第7章:追跡
養父リチャードの死は、エドマンドの中から最後の躊躇いを消し去った。父の名誉を守るという大義が、彼の復讐心を、もはや誰にも止められない鋼の意志へと鍛え上げていた。黒い手帳に記された真実は、父を欺いた者たちを断罪するための切り札となるはずだった。
エドマンドはまず、父と旧知の仲であった市会議員の一人に匿名で手紙を送った。フェニックス組合の不正を匂わせ、証拠の存在をちらつかせることで、公の場で問題を追及させようと画策したのだ。だが、クレイン卿の権力は、彼が思う以上に深く、広く根を張っていた。議員からの返答はなく、それどころか、数日後にはエドマンドの商会の周囲に、見慣れない男たちの影がちらつくようになった。クレイン卿の差し金であることは明らかだった。
「まずいな、エドマンド。彼らは君の動きに気づいている」
トマスは警告した。「君はあまりに事を急ぎすぎた。彼らは巨大な蜘蛛だ。下手に巣を揺らせば、すぐに食い殺されるぞ」
「だが、このまま黙っているわけにはいかない!」
「今は嵐が過ぎるのを待つんだ。時が来れば、必ず好機は訪れる」
しかし、正義感と焦燥に駆られたエドマンドに、その冷静な助言は届かなかった。彼は独力でフェニックスの悪事を暴こうと、再び行動を開始した。組合の不正な土地取引の証拠を掴むため、被害に遭った商人たちに接触を試みた。だが、彼らは皆、フェニックスからの報復を恐れ、固く口を閉ざすばかりだった。
そして、ついにエドマンドは、クレイン卿が巧妙に仕掛けた罠にはまった。
「組合の内部告発者」を名乗る男から、密会を求める手紙が届いたのだ。さらなる証拠を渡したい、と。一縷の望みを託し、指定された波止場の古い倉庫へと一人で向かったが、そこに待っていたのは内部告発者ではなく、棍棒を手にした屈強な男たちだった。
「お前の嗅ぎ回る鼻も、ここまでだ。若旦那」
下卑た笑みを浮かべ、男たちがじりじりと距離を詰めてくる。エドマンドは必死に抵抗したが、多勢に無勢、あっけなく取り押さえられ、頭に麻袋を被せられた。
彼が引きずられていった先は、シティの悪党どもを非公式に裁くことで知られる、私設の治安執行官――シーフテイカーのヤードだった。薄暗く、血と埃の匂いが染みついた部屋の床に突き倒される。麻袋が乱暴に引き剥がされると、目の前には、椅子にふんぞり返って彼を見下ろす、あの男がいた。ギデオン・ブラックソーンだ。
「随分と我々の周りを嗅ぎ回ってくれたそうじゃないか、ハーグリーヴスの小僧」
ギデオンは嘲るように言った。その声には、何の感情もこもっていない。ただ、事実を淡々と述べているだけだ。
エドマンドは、床に唾を吐きかけ、憎悪に満ちた目で彼を睨みつけた。
「お前が……! 十四年前のあの夜、火を放っていたのを、私はこの目で見た!」
その言葉に、ギデオンの眉が僅かに動いた。
「ほう、大火の夜か。大勢が死んだな。感傷に浸っている暇があったとは、お前は運が良かったらしい」
「とぼけるな! お前のせいで、私の家族は……!」
「昔の話だ」ギデオンはエドマンドの言葉を遮った。「証拠でもあるのか? 孤児の戯言を、誰が信じるというのだ」
ギデオンが立ち上がり、エドマンドの胸ぐらを掴んで引きずり起こした。その巨体から発せられる威圧感に、呼吸が詰まる。
その時だった。まくり上げられたギデオンのシャツの袖から、醜い火傷の痕がエドマンドの目に飛び込んできた。それは古く、皮膚がケロイド状に引きつれた、決して消えることのないであろう、炎の刻印だった。
それを見た瞬間、エドマンドの中で最後の疑念が消し飛び、記憶の断片が雷に打たれたように繋がった。
あの夜、男が松明を差し入れた軒下から、火の粉が彼の腕に降りかかっていた。男はそれを気にも留めず、自らの炎でその腕を焼いていたのだ。これが、動かぬ証拠だ。
「その腕の傷だ!」エドマンドは叫んだ。「その傷が証拠だ! お前は自分で放った火に焼かれたんだ! お前が放火犯だ!」
その叫びは、初めてギデオンの冷徹な仮面を打ち砕いた。彼の顔が驚愕に歪み、一瞬だけ、隠しきれない動揺が走る。だがそれはすぐに、獣のような凶暴な怒りへと変わった。
「……小僧がっ!」
ギデオンの鉄のような拳が、エドマンドの顔面に叩き込まれた。視界に火花が散り、意識が急速に遠のいていった。