第十六話 書庫の午後の実験室
午後の分院。書庫の一角に設けられた実験机の上で、静流は紙札と墨、そして筆を手にうんうん唸っていた。
「……よし、陰陽術・紙型術式、最終段階……今日はこれを完成させるぞ」
静かに気合を入れる静流の後ろには、彼を支える三体の式神たちと、なぜか鼻息の荒い見習い魔術師が控えていた。
「ふーん。つまり師匠が“自分の分身”を作って仕事を押しつけようっていう、画期的な陰謀ですね?」
「陰謀じゃないよリナ。時間を有効活用するってこと……!」
「時間を浮かせて何をするのじゃ?」
と、肩に乗ったクロが鼻で笑う。
「昼寝か、読書か、それともお茶を淹れる時間でも捻出するか? まったく、相変わらず欲望の矛先が静かじゃのう」
「いや……全部正解だけどさあ!」
静流が抗議すると、今度は隣で立っていた霊龍――通称「白」が、ぽつりと呟いた。
「……師、分身作っても……結局、眠いのは同じ……眠気、共有……?」
「いや、共有はしないと思うけど!? たぶん!」
アヤメは腕組みをして静流の術式を覗き込みながら、真面目な顔で分析していた。
「ふむ、式神の半自律式と陰陽術を融合させるとは面白いわね……でも魔力の流れが雑。これでは動いてもすぐ倒れるかもしれないわよ?」
「アヤメさん辛辣ゥ!」
「事実よ。あとその札、文法間違ってるわ。“影”と“写”の符号が逆」
「あっ……ほんとだ。ありがとう、助かる……!」
「しっかりせい主。分身に任せたいというなら、まず本体がまともに動けねばな……?」
「もう! みんなでボコボコにするのやめてよ!? 応援してるの、リナだけじゃん!」
「師匠、がんばれー! 紙人形ライフの未来は明るいよ!」
「うっすら間違ってる応援ありがとう!」
静流は深呼吸して印を結ぶ。
「いくよ……陰陽術・紙型術、展開――!」
バシュッ!
煙と光があがり、目の前にもう一人の静流が現れた。無表情で少し眠そうな顔――完全再現だ。
「……おぉ……私がもう一人……!」
「主、さらに影薄くなりそうじゃな……これは見分けがつかぬ」
「……そっくり。でも声、でない……? もごもご……」
「喋る設定忘れてた……!」
「これは“欠陥品”ですね」
アヤメが即座にコメントした。
「いやでも動くし、こっち見てるし、ある程度の自律行動はできそう――」
バタリ。
紙型が倒れた。
まるで電池が切れたかのように。
「……うん、予想通り、魔力不足ね」
「主の魔力、雑念多すぎて分身の制御に向かんのじゃろうな」
「雑念て……そんなにひどいかな……?」
「今日の昼に何食べようとか考えてたでしょ?」
「アヤメさん、こわい!」
「……でも……ちょっと便利そう」
白が、じっと倒れた紙型を覗き込みながら言う。
「本物の静流が寝てても、そばに置いとけば“起きてる風”になる……」
「その使い方やめて! なんか僕の印象悪くなる!」
「師匠が二人いれば、あたしの修行メニューが二倍に! わあい!」
「それもやめて!? 僕、そんなに体力ないから!」
「むしろわしを二匹に増やせんかのう?」
「絶対やだ」
がやがやと賑やかな実験室。
結局、紙型は短時間なら動作可能という結果に終わった。
静流は倒れた“もう一人の自分”を抱き上げ、ちょっとため息。
「まあ……紙型術、基礎は成功ってことでいいか。今後は改良だな……」
「ま、主のことじゃ。そのうち十体くらい並べて、分身茶会でも始めそうじゃ」
「やらないよ!? たぶん、やらないよ!?」
「……もしそれやる時は……本体には私が“睡眠結界”を張る……」
「どこまでも寝かす気だね、白!?」
そんなこんなで、静流は今日も、式神たちと一緒に「静かで静かじゃない」一日を終えた。
