第十九話 眠れる宝 1
夜の山道に、月明かりがかすかに差し込んでいた。
虫の声すら潜む闇の中、足音もなく影が移動する。
「……この先が“風野郷”ってわけかい、頭?」
木の根を器用に避けながら先頭を行くのは、黒い外套を羽織った女。
長く鋭い目元と、月に照らされる赤い唇。その目はまるで獲物を品定めする鷹のように冷たい。
「地図には載ってねぇ道が多すぎる。あの村、昔から“隠れ里”だったって話もある」
彼女の名は、《黒羽のイヅナ》。
盗賊団《影渡り》を束ねる女頭目であり、東方の遺跡・財宝・禁術の類を専門に狙う異端の探索者でもある。
「で、ほんとにあるんスか? この山のどっかに、古の財宝が?」
軽口を叩くのは、斥候役のカシワ。腰には大小のナイフと、畑仕事に見せかけた道具袋をぶら下げている。
その隣では、肩に花籠を乗せた少女――情報係のモモエが飴を舐めながら呟いた。
「“鬼の隠し財”って名前が、すでに胡散臭いよな。ぜーんぶ空っぽの石室だったらどうする?」
「それでもいいの。噂だけで十分よ。“鬼の隠し財”って響きがあれば、それだけで欲しがる輩が群がる」
イヅナは懐から古びた巻物を広げた。ところどころ欠けた文字には「ツクモの鏡」などの意味深な単語がみてとれる。
「風野郷の裏手、“霧隠れ谷”には、開かずの岩室がある。村の奴らは“禁足地”として誰も近づかないらしい……」
「つまり、“誰も見てない”ってことッスね」
カシワがニヤリと笑った。
「そう。俺たち《影渡り》にとって、それは“入れ”って合図さ」
眼鏡を押し上げながら答えたのは、参謀役のサンザシ。彼は手帳を片手に、黙々と地形図に印をつけていた。
「ま、爆弾持ちは出番なしかなぁ」
手榴弾のようなものをポイポイ投げて遊んでいるのはホオズキ。見た目は子ども、だが油断すれば村ひとつ吹き飛ばしかねない爆薬狂。
「ダメ。ほんとに投げるな」
と、脇から注意したのは護衛の大男・ゲンザ。寡黙ながら、ホオズキのいたずらにだけは妙に反応が早い。
イヅナは焚き火もせず、岩陰にひっそりと野営地を設けさせると、周囲の木に結界札を張り、獣避けの香を控えめに炊かせた。
「それにしても、この辺の村……警備もいないし、妙に牧歌的だな」
と、誰ともなくつぶやく。
「楽園に見える場所ほど、裏に何かあるものよ」
イヅナがふと笑う。「……気を抜かないでよ。表向きはただの田舎でも、封印の守り手がいないとは限らないんだから」
「それって……呪術とか?」とモモエ。
「さあね。でも、もし“宝”があるなら、必ず“鍵”がどこかに眠っている。明日から、村に紛れて情報を洗うわ。お前たち、準備はいい?」
「はいはい! このカシワ様はもう村人の訛り覚えたから、なりすまし完璧っスよ!」
「私は花屋。例によって情報屋も兼ねてるけどね」とモモエ。
「わたし、爆薬の露天でも開いていい?」
「ダメだって、ホオズキ!」
「はいはい……冗談つうじないねえ、ゲンザは」
「『騒ぐな、目立つな、けど探れ』、分かってるね! 今回は“風野郷に潜入”が最優先。いつもどおり《影渡り》のやり方でやるわよ」
「了解っす、頭」
「ま、盗らずに帰るのが一番の恥だからな……」
女頭目の号令とともに、盗賊たちは音もなく木々の闇へと散っていった。
***
翌朝。風野郷に柔らかな日差しが差し込むころ、分院の裏手から鶏の声が響いた。
「はい、じゃあこれ……収穫の手伝い、頼めるかい?」
「もちろん。葉物、右列からですよね?」
畑でせっせと働く青年に、村人のおばあさんがにこやかに笑いかけた。
見た目は旅装束の快活な若者。だがその実は、《影渡り》の斥候役・カシワである。
腰には草刈り鎌、背には荷籠。
だが、手の中の草の根を掘るたび、土の中から古い石板の破片が紛れていないかを注意深く調べていた。
(風野の地脈、浅い層で人工物……やっぱ何かあるな、この地)
数日前から、盗賊団の何人かは「旅の手伝い人」や「薬草売り」などに化け、風野郷の村人と距離を詰めていた。
一方、村の井戸の傍――
「へぇ、風野には“霧隠れ谷”って場所があるんですかぁ。昔話とか、ないんです?」
「そりゃあなぁ、昔っから“鬼が出た”って言われてる谷だよ。夜に近づいたら、声が聞こえるってんでな」
腰を下ろして話に花を咲かせているのは、花売りの旅娘に扮した《影渡り》の情報係・モモエ。
柔らかな関西訛りで、村の古老たちから自然に噂話を引き出している。
「“開かずの岩室”……それが“鬼の棲処”だったって話、あるんですよね?」
「おぉ……よく知ってんな。あの中には、鬼の宝が隠されてるって、むかし子どもたちの肝試しに使われたもんだ」
(出たわね、“子どもが行って怒られた系遺跡”……。つまり本物の封印の類ってこと)
そして――
昼下がりの分院。静流は庭の木陰で読書中だった。白とアヤメは本棚整理、クロは屋根の上でうとうと。
その静寂の裏で、門の外を通りかかる商人風の男が一人。
「ほう……これが分院か」
つぶやいたのは、《影渡り》副頭目の男・サンザシ。眼鏡をかけた知的風貌に、丁寧な口調が印象的だが、その指には開錠具と文献スキャナの魔具が収まっている。
(結界の層……三重。外壁に紋を重ねる式式……これは、封印系呪式の一種か。宝の匂いがするな)
「……であれば、“静かなる守り主”というのは、この分院の主――静流、その人か」
サンザシはすっと目を細め、懐から一枚の札を取り出した。
「《黒羽》のご命令通り、“内部”を探るなら……こやつの動向から追うべきだな」
風が吹く。札はふわりと宙を舞い、庭の木陰の根元へと落ちた。
それは“監視術”を刻んだ小型の目――
《影渡り》の本格的な潜入は、すでに始まっていた。
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