10話 勝負は明日
「ジャーン、今日は重大発表があります!」
「なんだろう。わくわくするね!」
ダリウスがこう宣言する時は、大抵の場合おもしろい話だから、とても楽しみだ。
「実は……俺に、好きな人が出来ましたー! パチパチパチー!」
「ダリウス、こういうのはもう少し小さい声で言った方が……」
「あっそうか、ついテンションが上がっちゃったぜ」
明るく笑うダリウスにつられて、僕も一緒に笑ってしまう。
「そこで問題です! 俺は誰を好きになったでしょうか?」
「それは難しいね! なにかヒントを教えてよ」
「仕方ないなトリスタン君。じゃあ大サービスだぞ。ヒントは……園芸委員です」
「園芸委員……」
園芸委員とは学園の広大な庭園の管理を全て任された大変な委員ではない。
園芸のイロハを学ぶためのちょっとした作業をする委員だ。
学園の敷地内に園芸委員専用の小さな花壇があって、主にやるのは水やり、剪定などだと聞いている。
「同じ学年だったりする?」
「うんうん。鋭いなトリスタン君」
僕の質問にダリウスは嬉しそうに頷いている。
まだ余裕そうだけど、これでだいぶ人数が絞られる。
「その人は、クラスの女子ですか?」
「イエス!」
これは大ヒントどころか、答えそのものだ。
クラスの園芸委員は1人しかいない。
「じゃあ、クロエ・オルタンシアさんなの?」
「そう、正解だ! 俺はクロエさんを見てると幸せ過ぎて、胸がはち切れそうだぜ!」
クロエ・オルタンシアさんは子爵家のご令嬢だ。
彼女は物静かではあるが、自分の意見をはっきり言えるタイプの人で、ブロンドの髪を後頭部で緩くまとめたシニヨンヘアが印象的な女性だ。
あまり話したことがないから詳しくは分からないけど、性格的にはおっとりした感じだったと記憶している。
ダリウスはああいう癒やし系な雰囲気の女性が好きだったのか。
「だから俺も園芸委員に立候補しようと思ってさ」
「いいじゃん。ところでダリウスって、園芸とか興味あるの?」
「いや、今のところは興味ない。でもクロエさんと一緒にいれるなら、そんなことは些細な問題だ」
この学園では、生徒の好きなタイミングで委員になれる。もちろん辞めるときのタイミングも自由だ。
生徒はみな貴族なので、強制的に労働させようという概念がないのだろう。委員会は、あくまで体験学習といったスタンスらしい。
「ダリウスはクロエさんのどういうところが気に入ったの?」
「なに!? まさか……トリスタンも狙っているのか?」
「そんなわけ無いでしょ……真面目に答えてよ」
僕は人を好きになったことがない。
だから余計に異性を好きになるキッカケに興味があった。
「だよな! まあ、なんていうか……簡単に言うとギャップにやれたんだ」
「ギャップか……」
前世で聞いたことがある『ギャップ萌え』ってやつかな?
クロエさんの持つ、隠れた一面に心惹かれたというわけだろうか。
「そうだ。彼女って物静かでおっとりしてるイメージがあるだろ?」
「そうだね。僕もクロエさんのイメージって、そんな感じだよ」
「それがさ、話してみたら違ったんだよ。授業でペアを組む機会があったんだけど、なんていうか……すごく楽しかったんだ」
なんだろう。ダリウスの説明が急に抽象的で……よくわからない。
うーん……つまりそれって。
「話が合うってこと?」
「そう、それだ! さすがだなトリスタン!」
ダリウスは明るいタイプだ。そんなダリウスと話が合うというクロエさん。
物静かなイメージだけど明るい人なのだろう。
「そうなんだ、仲良くなれるといいね」
「ふっ、応援感謝する」
「なんだよ、それ!」
ダリウスが馬鹿な貴族みたいにキザなポーズを取るので、不意を突かれた僕は笑いをこらえきれなかった。それを見たダリウスも声を上げて笑っていた。
◆
なにか楽しい話でもしているのか、トリスタンたちがまた笑っている。
私がクッキー作りを始めてから5日が経つ。
1日もはやく彼にクッキーをプレゼントしたいのに、私はまだ行動に移せないでいた。
それは、私のつくるクッキーが気絶するほど不味いからだ。
初めてクッキーを作った時、試食したアイリスは本当に失神してしまった。
目を覚ました彼女に聞いたところ(目を覚ましてくれてよかった)、塩っぱくて、辛くて苦かったらしい。
塩と砂糖を間違えたのがいけなかったのだろう。
次に作った時は間違えないように注意して作った。
今度は失神することなく食べてくれたが、恐ろしく辛くて舌が痺れるらしい。
それに見た目もなぜか禍々しい。
アイリスの意見を参考にして隠し味をやめてみた。
赤や黄色の粉を入れていたのが良くなかったのかもしれない。
隠し味をやめたクッキーは、辛くなくなったが苦いのは変わらないという評価だった。
その後もアイリスの助言を聞きながら、工夫しながらクッキー作りをしたのだが……。
どうしても黒コゲになってしまう。
これには一緒に作っていた料理人も不思議がっていたほどだ。
彼は責任を感じたのか『私が不甲斐ないせいでお嬢様に辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません』と辞職しようとするので必死に引き止めたりもした。
次の日から、私だけでクッキーを作っているのだが、なんどやってもうまくいかない。
アイリスが言うには徐々に良くなってきているそうだが、味見担当の彼女は日に日に元気がなくなっていて、今朝あった時はやつれた病人のようだった。
私のためにとアイリスは体を張って協力してくれているが、そろそろ彼女の身体は限界かもしれない。
死んだ魚のような目をして暗黒クッキーを食べているアイリスを見ると、さすがに私も心苦しくなってくる。
このままアイリスにクッキーを食べさせ続けたら、意図せず毒殺してしまう恐れもある。
私はアイリスを殺そうとしているわけじゃない。
美味しいクッキーを作りたいだけなのだ。
私の作ったクッキーをトリスタンに食べてもらって『美味しい』と喜んでもらいたい。ただそれだけなのだ。
問題なのは、まだ美味しいという評価はもらえていないこと。でも、このまま練習を続けたらアイリスの命が危ない。
この辺が、潮時かもしれない。
決めた……勝負は明日にする。
帰ったらもう一度料理人に作り方を聞いて、慎重に丁寧に作る。
今日を人生で最後のクッキー作りの日にするんだ。
楽しそうに笑っているトリスタンを見て、私は決意を固めたのだった。




