第五十九章 伝説の誕生
数日後、リスボンの港に、誰も想像だにしなかった光景が現れた。
黒い帆を掲げた四隻のフリゲート船が、巨大な骸骨のような船体を従えて、ゆっくりと河口へと進んでくる。
その後ろに引かれていたのは、イングランド海軍の誇るファーストレート戦列艦――「ロイヤル・ソブリン号」だった。
百門を超える大砲を並べ、海に浮かぶ要塞と呼ばれたその巨艦は、今や見る影もない。
メインマストは折れ、帆は引き裂かれ、船尾の舵は破壊されていた。
かつての威容は失われ、ただ「敗北の象徴」として、エドムンドの船団に縛られたまま引きずられていた。
港に集まった群衆は、息を呑んだ。
「…ありえん」
「イングランド最強の戦艦が…フリゲートに引かれて戻るなど…」
それはただの戦果ではなかった。帝国の誇りを生け捕りにして、町中に見せつける見せしめだった。
桟橋でその光景を見上げたリスボンの商人たちは、誰もが理解した。
この港の支配者はもはやイングランドではない。
ポルトガル王でもない。
この日からリスボンを支配するのは、「ハーグリーヴス商会」エドムンド・ヘイルその人であると。
群衆のざわめきの中、国王ジョアン五世の使者が、蒼ざめた顔で走ってきた。
だが彼が手にしていたのは、逮捕状ではなく、王の印章を押された招待状だった。
「国王陛下は、明夜、王宮にて貴殿と会談を望んでおられる」
デュゲ=トルアンはその様子を見て、満足げに笑った。
「…見ろ、ヘイル。王が頭を下げる。海を制するとは、こういうことだ」
エドムンドは答えず、ただ港にひれ伏すように沈黙する巨艦を見つめていた。
それは、一つの時代の終わりと、彼自身の伝説の始まりを告げる光景だった。




