第二十六話 逃げ伸びた盗賊団《影渡り》
風野郷・昼下がり。
春風が小道を抜け、軒先に吊るされた風鈴を軽やかに揺らしていた。
そんな中、背中に花籠を背負った小柄な少女が、にこにこと村の通りを歩いていた。
藍色のスカーフに、赤い腰紐。手には色とりどりの草花を束ねた花束。
「は〜い、春のお花いかがですかぁ〜? 今日は特別! “花びら飴”つきで〜す!」
――モモエ、盗賊団《影渡り》の情報係。だが今は、旅の花売り娘という仮の顔。モモエは声色ひとつで老婆から旅人まで演じ分けられる、演技の達人だったのだ。
以前からこの村に数回出入りしていた彼女は、“愛想のいいよそ者”としてほどよく認識されていた。
軒先の茶屋でお茶を飲んでいた安積ノ婆が、涼しげに扇子を仰ぎながら声をかける。
「おや、また来たのかい。あんた、風野郷が気に入ったのかね?」
「もちろんです〜! ここはお花も人も優しくて、わたし、すっかり癒やされちゃってます〜」
ふわりと花を渡すモモエ。安積ノ婆はそれを受け取り、微笑む。
「……けどね。昨夜は、あんまり優しくない“気配”も、あったけどねぇ」
「え……何かあったんですか?」
「静流がね、弟子たちを連れて山へ行ったんだよ。“瘴気が出てる”って言ってね。そしたら夜中に山が鳴いたのさ、鬼でも目覚めたようにね」
(ふむふむ……しっかり記録っと)
モモエはうなずきながら、さりげなく隣に座る少女――灯乃にも話を振る。
「静流さんって、その……旅のお坊様か何か?」
「えっ、ちがうよ! 大きな声では言えないけどあの子は、陰陽師の卵さ! ただ、陰陽寮実働部隊の若年候補生最終選抜試験に落っこちてねえ。そんで、「陰陽寮・風野分院」で修業するように言われてきてるってわけ。「陰陽寮・風野分院」って、要はうちなんだけどね。今は私の弟子としてのんびり暮らしてるのさ!」
灯乃がむふーっと頬をふくらませて胸を張る。
「昨日、夜のお山でも静流さんが結界を張ってくれたんだよ。きっと……“村を守る”って決めてるんだと思う」
「静流がいなけりゃ、うちの畑も今頃瘴気まみれだったろうねぇ」
安積ノ婆が、信頼の“実績”をポロリと口にする。
「わぁ……かっこいー。素敵な人なんですねぇ〜。そういう人、憧れちゃうかも〜」
甘い声で言いながら、モモエの目は笑っていなかった。
(静流=陰陽師。村人から厚い信頼。弟子もいる。瘴気対応=かなりの実戦能力)
そこへ、薪を担いだ風間彦馬が通りかかり、モモエを見るなりニヤリと笑った。
「おうおう、また花売りの嬢ちゃんか。今日は何をしに?」
「えへへ~、旅先での花売りと話のネタ探しと、旅の安全のための情報収集ですよ〜」
「……“情報収集”ね。なら忠告しとく。静流さんとその仲間たちは、掘りすぎないほうがいいぜ!」
「ええっ、なんでです?」
彦馬は薪を下ろしてひと息つくと、低く囁くように言った。
「静流さんとその仲間たちは、ああ見えてすんごい陰陽師なんだ。陰陽師の秘密に触れたらやばいかもしれないぜー! けされちゃうかもよ!!」
「え!! まじですか?」
「ははは! うそうそ。静流さんたち、優しいから大丈夫だよ。でも、陰陽師の術には秘密があると思うぜ! あんまり踏み入ると嫌な思いをさせるからやめてくれよ」」
「……へぇ〜……」
モモエは花束の中に忍ばせた小さな護符を指先でなぞりながら、にこりと笑った。
「すっごいですねぇ。静流さんとその仲間に出会えたら、幸運ってやつかも〜」
その笑顔の裏で、情報が編まれていく。
(静流は、見かけより凄い陰陽師。陰陽師の術には秘密がある。こりゃ下手な部隊より厄介かも!)
