第二十話 眠れる宝 2
山道の外れ、獣道の奥。巨木の根元に隠すように設けられた仮設拠点――
夜霧のなか、焚き火もなく、盗賊団《影渡り》のメンバーが闇に潜む。
「……とりあえず、情報は一通り揃った感じッスかね」
斥候カシワが地面に広げた簡易地図に、石炭で印をつける。
「“鬼が棲む”って谷の話、村の古老が三人、別々の時期に言ってた。名前は『霧隠れ谷』で一致。場所も、村の裏山を回り込んだ尾根の先だ」
隣で飴をぱちんと割ったのは、情報係のモモエ。
「それとね、あたしが聞いた話じゃ、谷の入口には“誰も通るな”って札が打ちつけられてるって。なんでも、昔“子どもが消えた”とか何とかでさ」
「“神隠し”伝説か……いいわね。そういうの、大抵本物が眠ってる合図よ」
イヅナは懐から、かつて盗み出した古地図と、村で見つけた紙片を並べた。紙片には薄れかけた墨文字で、「ツクモの鏡」「封印ノ岩室」「夜目開クモノ」とある。
「その“霧隠れ谷”にあるってことだな、“開かずの岩室”とやらは」
参謀サンザシが静かに眼鏡を押し上げる。
「間違いない。“ツクモの鏡”と、“鬼の財”……両方ともそこに眠ってる可能性が高い。“夜目開ク”の一文が事実なら、時間連動型の封印式だ。調査は日没以降がベスト」
ホオズキが頬を膨らませながら口を挟む。
「で、結局、入れそうなの? わたし的にはちょっとくらい壊しても……」
「だーめ。封印壊したら、出てくるか、消えるか、最悪爆ぜる。まずは構造の把握が先だ」
大男ゲンザの一言に、ホオズキはしぶしぶ爆薬袋をしまった。
「じゃあ決まりだな。今夜は〈霧隠れ谷〉に潜入、岩室の調査と封印の解析」
イヅナが立ち上がり、黒い外套のフードを目深にかぶった。
「全員、準備しなさい。これはただの“お宝探し”じゃないわ。……うっかり“封じられし何か”を起こしたら、逃げ場はないからね。気を抜くんじゃないよ」
***
風野郷の裏手、獣道すら途切れる崖の中腹に、岩肌を縫うような“見えない道”があった。
「村人すら通らなくなったって道、ほんとにあったんスね……」
息を潜めながら先頭を行くカシワが、木の根と斜面を軽やかに飛び越えてゆく。
「気流が変わる……谷の気配が変質してるわね。封印の影響ね」
イヅナは小さく呟きながら、左手に下げた羅針盤型の呪具を確認する。針は霧の中で震えるように揺れながら、一定の方向を差し続けていた。
「うわっ、なんか足元ぬるっとしたんだけど!? なにこれ苔!? ゾンビ!?」
ホオズキの叫びに、ゲンザが無言で前方に手を伸ばして足場を探ってやる。
「……助けてくれるの、ありがたいけどね……」
「静かに。もうすぐだわ」
イヅナが立ち止まり、前方を指さす。
霧が一瞬、風に払われる。
そこには巨大な岩壁。月明かりの下に、鬼の顔のような“岩室”が口を閉じていた。
「来たわね。開かずの岩室――《鬼の棲処》」
その言葉に、誰からともなく緊張が走る。
そして、月が中天に差しかかったそのとき、サンザシの目が鋭く光った。
「……封印の紋が、一部……発光している」
「夜とともに、目覚めるってわけか」
イヅナが赤い唇を吊り上げる。
「よし、調査開始。皆、行動に移るわよ」
そのとき、岩壁の奥から……微かに、風とは違う“音”が響いた――。
先頭を行くイヅナが、指で霧をかき分けるようにして進み出る。岩肌に浮かぶ古びた紋様を、無言で見上げた。
「……これはまた、えらく本格的な封印っスね」
カシワが眉をひそめ、指先で紋様の彫りをなぞる。
「封印式の古型、“逆律構造”か。……解除には、同系の術式か、鍵となる符が要るな」
サンザシが眼鏡を押し上げる。
「鍵って、たとえば……村の祠とかにありがち?」
モモエは口にくわえていた飴をぽんと吐き捨てると、岩壁に貼られた祈祷札をじっと睨んだ。
「ありえるな。“神聖不可侵”を掲げといて、実は“古代技術の封印”ってパターン。よくある」
「ねえ、これ、爆破でどうにかなる?」
ホオズキが不謹慎なほど軽い口調で、腰の小袋から黒い爆薬玉を取り出す。
「ならん。封印解除前に破壊したら、周囲ごと崩れるぞ」
即答したのはゲンザ。彼は巨体をかがめ、足元の岩盤のひび割れに指を滑らせていた。
「しかもここ、“呪力”で岩盤を圧してる。揺らせば反応する」
白い息を吐きながら、イヅナが岩室を見渡す。
「……ってことは、無理やりこじ開けたら、何か出る可能性もある?」
「“封印がある”ってことは、“封印した理由”があるってことよ」
メンバーがそれぞれの持ち場に散っていく。
「サンザシ、周囲の呪力流を計測。カシワ、周囲の地形スケッチ。モモエ、祠の所在と古老の話をさらに掘って。ホオズキ……」
「見張り番?」
「いいえ、道の“罠”の有無を確認して。踏んだらまずいのがあるかもしれない」
「そっちか~。いいねえ、ワクワクするじゃん」
そのとき、サンザシがふと呟いた。
「夜に開く……てことは封印が時間連動型で日没以降に開くことだよな」
イヅナが腕を組み、にやりと笑う。
「じゃあ、待つしかないわね。“夜”に目を開くなら、目覚めたときに“誰が最初に覗くか”が、鍵になるかもしれない」
「夜まで待機ってことッスか。……で、もし“鬼の棲処”からほんとに何か出てきたら?」
「ほんとに鬼が出てきたら逃げるしかないわね。私たち、《影渡り》なんだから、鬼にかないっこないでしょう」
イヅナの唇が、月明かりの下で赤く笑う。
薄霧の向こうで、不気味に鳴く鳥の声が響いた。
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