第3章:ロイドの扉
ギデオンとの予期せぬ再会は、エドマンドの平静を根こそぎ奪い去った。商会に戻っても仕事は手に着かず、帳簿の数字は意味のない染みにしか見えない。あの冷たい目、あの横顔。十四年間、悪夢の中にだけ存在していた男が、現実の世界で英雄として君臨している。その事実が、彼の思考を麻痺させた。
何か違う空気を吸わなければ、このままでは憎悪に飲み込まれてしまう。
衝動的に、エドマンドは事務所を飛び出し、タワー・ストリートにある一軒のコーヒーハウスへと向かった。そこは「ロイド」と呼ばれ、養父リチャードがかつて「陸の商人とは人種が違う連中の巣窟だ」と苦笑いしながら話してくれた場所だった。
重いオーク材の扉を開けた瞬間、エドマンドは全くの異世界に足を踏み入れたことを悟った。
むせ返るようなタバコの煙、ブラジル産のコーヒー豆を煎る香ばしい匂い、そして何百人もの男たちの熱気に満ちた声が、巨大な波のように彼を包み込んだ。壁という壁には、世界中の港からの船の入出港情報、積荷の競売を知らせる告知、海賊の目撃情報までがびっしりと張り出されている。
誰もが早口でまくし立て、羊皮紙の契約書を片手にテーブルからテーブルへと渡り歩いている。ここは、フェニックスのプレートが支配する陸の秩序とは無縁の、荒々しくも自由な空気に満ちた、海の男たちの王国だった。
「驚いたな、エドマンド・ヘイルじゃないか。お前さんの親父殿が眉をひそめそうな場所で会うとは」
人混みの中で立ち尽くしていたエドマンドの肩を、誰かが軽く叩いた。振り返ると、そこには旧知の仲であるトマス・フィンチが、皮肉っぽい笑みを浮かべて立っていた。彼は海上保険のブローカーとして、この混沌とした場所を魚が水を泳ぐように渡り歩いていた。
「トマス! 久しぶりだな。君こそ、相変わらず忙しそうじゃないか」
「仕事でね。ここが俺の事務所みたいなもんだ。それより君はどうした? ハーグリーヴス商会の若旦那が、こんな油と潮の匂いがする場所に何の用だ?」
二人は隅のテーブルに席を取り、近況を語り合った。エドマンドは、先ほどの火事の現場で感じたフェニックスへの不信感を、相手がトマスであることに安心して、ぽつりぽつりと話し始めた。
トマスは黙って聞いていたが、やがて目の前で交わされている契約を顎で示した。一人のブローカーが持つ一枚の紙に、様々なテーブルの商人たちが次々と目を通し、リスクを判断してはペンで署名していく。
「あれが保険契約だ。クレイン卿のような大物が一人ですべてを決めるんじゃない。ここにいる誰もが、自分の判断と署名ひとつで、一攫千金を夢見る船の保険の引受人になれる。船乗りも、小物の商人も、な」
彼の言葉には、この場所への強い自負が滲んでいた。
「陸では、金とプレートが命の値段を決める。持たざる者は、ただ見殺しにされるだけだ」エドマンドは、吐き出すように言った。
「ああ、そうだな」トマスはコーヒーカップを置いた。「だから俺はこの場所が好きなのさ。陸は契約書と身分で人を縛るが、海は違う。海の上では、ただの署名……つまり、個人と個人の『信用』がすべてなんだ」
その言葉は、エドマンドのささくれだった心に深く染み渡った。養父の教えと同じ「信用」という言葉が、ここでは全く違う、より純粋で力強い意味を持って響いた。
トマスは、エドマンドの顔をじっと見つめた。
「何かあったのか、エドマンド? 君の目は、昔、親父さんの使いで一緒に倉庫を回った頃とは少し違う。何か……重いものを背負っているような目をしている」
鋭い指摘に、エドマンドは言葉を詰まらせた。この聡明な友人になら、あの夜のことを話せるかもしれない。だが、十四年間も胸の奥に封じ込めてきた闇を、今ここで吐き出す勇気は、まだ彼にはなかった。