1話 悪役令嬢に睨まれて
こちらは短編を連載版にしたお話です。
6話までは短編の内容になります。
僕は――この世界のモブだ。
自分を卑下しているとか、自暴自棄になっているとか、そういう後ろ向きな話じゃなくて。
未だに信じられないけど、どうやらこの世界は乙女ゲームなのだ。
僕は、メインキャラはおろか登場人物でもなんでない。名もなきその他大勢、つまり脇役。
これがモブと言わずに、なんと言えば良いのだろう。
前世では川で溺れている子供を助けたところで力尽き、その生涯を終えた……はずだった。
子供を助けた特典なのか分からないが、僕は運良く(?)転生することが出来た。
問題なのは、まったく馴染みのない乙女ゲームの世界に転生してしまったことだ。
広告を見て気になったから調べたことがあるだけで、ストーリーの内容なんて大まかなあらすじしか分からない。知識無双なんて夢のまた夢。
僕が覚えているのは主要な登場人物くらいで、登場人物たちの関係性も知らない。ゲームの名前に至っては、もう忘れてしまったくらいだ。
そんな馴染みのない恋愛至上主義の世界に、しかも学園を舞台とした乙女ゲームに転生してしまったわけだ。
だけど僕は……やっぱりモブなのだとわからされた。
待っていたのは恋愛とは無縁の生活を送る日々。
良かったのは、ストーリーに絡むこともないからゲームのことなんて分からなくても生活に困まらないこと。
「次は席替えか。やっぱり俺は窓際が良いな。日差しが暖かいから」
「ははは。ダリウスは相変わらずだね」
「トリスタンはどこの席がいいんだ?」
「僕は目立たない後ろのほうがいいな」
「なんだよ。トリスタンだって相変わらずじゃん」
王立学園の教室で、友人のダリウスといつもの様に何気ない会話をする。
それは僕にとって居心地がいいものだ。
だけど――今日は何かが起こりそうだった。
「なあトリスタン。セリスさんなんだけど……さっきからこっちを睨んでないか?」
「えっ?」
「待て、トリスタン。……凝視したら殺されるぞ」
「そんなわけ無いって、大袈裟な……」
「彼女……多分、トリスタンの方を見ている気がするんだよ」
「僕を……? そんなわけ無いって」
「いいから、こっそり見てみろって」
ダリウスに促されてセリスさんの方を見る。
侯爵令嬢、セリス・エリシュオン。
黒髪ロングのストレートヘアー。
身長は女子としては少し高い方。
ツリ目でシャープな瞳は、アメジストを思わせる輝きがある。
そんな彼女の評価は『怖い・恐ろしい』だった。
セリスさんは、切れ味の鋭い目を更に研ぎ澄まして僕を睨んでいた。
一瞬目が合ってしまい、気まずさから僕はあわてて視線を逸らす。
うろ覚えだけど、セリスさんは悪役令嬢のポジションだったと思う。
彼女はメインキャラなだけあって相当整った顔立ちをしている。
どう控えめに言っても、綺麗な人だ。
でも眉間には凶悪なシワが刻まれていて、世界を相手取って戦争をしかねない危ない目つきをしている。
悪役令嬢としての役割もあるだろうけど、その見た目もあって彼女は周りから恐れられていた……。
武闘派の上級生も彼女に逆らえないとか、背後に大物がいるとか……セリスさんには物騒な噂がついて回る。
だけど、僕が見てきた限り彼女は悪い人じゃない。
彼女は授業だって真面目に受けているし、悪いことをしているのは見たことがない。
ただ、眉間にシワを寄せていて、威圧的で、眼光鋭く睨んでいるだけ。
悪鬼の如く恐れられているが、彼女は怖い人じゃないというのが僕の結論だ。
「本当だね……僕、セリスさんに何か悪いことしたかな?」
「そんなわけ無いって。トリスタンみたいなお人好しが悪いことなんてするかよ」
「僕はそんなお人好しじゃないよ……」
「何いってんだ。充分お人好しだぞ。まあ、俺はお前のそういうとこが気に入ってるんだけどな」
「そ、そうかな。なんか恥ずかしいな」
「照れるなって!」
「照れさせたのはダリウスだろ?」
僕がお人好しかどうかはさておき――。
ダリウスと僕は、去年知り合ってから意気投合して以来ずっと仲が良い。
3年制であるこの学園で、去年に続き2年生でもダリウスと同じクラスになれたことは、とても幸運なことだ。
「でもさあ。セリスさんって……本当に怖いよな」
「パッと見ると……そう見えるかも知れない。でもセリスさんは悪い人じゃないと思ってるよ」
「えぇ!? そうか?」
「うん、みんなが誤解してるだけだと思うけどね」
「あの凶悪な顔を見てそんなこと言えるなんて。トリスタンはお人好しにもほどがあるぞ」
「本当に悪い人じゃないんだけどなあ……」
ダリウスを含めて学園のみんなは、セリスさんを恐れて声をかけようとしない。
セリスさんが、まるで悪魔やドラゴンであるかのように。
くどいかも知れないが、彼女は何も悪いことをしていない。
それなのになぜ、こんなにも恐れられているんだろう?
僕には……それが不思議で仕方なかった。
もしかして、僕だけがおかしいのだろうか?
彼女を怖いと思わないのは……。
僕がゲームの外から来た存在だからなの?