そんな様子を、すぐ近くの柱の陰からそっと見ている者がいた。
誰あろう、リナ=バルディアである。
「……あれ、あの花売りのお姉さん、なんか前も見た気がする……? 師匠、ああいう感じの人……苦手そうだなぁ……」
彼女の呟きは、まだ誰にも届いていない。
***
岩肌の隙間に設けられた仮設の隠れ家――《影渡り》のアジト。
松明の揺らめきが、岩壁に妖しい影を落としていた。
「どうやら、風野郷の《陰陽寮》分院には、密かに《陰陽寮》直属の実働陰陽部隊が存在してて、静流が実質その長のようです。……まとめるとこんな感じっス」
モモエが話し終えると同時に、場には静寂が落ちた。
鬼の咆哮を退け、封印を再構築し、村人から信頼される陰陽師・静流。
その周囲に控える、まるで結界陣のように隙のない仲間たち。
まるで都伝説の“実働陰陽部隊”が、田舎の分院にそのまま配置されたかのような存在。
「…………」
しばし沈黙していたイヅナが、不意に口を開いた。
「モモエ」
「へ?」
「静流の“術”、あなたも見たわよね?」
「え、ええ、まあ。よくは分りませんが“術式の多層展開”と“式の即時交差生成”。しかも封印術と結界術を並列稼働で制御するっていう、えぐい構造で――」
「あんた、すごいわね! あんたの言ってる言葉が分からないわ! その理屈、私も知りたい」
「……はい? あ! すみません。適当にお凄そうな言葉を使ったんで、あってないかもしれません」
「??? ……まあ、それは置いといて。……つまりよ、術の秘密を知りたいなら、教えてもらえばいいのよ」
イヅナが微笑んだ。満面の、悪い顔で。
「え、え、ちょ、姐さんまさか――」
「そう」イヅナは扇子をぱたぱた開きながら言い切った。
「――弟子入りしましょ、静流のところに」
言った瞬間、場が凍った。
「……っはあああああ!?!?!?」
ホオズキが声を裏返す。
「えっ、それ……それマジのやつ!?」
カシワが耳を疑って叫ぶ。
「だって、興味あるじゃない。あの術」
イヅナが当然のように言う。
「興味とかで! 弟子入りとか言っちゃう!?!?」
「だって、直接聞かないとわかんないでしょう? 禁術か、失伝術か、あるいは神降ろし由来の特異術か……」
「でも、こっちは盗賊ですよ!?!?」モモエが泣きそうな顔で叫ぶ。
「だからよ」
イヅナは静かに目を細めた。
「今は“盗む”より、“学ぶ”方が近道なの。知識は力、力は価値、価値は交渉力――そして何より、あの術の裏にある“何か”を掘り出せるかもしれないじゃない」
クロの素早い攻撃が怖いだの、白の結界がエグいだのと騒いでいたホオズキが、おずおずと口を挟む。
「……でも姐さん、あの静流って子、そう簡単に他人を信用してくれますかね?」
「そこが腕の見せ所よ」
イヅナは立ち上がる。
「“弟子入り”って言っても、別に一度に全員で乗り込むわけじゃない。まずは誰かひとり、様子を見ながら接触して、“師匠に興味がある”って立場で情報を拾う。正式に取り立てられたらこっちのもの」
「え、それ、第一号……もしかして、私スか……!?」
モモエが指をさすと、イヅナはにっこりと笑って言った。
「適任じゃない。前から顔も売れてるし、“愛想のいい旅人”として、村の好感度も高いんでしょ?」
皆が去った後、 モモエは天を仰いでつぶやいた。
「うわーー、いやな予感しかしないぃ……!! ……わたし、なんでこんなことになってんのよ……」
だがもう、話は決まっていた。
《影渡り》の“侵入”は、盗みでも暴力でもなく――知識を得るための“弟子入り”という名の作戦として、新たな段階へと進み出した。
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