第二十七話 逃げ伸びた盗賊団《影渡り》
翌朝。風野郷は、晴れ渡る空の下、朝露の匂いが小道に満ちていた。
その村道の一角、木造の分院門前に、花籠を背負った一人の少女が立っていた。
「ええと……このへんだったかな……」
――モモエ。盗賊団《影渡り》所属の情報係にして、今日の任務は“弟子入り”。
例の花売り娘スタイルのまま、胸元には緊張と覚悟、そして相変わらずの飴玉を仕込んでいる。
「おーい、リナちゃーん! いるかな〜?」
分院の庭先で朝の水やりをしていたリナ=バルディアが、顔を上げた。
「ん? あっ、あなた……花売りの……!」
「うんうん、そうでーす。昨日もお世話になったんで、今日はお礼にね〜、あと……特別なお願いがあるんです〜」
モモエがにこにこと近づくと、リナは怪訝な顔をしつつも対応をする。
「お願いって……何? まさか、花をまた押し売りしにきたとか?」
「ひどーい! ちがいますってばぁ〜」
モモエは笑顔のまま、花籠の下から小さな風車と飴を取り出し、リナに手渡す。
「実は……その……あの、あなたの師匠の静流さんに、ぜひご挨拶させていただきたくて〜!」
「……あやしい……」
リナの目がジトッと細くなる。
「何のために?」
「はいっ! 弟子入りです!!」
モモエが、ぴしっと手を挙げて言い放った。
「えええええええ!? な、なんで!?」
「だって、静流さんって、すっごい陰陽師で、この村を守ってるんだって聞いて……わたし、感動しちゃったんですぅ〜! 私もそんなふうになりたいって、思っちゃって……!」
「いやいやいや、そんな、誰でも弟子にするわけないし!」
「お願いっ! 体力はないけど元気だけはあります! あと、花も摘めます! 味見も得意! お茶淹れるの得意だし、お団子も焼けます! 術の知識はないけど、覚える気は満々です!!」
あまりに勢いに押されて、リナが口をぽかんと開けたまま固まる。
「……と、とりあえず、静流師匠に聞いてみる……?」
「やった〜〜〜〜〜!!」
ーー分院・応接の間ーー
静流は縁側に腰を下ろし、朝の茶を飲んでいた。
そこにリナが慌てた足取りでやってくる。
「師匠! えっと、あの……花売りの娘が、弟子にしてくださいって、来てて!」
「……花売り? 弟子はまにあってるんだけど……」
静流は首を傾げながらのっそりと移動を始めた。庭先で土下座をして待つモモエを見てなかなか熱意のあるやつだなと感じる静流。
「君が弟子にして欲しいと言ってる花売りかい?」
「はい! 初めまして。村を守るすっごい陰陽師の静流様! 銅貨この私を静流様の弟子にしてください! 術の知識はないけど、覚える気は満々です!!体力はないけど元気だけはあります! あと、花も摘めます! 味見も得意! お茶淹れるの得意だし、お団子も焼けます! お願いです、私を弟子にしてください!」
ーーなんだか前にもこんなこと言われたような気がするな。あ! 灯乃がこんなこと言ってたんだ。それにしてもこの子尋常じゃない必死さだなあ? なにか深いりゆうでもあるのだろうか?
「何か陰陽師になりたい理由があるのかい?」
灯乃は、あやかしが見えるせいで『呪いを使った』とうわさされたことがその理由だったが、この子もそんな感じかな?
「私は、村を守って戦う静流様に憧れて、自分もそんなふうになれたらなあって思ったんです!」
どうだ完璧な理由だろうとどや顔になるモモエがエヘンと胸を張る。
単なる憧れみたいなものでここまで必死になるもんかね? この子かなり重度の中二病か? ……そうでないなら、何か思惑があって力を欲しているのかな?
静流はしばらく、無言でモモエを見つめていた。
モモエは堂々と胸を張ったままだが、内心では(これ以上突っ込まれたらやばいかも〜〜)と冷や汗をかいている。
──そんなモモエの“演技”を、静流の澄んだ瞳がすっ、と貫いた。
「……なるほど。君の“憧れ”が本物なら、嘘をつく必要はないんだけどね」
「へっ?」
モモエの顔がぴくりと引きつる。
「君の言葉、ほとんどが“表向き”の正解をなぞってるだけだ。本当に術を学びたい人の声って、もっと……どうしようもない必死さが滲むものだよ。君は、うまく作りすぎてる」
「…………」
そこに、庭の奥から駆け足で灯乃が現れた。
「ちょっと待って師匠! モモエさんにそこまで言わないであげて! モモエさん、本当に弟子入りしたくてきたんだよ!」
「灯乃……」と静流が小さくつぶやく。
続いて薪を担いだ風間彦馬もやってきて、豪快に笑う。
「なんだなんだ? 花売り娘が弟子入り志願してんのか。いいじゃねぇか、師匠、面白そうな奴じゃん。少なくとも悪い奴には見えねえよ!」
「そ、それはどうかなぁ……」と、静流は曖昧に返すが――
モモエは、黙ったまま立ち上がった。そして、少しだけ顔を伏せる。
全部お見通しってわけね。ここは素直に全部打ち明けるしかないかな。
「…………ごめんなさい」
茶庭に、しん……と静寂が落ちる。
「わたし、本当は“弟子入りしたい”って気持ちだけで来たんじゃありません……」
顔を上げたモモエの目は、いつものとろんとした笑みとは違い、真剣な光を湛えていた。
「わたし、盗賊団《影渡り》の者です。……お頭の命令で、あなたの術を探りに来ました」
「なっ……!」
灯乃と彦馬が同時に驚く。
「私達……見たんです。あなたが結界を張る姿も、瘴気を祓う姿も、村の人たちが信頼してる様子も」
「…………」
「その時、ちょっとだけ、ほんの少しだけ……“私も、ああなれたら”って思ったんです。それが……全部、ウソじゃないって、信じてもらえなくても、私は……」
その時、静流が小さく息を吐き――笑った。
「じゃあ……君自身は、今、どうしたい?」
「……静流様の術を、と知りたいです。人々のために役に立てるように……ちゃんと、勉強したいと思いました」
静流は立ち上がると、縁側から一歩、モモエの前に踏み出した。
「なら、僕にもひとつ、条件がある」
「……はい」
「――君の仲間、《影渡り》全員に会わせてほしい。君の言葉だけじゃ、判断がつかない」
モモエの目が大きく見開かれる。
「えっ……それって、つまり……」
「“君たちが本当に危険な存在かどうか”を判断するには、僕の目で見なきゃわからない」
「はは……静流さんって、やっぱりすごいなぁ。考えることの大きさが違う感じ。盗賊団と知った後でも弟子にするかを考えてくれるなんて」
「まだ許可してないよ」
そう返した静流もまた、ふっと笑ってみせた。
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