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第十五話 黒耀の風、疾る 2

 そのとき――


「おーい! なんだなんだ!?」「いま、山のほうでドッカンって音が――!」


 村人たちが、遠巻きに神木道へと集まってきた。

 竹槍や鍬を手にした男衆、騒がしげな子どもたち、おろおろとついてきた年寄りまで。


「お、静流くん!? ……なんかすごいムカデがでたって……え、もう倒した!?」

 散らばるムカデの破片を見つめながら、口々に騒ぎ始める村人たち。

 彦馬は苦笑しながら、手を挙げて制した。


「落ち着いて、落ち着いて! 確かに、あやかしは出たけど……全部、クロがやっつけてくれた!」


「く、クロって……この黒いもふもふの子?」


「もふもふ言うな。わしは天狗じゃ!」


 クロが鋭くつっこむと、子どもたちの間から歓声が上がった。


「すごーい! もふもふの天狗!」

「かっけえ! でも、どう見ても黒狐じゃん!」

「クロ様! ありがとー!!」


 子どもたちが口々に礼を言い、駆け寄ろうとする。

 クロはちょっとだけたじろぎ、静流の肩の上で身を縮めた。


「……ふむ。まあ、悪い気はせんの。褒め称えるがよいぞ」


「わかりやすいなあ、ほんとに……」


 静流が苦笑する傍ら、彦馬がぽん、と静流の背を叩いた。


「おまえも、よく育てたな。あの黒狐、最初はただの毒舌だと思ってたけど、実力はガチだ」


「うん、……僕も、クロには感謝してるよ。ほんとに」


 夕方の風が、静かに木々を揺らした。

 騒ぎはしばらく続いたが、誰もがその日を「黒いもふもふの天狗が、村を守った日」として、語り継ぐのだった。



 大ムカデ退治騒動の熱もひと段落し、村の広場ではちょっとした見物人たちが談笑していた。


 そこへ――


「クロさまーっ! 無事って聞いたけどどこどこ!? さわっていいの!? さわっていいの!?」


「待って、灯乃ちゃん、早い早い! 私も一緒に……って、ああもう!」


 駆けてきたのは、風野郷の娘・灯乃と、見習い魔術師のリナ=バルディアである。


 静流が振り返る間もなく、彼の肩に乗っていたクロは――


 もふっ


「いたーーー!! いたいたいた!! はあああ~~~、今日も最高の手触り! この滑らかさ、羽毛のような毛並み! クロさま、生きててくれてありがとうっ!」


「ちょ、ちょっと待て! わしの尊厳は!? いったいどこへ消えた!?」


「えー、尊厳ってもふもふより大事ですか?」


「当たり前じゃろ!! ぐえっ、尻尾はやめ――やめぬか! やめぬかぁぁああ!」


 そこへリナも遅れて追いつき、にんまり。


「ふふふ、我が師匠の式神とあらば、魔術的好奇心と触感的敬意をもって接するのが礼儀……」


 もふっ


「ほうほう、これが“黒耀天狗”の霊毛! 幻獣級のエネルギー循環がこの毛並みで……いやこれ魔力の流れ、完全に防御結界と同じ構造だわ!? 触るだけでわかるこの高密度!」


「いや、そこまで理詰めでもふるな! 分析しながらもふるな!!」


 クロは肩の上でじたばたと暴れ、ついには静流の頭にぴょんと移動した。


「し、静流! この者たちを止めぬか! わしの尊厳が、残りカスになってしまう!」


「……まあまあ。がんばったご褒美だと思って、ね?」


「うぬぅ……せめて、毛並み整えてからにしてほしかった……」


 そんなやり取りに、くすくすと笑い声が起きるなか――

 どこからか、杖の音がコツン、コツンと近づいてきた。


「おやおや、クロどのが騒がれておるようじゃのう」


 現れたのは、風野郷の古老にして物知り爺さん、一楽(いちらく)の翁である。

 顔には無数の皺、だが目の奥は鋭く、誰よりも多くの時代を見てきた者の眼差しだった。


「一楽さん、クロのこと……ご存じなんですか?」


 静流が尋ねると、翁は懐から小さな竹巻物を取り出し、ゆっくりと広げた。


「むろんじゃ。古い記録にはこうある――

 《黒耀天狗、千年前の乱にて一夜にして百の妖を封ず。風の柱と呼ばれ、五山に名を刻まれし》と」


「へぇぇええ!? そんなに!? 五山って、あの五霊峰!? 本物の伝説じゃないですか!」


「うむ。この村の北にある“風切峰”にも、その名残がある。昔は天狗を祀る祠もあったのじゃが……時代の流れで、忘れられていっての」


 クロは、灯乃の腕の中でもふられながら、微かに目を細めた。


「……忘れ去られるのも、また定めよ。わしは風の者、風のように来て、風のように去る。それだけのことじゃ」


 その言葉に、一楽翁はしみじみと頷いた。


「それでも、今ここにこうしておる。新しき主と共に、人の世を守っておる。……それだけで、十分じゃろ」


 静流はクロの頭をそっと撫でながら、ふと微笑む。


「うん、僕は……クロがいてくれて、本当に助かってるよ。穏やかに暮らしたいなんて言いながら、クロの力に頼ってばかりでごめん」


「ふん……仕方ない主じゃ。おぬしが面倒を起こすたびに、わしの出番が増える……まあ、それも悪くはないかの」


 そのやり取りを聞いていた灯乃とリナが、口を揃えて叫ぶ。


「クロ、かっこいい!!」

「ちょっと本気で崇拝対象にしたい!!」


「や、やめぬかぁぁ!! またもふる気じゃな!? やめぬかぁ!!」


 日が傾き始める風野郷の空に、今日も賑やかな声が響いていた。

 そして、黒耀天狗の名は、再び人々の記憶に刻まれようとしていた――。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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