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『転生したら陰陽師でした。まったりスローライフが望みなのですが』穏やかなる陰陽術師、異界知識で静かに無双中  作者: 米糠


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第四話 陰陽寮

 九重家・本邸 奥書院


 障子の向こうから洩れるのは、香の匂いと緊張感。

 静流は正座したまま、真冬のような父・九重清雅の眼差しを正面から受け止めていた。


「――お前には、来月より陰陽寮の実働部隊に加わってもらいたい。そのためには、……陰陽寮実働部隊、若年候補生の選抜試験に合格してもらわねばならぬ」


 九重家当主にして、現代陰陽道の頂点に立つ男――九重清雅。

 その声音に、情の影は一切ない。


 静流は、膝に置いた手をぎゅっと握った。


「……はい」


「お前の年齢を考えれば、本来ならば遅すぎる。お前のすぐ上の姉、煌花はすでに八歳から配属され、今や一隊を任される働きを見せている。長女の緋月(ひづき)、長男の蒼馬(そうま)はもう組織の中核メンバーだ」


 清雅は言葉を止め、数拍の沈黙のあと、低く問うた。


「お前も、九重家の一門衆として、その名に恥じぬ働きを期待しているぞ」


 静流は、ひたすらにうつむく衝動をこらえ、父の言葉を全身で受け止めた。


「……はい。精進します」


 その言葉に、清雅のまなざしが一瞬だけ細められる。

 だが、そこに慈愛のようなものはなかった。ただ、評価を定めるための観察の眼光――。


「本当のことを言えば、お前にはあまり期待していない。兄弟姉妹の中でもお前は戦いには向いていないようだしな。実際のところ、これは期待ではない。“試験”だ。お前が陰陽師として九重の名を背負うに足る者かどうかを見極める最後の機会。期待に答えられぬ時は、陰陽師を諦め田舎で隠遁してもらうことになるかもしれん。命を落とさぬようにな」


 清雅はそこまで言って、言葉を切った。


 言わずともわかる。

 九重の血を引いていても、力がなければ、都にはいられない。陰陽師は妖から都を守る盾であり剣である。


 ――それが、陰陽師の家に生まれた意味。



 九重静流は、生まれてから一度も、「強いね」と言われたことがない。


 九歳の春。静流は、人生で初めて“戦場”と呼ばれる場所に足を踏み入れた。


 ――とはいっても、それは模擬戦だった。

 陰陽寮実働部隊、若年候補生の最終選抜試験。妖障を模した式場の中で、幻影の妖異を制圧する、簡易実戦訓練。


「静流殿、妖障・左手側に展開! 炎陣、詠唱を!」


「え、えっと……えーと……」


 術式は途中で詰まり、式符は指先で滑り落ちた。

 仲間役の補佐陰陽士は慌てて守護陣を張ったが、タイムは規定の三倍、術式成功率は五割未満。

 最後の評価は、「実働適性なし」。言い渡された言葉は一つだった。


「――不合格」



 その日の夕刻。九重邸の奥書院にて。


「おまえは、今日をもって実働の道からは外れる。明日からは信濃の拠点で修行を積め。わかったな」


 家父・清雅は、静流の目を一度も見ずに言った。

 それが“処分”であることを、静流はなんとなく察していた。


(やっぱり……僕は、戦うのに向いてないんだ。……僕は、もう“強い九重”にはなれないかもしれない。でも、“強くなくても、誰かを護れる道”なら――)


 悔しさも、悲しさも、涙も出なかった。ただ胸の奥が、じんわりと冷えていた。


「……はい。わかりました」


 その返事に、父はうなずいた。何も言わず、背を向けた。


 ――名家の子が戦えぬなら、田舎で鍛え直すまでだ。

 だが、静流はまだ知らなかった。

 その“左遷”こそが、自分の陰陽師としての道を見つけるきっかけになるとは。


 それは、誰も知らない“異端の陰陽師”が生まれる、最初の一歩だった。


 

 信濃国・風野郷かざのごう。都から馬で四日、山々に囲まれた辺境の地。


 九重静流が辿り着いたその場所は、「陰陽寮・風野分院」と呼ばれる小さな木造の拠点だった。屋根は苔むし、鳥居の注連縄はほつれている。門の前で待っていたのは、ひとりの老婆だった。


「よう来たな、ぼんぼん。……顔はえらく弱そうじゃが、根性はどうかの?」


 しわくちゃの顔に金色の眼。墨染の羽織に、藍の袴。背は曲がり気味だが、手に持つ錫杖は重く、黒曜石の数珠が音を立てていた。


「……はじめまして。九重静流と申します。今日から、お世話になります」


「礼儀だけは一人前じゃな。わしは安積ノ婆(あづみのばば)じゃ。ここの師範であり、雑務係であり、ついでに料理番でもある」


 名乗ったその老婆は、にたりと笑うと、静流の荷物をひったくって拠点の中へ入っていった。


「ついてこい。まずは布団の敷き方と火の起こし方じゃ。……“術”の前に、“暮らし”を覚えんとな」


「え、ええと……陰陽術の修行は?」


「生きる力もない者が式神を動かせるか。寝ぐせのついた術士など信用されんぞ」


 その理屈に首を傾げつつも、静流は言われるがまま薪を割り、湯を沸かし、囲炉裏の灰かきまでさせられる。


 その晩、ぐったりと畳に倒れ込んだ静流に、安積ノ婆はぽつりと告げた。


「明日からは“見る修行”をしてもらう。妖異が出る場所を見て、感じて、そこに何があるかを――探るんじゃ」


「……でも、僕はもう実働不合格で……。僕なんかが見たって、何もできない……」


「なら“できること”を増やしゃええ。戦うばかりが陰陽師じゃねぇ。見て、知って、止める道もある。戦わずして護る――そんな道があることを、わしは知っとる」


 それは、父にも、兄にも、誰にも言われたことのない言葉だった。


 静流は布団の中で、ぽたりと涙をこぼした。


 翌朝、風野の空は晴れていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。


お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




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