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第二十八話 逃げ伸びた盗賊団《影渡り》

 蝋燭の揺れる灯りの下、風野郷から戻ったモモエは、頭目・イヅナを前に膝をついていた。


「……以上が、静流とその周囲の状況。あたしの判断で接触し、素性も明かしました。処分はお任せします」


 真剣な声で報告を終えると、部屋の隅にいた参謀サンザシが口を開く。


「……つまり、我々の存在を知られたと?」


「うん。でも、正面から断られるどころか、“仲間を連れて会いに来い”って言われた。……あの人、器が違うよ。見抜く力も、受け止める懐も」


 モモエの目は、畏敬と、わずかな憧れに揺れていた。


 イヅナは黙ってそれを聞いていたが、やがて扇子をたたみ、ゆっくりと立ち上がった。


 艶のある黒髪が、揺れる炎に照らされる。


「面白いわね……その“静流”という男」


 その声は、どこか艶やかで、しかし確信に満ちていた。


「情報収集の対象だったはずの人物に、モモエが“弟子入り”を願い、そして正体を晒してなお、会談を許された。――これはもう、ただの術者ではない」


 彼女は歩みながら、ぽつりと呟く。


「……惚れたわ」


 全員の視線が集まる。


「は……? なんですかお頭?」とカシワ。


 イヅナはくすっと笑って、明言する。


「惚れたんだよ。――静流という“陰陽師の生き様”にね」


 《影渡り》の一同はざわめいた。


「……姐さん、それは……つまり」

 爆薬師ホオズキが口を開く。


「そう。《影渡り》全員、静流の配下になる」


「…………」


 一瞬、静まり返る。


「お、姐さん、それマジっすか!? 俺たち盗賊団ですよ!? 今まで誰かに“仕える”とか――」


「ホオズキ」

 イヅナが一言、名を呼ぶ。


「我々は力を追い、知を集め、禁忌に踏み込み、生き残るために動いてきた。だが――静流はあの年で“世界を護る”ために、学び、術を修め、それを魔を封じるために実行している。私たちが憧れる“本物”だよ!」


「……それは、確かに……」と、サンザシが頷く。


「鬼を封印したあの術は、結界、術式、どれも規格外です。あの術を身近で触れられるなら、それだけでもためになりそうだ」

 カシワが腕を組む。


「……あの結界術、初めて見たわ! マジでどうなってるのかわからなかった。そういう意味では、確かに本物だ」

 ゲンザが無言で頷く。


 モモエが、改めて声を上げる。

「師匠……じゃなくて、静流さんは、嘘つきでも、盗賊でも、改心する可能性があるならちゃんと見てくれる人。わたし、自分でも驚くくらい、あの人の“弟子になりたい”って本気で思った」


 ホオズキがぼりぼりと頭をかく。

「……なんかもう、俺たち、限界だったのかもな。“盗ること”に」


 ユエがぼそりと、ぽつり。

「“護ること”に賭ける生き方……か。姐さんが惚れるだけはあるな」


 イヅナは、全員の言葉を聞いて、扇子を広げ、にこりと笑った。

「いい返事。じゃあ、明朝、正装して風野へ向かうわよ。――静流に、私たち《影渡り》の本気を見せましょう」




 《影渡り》、風野分院に現る

 ――数日後。風野郷・分院の裏庭。


 森に面した小高い丘の上、朝露に濡れる苔を踏んで、静流たちは並び立っていた。


 静流、灯乃、リナ、彦馬。

 そして、いつの間にか側にいた黒狐(黒耀天狗)のクロ、霊龍の白、文車妖妃のアヤメ。

 風野分院、静流の弟子や式神たち全員が勢揃いし、静かに訪問者を待っていた。


 鳥のさえずりがやけに遠く感じられる中――

 森の奥、気配のない影のように、現れたのは七つの影。


 盗賊団《影渡り》。

 その女頭目・黒羽のイヅナを先頭に、斥候カシワ、情報係モモエ、参謀サンザシ、爆薬師ホオズキ、護衛のゲンザ、そして狙撃手ユエ。全員が、整然と列をなして進み出る。


 緊張が走る。


 クロの耳がピクリと動き、白はあくびをし、アヤメは表情を引き締める。

 リナが小声で呟く。「まさか……ほんとに全員来るとはね」


 灯乃が静流の隣に立って囁く。「師匠、大丈夫……?」

 静流はただ一言、「うん」と返した。


 《影渡り》の一行が静流たちの目前、十歩の距離で足を止めた。


 沈黙。


 そして――イヅナが、扇子を閉じて小さく息を吐くと、唐突に。


「……失礼しますッ!」


 ぺたり、と土に膝をつき。

 それを合図に、モモエも、カシワも、ホオズキも、全員が一斉に――


 《土下座》した。


「我ら盗賊団《影渡り》、このたび……静流様の弟子、いや! 部下になりたく参上いたしました!!」


「はぁぁぁああああ!?!?!?」

 灯乃が素で叫んだ。


「ぶ、部下!?」

 リナも口元を押さえたまま動けない。


 彦馬が咳き込むように笑い出す。「は、ははっ……これ、冗談だよな? なあ?」


 けれど、土下座したまま頭を下げる七人からは、微塵もふざけた気配がない。


 静流が、ひとつ深呼吸をする。


「……理由を聞こうか」


 イヅナが顔を上げ、端正な笑みを浮かべた。

「私は、貴方の“術”を見たいと思った。ただの好奇心でした。けれど、モモエの報告を受け、確信したのです。――貴方の術は、世界を守れるだけの力と意味を持っていると」


「……」


「私たちは、力を“奪う”ことしか知らなかった。けれど貴方は、“与える”ことで村を護り、“結界”で人を導いている。……その在り方に、惚れました。」


 ホオズキが泣きそうな顔で叫ぶ。

「姐さん、マジで言ってます!? 俺ら、今日から弟子ですか!? 師匠、爆符の練習していいっすか!?」


「だめ」

 静流は即答した。


 サンザシが眼鏡をくいと押し上げ、静かに言う。

「我々は、ここで生まれ変わるべきかと。人から何かを盗むのではなく、人と共に“守る側”に立つ――そのために必要な道を、静流殿が知っているのではと考えました」


「うわあ……あんたたち、そんな怖そうな顔して、実は真面目なこと考える集団だったの……」

 灯乃が引き気味に呟く。


 イヅナが頭を下げたまま、再び口を開いた。


「静流様。どうか……我ら七名を、試していただけませんか。貴方の知と力に仕え、貴方の在り方を学ぶ機会を」


 ……少しの間。静流は全員を見渡して、ひとつ、息をついた。


「全員、顔を上げて」


 七人が一斉に顔を上げる。


「部下って言い方は好かないけど、“仲間とか協力者”としてなら……話はしてもいいかもしれない」


「おおおおおお!!!」

 《影渡り》全員がどよめく。モモエが思わずガッツポーズする。


 静流は、うっすらと微笑んだ。


「ただし――悪事はやめること。人にやさしくすること。風野郷を守ること。それが条件だよ」


「おお……はい!!」

「わかりましたあ!」

「ぜったい守るっす、俺たち!」

「し、師匠って呼んでいいですか……!?」


 分院の丘の上。

 かつて潜入と略奪を生業とした7人の盗賊たちは、今――生まれ変わり真っ当な人間として静流の協力者になった。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。


この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。


お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




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