表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/39

第十四話 黒耀の風、疾る 1

 昼下がりの分院。

 静流は縁側でお茶を啜りながら、クロの尾をブラシで整えていた。


「……今日は穏やかだなあ。何も起きなければ、それが一番だよね、クロ」


「まったくじゃ。騒ぎは腹が減るからの……わしは静寂が好――」


 ――ドンッ!!


「静流ーッ!!! 大変だ!!」


 玄関を突き破るように風間 彦馬が飛び込んできた。

 肩で息をし、手には竹槍。額から汗が垂れ、ただならぬ様子。


「ひ、彦馬!? 今度はなに!?」


「山の神木道に……でっけえムカデのあやかしが出た! 二丈(一丈= 十尺 一尺は約三十センチ)はある、いやもっとかもしれん!」


「二丈……!? でか過ぎじゃない? それ本当にムカデなのかな……」


 クロが耳をぴくりと動かし、尾をピンと立てた。


「ムカデの気配……この村の結界をかいくぐるとは、なかなか厄介な術持ちじゃな。しかもあの山道は結界の弱点、通せば村に直通じゃ」


「つまり――放っておけば、村に直接被害が来るってこと?」


「そうじゃ!」


 静流はお茶を置き、深く息を吸った。


「……クロ、やっつけられる?」


「当然じゃ。我が名にかけて、主の敵は斬り捨てようぞ」


 クロが駆け出し、視界から消える。彦馬から見えないところまで駆けていったクロの姿が風を巻き、淡い光とともに変化する。人語を操る黒狐から、長い尾を持つ漆黒の天狗へ――


「黒耀天狗、戦闘形態――!」


 クロは山の神木道へと飛んで行った。


 山の神木道。

 昼の日差しはすでに梢に遮られ、谷間のような薄闇が道を満たしていた。


 その中央に、異形の影――《ムカデのあやかし》がのたうつように這い出てくる。

 全長二丈、黒紫の外殻が鈍く光り、脚の節が地面を削っていた。

 頭部には角のような突起。眼は赤く輝き、口元からは毒液が滴る。


「……なるほど、随分と育ったものじゃな」


 梢の上。黒耀天狗・クロが、静かにその巨体を見下ろしていた。

 その翼は夜の風のように黒く、両手に握られた鉄扇が微細な風を巻き起こしている。


 ――ヒュオオ……


 風が鳴くと同時に、ムカデがクロの存在を察知した。

 巨体を揺らしながら、地鳴りのような音を立てて突進してくる。


「ほう、挨拶代わりの一突きか。受けてやろう」


 クロは静かに扇を開いた。


 ――刹那、足元の枝が砕け、空気が爆ぜた。


 クロの姿が残像を引くように宙を跳び、ムカデの頭上へと跳躍する!


「裂風陣!」


 鉄扇を一閃。

 空間を断つような衝撃が走り、真空の刃が斜めに交差する!


 ムカデの背の甲殻が裂け、鋭い断裂音とともに体液が噴き出す。

 だが――まだ動きを止めない。


「ぬ、外殻が思ったよりも厚いのう……よかろう、ならば次は――!」


 空中で姿勢をくるりと返し、扇を広げる。


「嵐脚・双牙風舞!」


 両扇を同時に振るい、二条の風刃を交差させて斬りつける!

 空気が悲鳴のように震え、斜めにX字の風圧がムカデの頭部を狙って突き刺さる!


 ――ズガァァッ!!


 今度は牙の一部が吹き飛び、ムカデが耳を裂くような絶叫を上げる。

 だが、怒り狂ったそれは、全身の毒毛を逆立てて反撃に出た。


「む、毒霧か!」


 ムカデの体から吹き出した濃紫の毒煙が、瞬く間に周囲を包む。

 腐食性の強いその毒は、空気すら歪ませていた。


「……浅はかよのう。その程度、風で捨ててくれよう!」


 クロは舞うように扇を回転させ、翼を大きく広げた。


「神風結界・無毒障壁!」


 巻き起こる旋風が周囲の毒をすべて吹き飛ばす。

 風の結界が半球状に形成され、クロの周囲だけが清浄な空間となった。


「終わりにしてくれる。――黒嵐封刃・天狐連斬ッ!」


 クロの足元に、術陣が展開される。

 風の力を蓄えた四重の扇陣が現れ、そのすべてが一点――ムカデの心臓めがけて収束!


 その身が光をまとう。宙を駆ける天狗の影が、まるで夜空に流れる黒い彗星のようだった。


 ――ゴウッ!!


 飛翔するクロの姿が、次の瞬間にはムカデの胸元へと到達していた。

 振り下ろされる鉄扇の一撃。


「討・封・裂・絶――!!」


 刹那、四重の術式が爆発的に起動し、ムカデの体内に風刃が渦を巻きながら侵入する。

 中から刻むように破壊し、外殻を内部から裂く――!


 ――ドッ!!


 巨大なあやかしのムカデが、力なく崩れ落ちた。


 風が止み、静寂が戻る。


 宙に浮かぶクロが、軽く舞いながら着地する。

 その姿はまるで、暗がりの王者のようだった。


「ふん……主の平穏のために、またひと働きしてしまったのう。帰って昼寝でもするか」


「……クローッ!!」

 山道の奥から、息を切らせて駆け込んでくる二つの影――静流と彦馬だった。


 崩れた地面、散らばるムカデの破片、うねるような風の残響……そして、その中心に、黒い天狗が一人、静かに立っていた。


 黒い天狗を見つけた彦馬がその場で固まる。


「クロ、無事……! よかった……!」


 静流が駆け寄り、その肩にそっと手を置く。

 クロはちらりと振り返り、ふんっと鼻を鳴らした。


「案ずるな。主の平穏のために、少々暴れただけじゃ。尻尾ひとつ焦げてもおらんわい」


「それが一番すごいんだけど……」


 彦馬も呆れたように目を見開き、へなへなと地面に手をついてしゃがみ込んだ。

「クロって天狗だったのか! ……マジで一人で倒したの? おれ、山の神主も呼んでこなきゃって思ってたのに……」


「当然じゃ。わしは《黒耀天狗》、風の守り手よ。虫けらの一匹や二匹、寝ながらでも斬れるわい」


 そう言ってふわりと変化を解き、黒狐の姿に戻ると、クロは静流の肩に軽やかに飛び乗った。


「……ま、少しは疲れたがの」


「そっちは正直でいいんだね」


 静流がクロをそっと撫でると、クロは尻尾で器用に静流の頬をぽんと叩いた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。


お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