翌朝の書庫。
机の上には札、墨、古文書、そして……前日に倒れた紙型の“静流コピー”。
「よーし……昨日の問題点は三つ!」
静流が指を立てる。
「① 話せない、② 動きがぎこちない、③ 魔力切れでバタン……今日はこれ全部、解決してみせる!」
「主、朝から妙にやる気じゃな」
クロが茶をすする。いつの間に淹れたのか湯呑がぬくい。
「ふつう朝はのんびりする時間じゃろうに……わしの昼寝時間、削るつもりか?」
「いや、分身が完成すれば、昼寝時間はむしろ倍に増えるでしょ!?」
「なるほど、それは良案じゃな」
「簡単に転んだな!?」
「……今日はしゃべるの?」
白がぽつりと紙型に視線を落とす。
「師、昨日の分身……顔だけは……よくできてた……」
「顔だけ!? 他のところは?」
「……無……」
「しょ、ショックー!!」
「それより、札に書く構文を見直しなさい。言語処理と動作制御は別に分けるべきよ」
アヤメが古文書を開きながら冷静にアドバイス。
「あと言語出力は“返し言葉”をベースにした擬似会話パターンで対応できるわ。感情までは無理だけど」
「すごい……すごいけどアヤメさん、話が難しい!」
「ようは“簡単な返事と自動行動”だけにすればいいってことよ」
「じゃあ、それでいく!」
静流は筆を持ち、集中する。
「――陰陽術・紙型改“弐式”、展開!」
シュンッと音を立てて光が走る。
ふたたび現れたのは……昨日より少し目に光がある“しゃべる静流”。
「……おはようございます、主様」
「喋ったぁぁぁぁぁ!!」
「うむ、声も静流そっくりじゃな」
クロが耳をぴくりと動かす。
「主、どちらが本体かわからんほど……影が薄い」
「そこまで!? うっすら泣けるよ!?」
「……こんにちは、コピー師」
「こ、コピー師って新しい称号増えたな!?」
リナがぐるっとコピーのまわりを歩きながら感心していた。
「へぇ~、ほんとに師匠そっくり。でも、なんかちょっとテンション低い?」
「……それは多分、僕自身がテンション低いからだよ……」
「納得しちゃだめです!」
「では試しに、あれじゃ。命令を与えてみるとよかろう」
クロの提案に、静流がうなずいてコピーに話しかける。
「えっと……分身くん、お茶を淹れてくれる?」
「はい。かしこまりました」
コピー静流がすたすたと歩き、湯を沸かし、器用に茶葉を入れて――
「……すごい! 本当にできた……!」
「うむ、完璧じゃ。味も悪くない」
クロがしっぽで湯呑をちょいちょい。
「ただ――」
アヤメがきっぱり言った。
「たぶんこの分身、“命令されたこと”しかできない。つまり、応用力はゼロ」
「……なるほど、AIの初期バージョンみたいな……」
「逆に考えると、“命令しないと動かない”という安心感」
白がわりと喜んでる。
「じゃあ、これで宿題とか、掃除とか、僕の代わりにやって――」
「だーめっ!」
リナがパチンと指を鳴らす。
「師匠が働かなくなったら、私の修行どうなるのさー!」
「ぐぬぬ、分身くんの使い方に制限が……」
「でも、ほんとに便利じゃな。いっそ分身三体くらい作ってわしのマッサージ係に――」
「クロ、私用禁止!」
「ちぇっ」
「ということで、紙型術“弐式”、とりあえず成功かな。あとは……」
「……分身で昼寝のアリバイ作り、強化だね」
「白、それが目的じゃないってばー!」
そんなわけで。
静流の紙型術は、正式に“使える陰陽術”としてとりあえずの完成を迎えたのだった。
──ただし、使い方には良識と節度が求められる。
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