第二十一話 眠れる宝 3
時は少し遡る。
風野郷・昼下がりの分院では、庭先の木陰に、寝転んだまま分厚い本を開いている静流。その傍らでは、黒狐姿のクロが尻尾でぱたぱたと風を起こし、リナ=バルディアは箒を振り回しながらホコリと魔力の掃除中。
「師匠ー! この本棚、次元の裂け目でもあるの!? ホコリの量が尋常じゃないんだけどー!」
「がんばれ、弟子。掃除は修行の第一歩だぞ……って、あれ? そのへん本物の封印札混じってるから変に触らないでねー。爆発するかも」
「ええぇっ!?」
そんな騒がしい分院に、足音が二つ。
「……やっぱり、ここにいたか。おーい静流、ちょっと話がある」
風間 彦馬が深編笠をずらしながら、分院の門をくぐった。その後ろには、道着姿の少女――灯乃が静かに続く。
「珍しい組み合わせだね。何、また村の鶏が行方不明になったとか?」
「ちげーよ。そうだったらもっと騒いでる。今回は……ちょっと、変なヤツらが村に入り込んでるっぽくてな」
「変な、って……」
静流が眉をひそめる前に、灯乃が小さく補足する。
「……昨日の朝、市場の通りにいた旅人。喋り方や立ち振る舞いが“村の人間っぽくない”。挨拶もおかしいし、目線が常に周囲を観察してる……」
「ほぅ」
「そのうちのひとり、村の古祠の前で“見回りを装って”立ち止まってました。“見てる”というより、測ってた。あれは間違いなく、よそ者の“下見”」
「ふむふむ……あっ、クロ、それ甘いのちょうだい」
「うむ」
クロが器用に菓子箱から羊羹を取り出し、静流の手元にぽとんと落とす。
静流はそれをぱくっと口に入れ、のんびりと目を細めた。
「なるほどねー……まあ、要するに、“盗賊っぽい連中が潜入してる”と」
「そういうこと。村に“何か”探して入り込んだ盗賊団なら……あんたの分院が狙われる可能性もある。念のため、伝えに来たんだ」
「親切だねぇ。……ありがとう。でもさ」
静流は寝返りを打ち、仰向けになった。
「そういうのって、僕が出ると面倒なことになるんだよね。どうせなら、もうちょっと“はっきり悪事”してくれたら出るんだけど……」
「出るのが面倒なだけだろ、お前」
「うん」
潔すぎる即答に、 彦馬が額を押さえる。
すると、隣にいたリナが腕まくりしながら名乗り出た。
「じゃあさ、師匠! ここは弟子のわたしが行くよ! 何かわたしの活躍で平和を守れるなら、弟子として本望だよね! うん!」
「……クロも行ってあげて。リナひとりだと、たぶん村が騒がしくなる」
「うーむ……またかぁ」
クロがしぶしぶ立ち上がり、伸びをした。
「というわけで、お任せしましたー」
「おい静流!」
「……おい静流」
風間と灯乃、声を揃えてツッコむが、本人は気にした様子もなく再び本を開いていた。
「静流はこういうやつだって、分かってたけどさぁ……」
「……でも、“静流が出てこない”ってことは、まだ平気って合図でもあるのかもしれない」
「はいはいはいっ! わたしが行きますから大丈夫! リナ・バルディア、風野の平和を守ってみせましょう~っ!」
「クロ! ……監視任務のついでにお茶買ってきてくれたら助かる」
クロのぼやきとともに、ふたりの影が分院を出て行く。
風野郷の静かな昼下がりに、またひとつ、奇妙な騒動の火種が灯った――。
西の空が赤く染まり始めたころ、分院の門がばたんと勢いよく開いた。
「ただいま戻りましたっ!」
勢いよく飛び込んできたのは、ほこりまみれのリナ=バルディア。髪に木の葉が絡み、服は泥と草汁で微妙に染まっている。
そのあとから、やや遅れて黒狐姿のクロが戻ってくる。
「無事、帰還……と言いたいところじゃが、こっちは疲労困憊じゃ……」
「おかえり。で、どうだった?」
静流はいつもどおり、木陰の机に肘をついて団子を頬張っていた。
「師匠、聞いて聞いてっ! やっぱりいたよ、怪しい連中っ! 完全に“盗賊団っぽい奴ら”が動いてた!」
「ふむふむ」
「まずね、村の裏手の小道で、商人のふりしてる男を見かけたの! でも、靴が革製の登山用、袋の中身は空っぽ、腰には解錠具! しかも、村の子どもに“ここの神社って昔からある?”って聞いてたの!」
「……なかなか絵に描いたような探り屋だね」
静流は団子の串をくるくる回す。
「それだけじゃないの! 畑で働いてた青年が“地脈”を探るように地面を撫でててさ! 私が“こんにちはー!”って話しかけたら、なんか“標準語過ぎて逆に不自然”な敬語で返してきたの!」
「その分析で会話が弾んどったのはリナだけじゃったがな……」
クロが後ろからポスッとリナの頭を軽く叩く。
「で、尾行してみたら……山の方に向かってたんだよ、何人かで。しかも夜! 昼間は村で溶け込んで、夜は何か調べてる。完全にアレでしょ、アレ!」
「“潜入型盗掘団”ってやつじゃな。こっちは谷の結界に細工された跡も見た。昨日まではなかった封術の乱れがひとつ……結界札のひとつが、偽札にすり替わっとった」
クロの言葉に、静流の目がすこしだけ細くなる。
「やっぱり、か……」
「え、なに知ってた風な感じ出してるの!? 師匠、放置してたの!?」
「いや、こういう時に“自分でやってくれそうな人”が近くにいるのって、大事だよねって話」
「他人任せえええええ!!」
リナが机に突っ伏して叫ぶ。
静流は団子の残りを器用に口に運びながら、静かに言った。
「でも……“偽札を重ねて外す”って手口、結構高度だよ。“見た目”だけを模して、結界の効力の隙間を抜けてる」
「つまり、“結界術に明るい奴”が混じってるってことか」
「うん。それと、目的は……“封印の奥”。多分、“ツクモの鏡”」
静流は机の端に置いていた一冊の古書を軽く叩いた。ページには「風野・霧隠れ谷・封印呪式」の文字が見える。
「本気でそれ狙って動いてるとすれば、手下だけじゃなくて、“頭目”も動いてるよ。……近いうちに、村のどこかで何かが“起きる”」
「わっ、わたし! もう一度張り込み行ってくる!」
「落ち着け弟子。君がいると、村が賑やかすぎて逆に気づかれる」
「うむ。今度はわしが交代で潜伏する」
「ふたりとも、ありがとねー。何かあったら僕はすぐ逃げるからよろしく」
「「逃げる前提!?」」
絶望的な即答に、再びツッコむリナとクロ。
こうして、風野郷と《影渡り》との静かな攻防戦は、一歩ずつ、火蓋を切ろうとしていた――。
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