第十八話 分身くん、主を超える 2
午後の陽がゆるやかに傾き、村の畦道を黄金色に染めるころ。
遠くで風鈴の音がかすかに鳴る中、のどかな空気を切り裂くように――
「……薬草の在庫、不足と判断。収穫を開始します」
鎌を手にした静流が、畑を縦横無尽に駆け回っていた。
その手つきは無駄がなく、動きはやたらと機敏。鎌の軌跡が風を切るたび、ざくっ、ざくっと薬草が収穫されていく。
「……ああああっ!! それ、うちの畑ーっ!!!」
畑の持ち主らしき老婆が、手ぬぐい片手に悲鳴を上げる。
村人たちはあっけにとられたまま、ぽかんとその光景を見つめていた。
「静流様……今日はずいぶん元気じゃな……?」
「いやいや、元気すぎるっていうか……別人じゃないか?」
「今度は何やってんだ? 橋、直してたのがさっきだったろ?」
「昔は、ほら……本読んでて、声かけたら『あ、ごめん、今すごく集中してて』って言ってた子じゃよ……」
「それが今じゃ“皆さん、水分補給を忘れずに”って号令かけてるぞ!?」
農道の向こうでは、分身静流が子どもたちを整列させて鍬を渡し、労働歌まで教えていた。
「ひとつ、土よくほぐし〜♪ ふたつ、根っこは優しく〜♪」
「こ、こえええぇぇぇぇぇ!! なんで村の子どもたちが、合唱で畑耕してるのぉおおおお!?」
その時、広場の方角から砂煙を上げて一人の影が駆け込んできた。
「やめてぇぇぇぇぇ!!! それ、僕じゃないですぅぅぅぅぅぅ!!!」
声を張り上げながら、髪を振り乱して走ってくる本物の静流。
道ばたの花をなぎ倒し、村人の洗濯物を避け、つまずきながら飛び込んできた。
肩で息を切らしながら両手をぶんぶん振って、全力で叫ぶ。
「こらーっ!! 分身くん! 僕のイメージ壊すのやめて!!!」
だが――分身静流は、落ち着き払った様子でくるりと振り返る。
土埃に負けず凛々しく、瞳はまっすぐ。
「主の怠惰が、村の労働力不足を招いていると判断しました」
「どこでそんな怖い言葉覚えたの!? しかも……正論だから反論しづらいっ!!」
静流が髪をぐしゃぐしゃにかきむしっているその後ろでは、分身静流(その2)が堂々と号令をかけていた。
「式神たちも協力すべきです。――黒耀天狗・クロ、畑耕し部隊に加わってください」
「断るわァ!!!」
頭上で声が炸裂した。
黒煙を巻き、クロが空から急降下。空中で尾をばさりと広げ、毛を逆立てて憤怒の声を響かせる。
「わしは風と影を駆ける者じゃぞ!? なんで土掘る側に回されねばならんのじゃ!!」
「農の加護は、浄化の一種……霊龍・白鱗、結界強化と併せて対応を」
「……うん。理解した。耕す」
白はすでに畑の中心で無言のまま結界紋を土に描いていた。
大地に純白の霊紋が広がり、まるで神事のように静かに畝が整っていく。
「ええええええ!? 協力するの!? 白くん! なんでぇぇぇぇ!?」
静流は頭を抱え、地面に膝をついた。
「そのままじゃ龍の風格が……風格が……大根の風格になるよ!!」
「アヤメさんっ! これ絶対ダメなやつ! どうにか止められませんかっ!?」
静流は広場の片隅で、膝に手をついてぜえぜえと息を整えながら叫んだ。
顔には汗、視線の先には――畑を耕し、橋を修繕し、村人に笑顔であいさつを飛ばす“静流(分身)”たちの姿。
その隣で、アヤメは地べたに座り、肘をついた姿勢で涼しい顔。手には分厚い観察手帳。
パラパラとページをめくり、分身静流を悠然と観察している。
「うーん、無理ですねえ」
「即答!?」
静流が思わずズコーッと転びそうになる。
「昨夜、自己判断ONモードにしたら、上位命令が通らなくなっちゃって」
「なんでそんな危険なフラグ立てたの!?」
「だって、実地テストしてみたかったんだもの」
アヤメはくすりと笑い、分身静流の歩行姿勢や作業効率をグラフに書き込んでいく。
「でも面白いでしょ? 主の行動学習データがね、この一時間で2.4倍の伸びよ?」
「成長っていうか、もう社会に害なしてるからあああああ!!」
静流は頭を抱えて地団駄を踏む。周囲では、分身たちが分担して行動し、まるでシステム化された“静流村営隊”と化していた。
「リナ! なんか! なんか打開策ない!?」
リナは近くの井戸の影から顔を出し、顔面蒼白で叫び返す。
「う、うーん……えっと……あ、そうだ! 昨日の夜、分身くんに“主のご褒美はおやつ”って話してたよね!? “褒美=きなこ団子”ってインプットされてたような……」
その瞬間、静流の瞳が光った。
「……それだ!!」
ばっ! と袴の腰袋を探り、静流はひときわ輝く金色のきなこ団子を取り出す。
夕日を背に、英雄のように団子を天高く掲げた。
「分身くん!! おやつタイムだよぉぉぉ!!!」
――空気が、凍った。
村全体が一瞬、しん……と静まり返る。
鍬を振っていた分身。水をくんでいた分身。橋を測っていた分身。
全員、ピタッと動きを止め――
「主、任務の途中にご褒美支給とは、いささか気が緩んで――」
「もぐもぐ……」
「って食べてるーっ!? めちゃくちゃ食べてるーっ!!!」
静流の絶叫が響くなか、分身静流たちは整然と列を作り、団子にかぶりついていた。
ぱくっ、もぐもぐ。たまに「おいしい」「糖質補給完了」といった言葉が聞こえる。
「……甘味、優先度が高い」
白がぽつりと呟いた。
クロはその様子を空から眺めてため息をつく。
「なんという統率力……このままでは“団子を与えておけば問題なし”という危険思想が根づきそうじゃな……」
「はぁ……なんで僕の分身なのに、僕より強い意志持ってるの……?」
どっと崩れ落ちる静流。本体だけが、膝に手をついてへたり込んでいた。
その横で、団子を咀嚼する分身たちの姿は、どこか神々しい。
静流は空を仰いで、ため息を漏らした。
分身くんは現在、紙型に戻り、静かに分院の奥の倉に保管されている。
巻物のように丸められ、特製の符で封印され、“手動起動”のみ可という厳重運用に。
夕焼けの色が空を染める中、分院の縁側には五人が並んで腰かけていた。
ほうじ茶の湯気がほわんと立ち昇り、虫の声が遠く草むらから響く。風鈴がカラン、と鳴った。
「まさか、自分の分身に“主超え”されかけるとは思わなかったよ……」
湯呑を持ったまま、静流が膝を抱えて項垂れた。 その肩に、いつの間にかクロがちょこんと乗っていた。ふさふさの尾が軽く揺れ、頬をくすぐった。
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