第三十一話 大蜘蛛のあやかし 2
竹林の奥へと進む静流たちは、地面のぬかるみに気を配りながら、細く揺れる竹の隙間を縫うように進んでいた。
「……視界が悪いな。ここからは私が前に出る」
カシワが手を挙げ、すっと木陰に消えた。
その数分後――
「前方五十、いや、四十五メートル。地面に沈むような“違和感”あり。……巣だ」
木の上から彼が報告を入れる。
「了解。……なるほど、そこが“棲家”か……」
静流は一枚の符を空中に浮かべ、指先で淡い光を灯す。
「“蜘蛛の糸”を視認できるように霊視フィルターを貼るよ。目に見えない糸があると危ないからね」
霊視の術が全員の視界にかかると、竹の合間に光る線が無数に走っているのが見えた。蜘蛛の巣だ。それも、普通の蜘蛛の比ではない。
「……うわ、なんか地獄のハープみたい」とリナ。
「跳んだら網に引っかかりそうですね〜」と灯乃が足元を慎重に見つめる。
そのとき――
ピンッ!
「っ……!」
ユエが何かを撃ち落とした。蜘蛛の糸に触れかけた小枝だった。
「警戒線だわ。罠に触れると、場所がバレるわよ!」
「じゃあ……突破するか。こっちも“仕掛け”を使おう」
静流は《変幻の札》を取り出し、風の魔術と複合させて前方に放つ。
――パァンッ!
軽い破裂音とともに、無数の落ち葉が宙に舞い、蜘蛛の糸の位置を浮かび上がらせる。
「静流様が道を示してくださった。今のうちだよ。真ん中に向かいな!」
仲間たちは地面すれすれを駆け、糸の合間を抜けて突き進んだ。
そして――
「――見えた!」
開けた空間の中央。竹が大きくなぎ倒され、そこに巨大な白いドーム状の“巣”ができていた。
その中心に、やつはいた。
全身が黒光りし、腹に赤い紋を持つ異形の大蜘蛛。体長三メートル、脚を広げると五メートルを超える。眼は八つ、爛々と赤く光り、毛深い足をゆっくりと動かしている。
そして――巣の周囲には、動かない人の形をした“繭”が三つ、吊るされていた。
「……っ、間違いない。人だ」
「まだ……生きてる可能性があるぜ!」
サンザシが双眼鏡のような道具で観察する。
「生体反応ありですー。一人は弱いですが……間に合うかもしれません」と灯乃。
「じゃあ、話は早いね」
静流は符を一枚、空中に放つと、そこに式を展開する。
「――《鎖陣・蜘蛛潰し》」
地面から一斉に光の鎖が走り、巣の根本を拘束する。
それと同時に蜘蛛が吠えた。
ドン、と地面が鳴動する。
赤紋の大蜘蛛がその腹を浮かせ、糸を空中に一気に放つと、そこから分裂するように“小蜘蛛”たちが無数に出現する。
「くっ、子蜘蛛付きか!」とホオズキが叫ぶ。
「なら……」
ユエが弓を構え、連射する。
「ホオズキ! 範囲爆破頼む!」
「了解! それー!」
ドォンッ!
火花が迸り、子蜘蛛たちを一掃。続いてゲンザとイヅナが正面から大蜘蛛に切り込む。
「イヅナさん、右脚行きます!」
「任せな、そっちは落とす!」
重たい脚が地を薙ぎ払うが、ゲンザの盾が防ぎ、イヅナの双刃が関節を斬りつける。
静流は周囲を見て、ふと気づく。
「……これ、巣そのものが動いてる?」
巣の一部が蠢き、毒の胞子のようなものを放ち始めていた。
静流は符を三枚、一度に投じる。
「《空間収束・三重陣》……大蜘蛛の腹には弱点がある。そこを叩いて――終わらせるよう!」
その言葉に合わせて、灯乃が飛び出す。
「わかったわ! 行くよっ、師匠の分まで火力出すっ!」
霊弓から放たれた《火走りの光矢》が、大蜘蛛の赤紋へと突き刺さる。
――ズゥゥンッ!!
蜘蛛の巣全体が震え、中心にいた大蜘蛛が悲鳴のような声を上げて崩れ落ちた。
静寂。
重苦しかった空気が、竹林にすうっと晴れていく。
「……討伐、完了だね」
静流は軽く息をつきながら、繭に向かう。
「助かる命があれば、助ける。まずはそっちの処置だ」
静流がそう言うと、全員が動き出す。ホオズキが繭の糸を切り裂き、サンザシが治療薬を取り出し、灯乃が解毒の術をかける。
――静流たちの戦いは終わった。
しかし、リナがふと背後を振り向いたそのとき――
巣の奥、切り株の影に、なにか「石碑」のようなものが見えた。
「……あれ、静流。あれって……」
リナの言葉に、静流の表情がほんのわずかに動いた。
蜘蛛の巣の奥にあったのは――かつての陰陽師の「結界石」だった。
「なんで……ここに?」
静流は眉をひそめる。
今回のあやかし出現が、ただの偶発的な事件ではない可能性が、そこにあった。
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