようよ」
「…………そうね」
セリスさんは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きだした。
「実はね。あなたに……」
「僕に……?」
そこで一旦、セリスさんは息を飲み込んだ。
すると雰囲気が少し変わった。
セリスさんの瞳がいつもの感じに戻っていく。
力強くて、冷たさすら感じるほどの凛々しさだ。
きっと何かが吹っ切れたのだろう。
「あなたにお願いがあるの。今から一緒に来てほしいんだけど……いいかしら?」
「もちろんだよ」。じゃあ、僕はセリスさんについていけばいいかな?」
次の授業までにやることもないし、休み時間は始まったばかりだ。
セリスさんのお願いを聞く時間は充分に残っているはずだ。
「…………やった! じゃなくて……じゃ、じゃあ……ちょっと待ってて」
僕が答えると、セリスさんは嬉しそうな表情になる。それからカバンの中に手を入れて、ゴソゴソと何かを探し始めた。
「たしかこの辺に……よし、あった。じゃあ、トリスタン。ついてきてくれる?」
「うん」
セリスさんは何かをポケットに入れると、席を立って歩き出した。
僕も席を立ってセリスさんに続く。
彼女はドアの方へ向かって行くので、おそらく教室の外に出ようとしているのだろう。
行き先は分からないけど、セリスさんに任せておけば妙なことにはならないと思う。
僕は彼女を信頼しているのだ。
だが、僕たちが教室を出ようとした時、ダリウスに呼び止められた。
「トリスタン、少しいいか?」
「ダリウス。今は、ちょっと……。後でもいいかな?」
「大丈夫、時間はかからない。すぐ終わるから」
もう一度断ろうとしたが、いつになく真剣な表情のダリウスに僕は口をつぐんだ。
僕は構わないけど、セリスさんはいいのかな?
セリスさんの方を確認すると、小さく頷いてくれた。
オッケーってことらしい。
セリスさんは先に教室を出ていったが、先に行ってしまったわけじゃない。
廊下で待っていてくているみたいだ。
きっと、僕たちが話しやすいように配慮してくれているんだろう。
気遣いのできる素敵な女性だ。
「じゃあ、手短に頼むね」
「おう、ちょっとこっちに……」
手招きするダリウスの近くに顔を寄せると、ひそひそ声で話し始めた。
「お前、セリスさんに呼び出されたんだろ?」
「うん、そうだけど?」
「そうだけどじゃないって、大丈夫かよ?」
「え? なにが?」
「彼女、ポケットにナイフとか入れてるんじゃないのかってことだよ!」
「おもしろい妄想だね!」
ダリウスの中でセリスさんは、超危険な極悪人ポジションらしい。
この世界でのセリスさんは悪役令嬢ポジションかも知れないけど、彼女は普通に優しい人だ。ダリウスの心配するようなヴァイオレンスアクションをするような人じゃない。
「いいか。死ぬなよ……絶対に行きて帰ってこい」
「いや、死なないし。そんなこと言われると逆に怖いよ……」
なんかのフラグみたいで嫌だよ。
「ああ、それともう1つ……」
「もう1つ?」
「次の芸術教養の授業は画室だからな。遅れるなよ」
「そうだったね。ありがとう。じゃあ、もう行くよ」
僕はダリウスに向かって拳を向けると、ダリウスも笑顔で僕に拳を向けてくる。
互いに軽くグータッチした後、待ってくれているセリスさんのもとへ急いだ。
◆
セリスさんについて行った先は屋上だった。
屋上には僕とセリスさん以外、誰もいない。
とても静かな場所で見晴らしもよく、時折吹き抜ける風が気持ちいい。
「セリスさんはここへよく来るの? 僕、初めて来たよ」
この学園に屋上があるのは知っていたが、僕がここに来るのは初めてだ。
「いえ、私も初めてよ」
風になびく髪。
整った容姿。
女子としてはすこし背が高いことも相まって、立ち姿がすごく優雅に見えた。
「へえ……そうなんだ。静かで、いい場所だね」
「うん……そうね」
「でも屋上って、生徒に解放されてたんだね。僕、全然知らなかったよ」
「いいえ。ここは一部の生徒以外は入れないように制限されているの」
「えっ? そうなの?」
――あれ?
なんで僕たちは普通に入れたんだ?
ドアに鍵がかかっている様子もなかったぞ。
「屋上はね、生徒会以外は入ることができないのよ」
「そうだったんだ……でも、セリスさんは生徒会じゃないよね?」
じゃあ、どうして入れたんだろうか?
ますます分からなくなってきた。
もしかして、事前にピッキングでもしておいたのだろうか。
「姉から特別に許可を貰っておいたの」
「セリスさんのお姉さんから?」
セリスさんのお姉さん……。
王太子であるユージーンさんの婚約者で、名前は『アイリスさん』だったはずだ。
ユージーンさんが生徒会長なのは知っていたが、アイリスさんも生徒会役員だったのか。
僕はこの学園について知らないことが多すぎる。
もう少し自分の通う場所に興味を持ったほうがいいかもしれない。
「ええ……これを貸してもらったのよ」
そういうと、セリスさんは青い宝石が嵌められたカードのようなものを見せてくれた。
屋上のドアを開けるための認証用の魔道具なのだろう。
あの魔道具があったから、僕たちはすんなりと屋上に入れたわけだ。
「もしかして、僕にこの場所を見せるために?」
「それもあるけど……実は渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「ええ。この眼鏡のお礼にと思って」
セリスさんは自分のかけている眼鏡を指さした。
彼女がかけている眼鏡は、彼女自身で支払いをしたものだ。僕は店まで付き合ったのと、色を選んだくらいで大したことはしていない。
「そんなに気にしなくてもいいのに」
「トリスタン。私はあなたに感謝しているの」
「セリスさん……」
「感謝の印に……こ、これを受け取ってほしいの」
セリスさんが差し出したのは、かわいいラッピングが施されたピンク色のちいさな包みだった。
「これは?」
「クッキーよ。男の人は甘いものが好きだって聞いたから……ためしに作ってみたの」
買ったんじゃなくて、セリスさんがクッキーを手作りしてくれた!?
セリスさんは高位貴族なのに……僕のためにわざわざ?
前世でも女性から手作りのものをもらったことなんてない。
しかも初めてもらえるのが、こんな綺麗な人からだなんて……。
……なんだろう。
僕の中に……今まで感じたことのない不思議な気持ちが沸き上がってくる。




