第十一話 リナ=バルディア 1
――風野郷・東のはずれ、柳谷の小道にて
静流は珍しく、荷車を引いていた。薬草や塩を仕入れるために、分院から少し離れた峠の商人と会う約束だったのだ。
「……うーん、そろそろ谷を抜けるけど、ちょっと雲行きが怪しいな」
空には灰色の雲が立ち込め始め、山の上には霧がゆっくりと降りてきていた。そんな折――
「だ、誰かぁぁああああああ!!」
突如、叫び声が谷に響き渡った。静流はびくっと肩をすくめた。
「え、なに!? 遭難!? 妖!?」
「人間ですぅぅぅ!! 完全に迷子ですぅぅぅ!!」
茂みの向こうから、がさがさと派手な音がして、どさっと少女が転がり出てきた。
金の縁取りが施された異国風のマントを羽織り、栗色の髪が爆発したように乱れている。どこか浮世離れした雰囲気の、派手な少女だった。
「うぇぇ……足くじいた……お腹もすいた……死ぬ……」
「だ、大丈夫……?」
静流が手を伸ばすと、少女はぱっと顔を上げ、目を輝かせた。
「……あなたっ! 今、話しかけました!?」
「う、うん……まあ、話しかけたけど」
「わたし、リナ=バルディア! 異国から来た魔術師見習いです! ……旅の途中で、気づいたら山にいました!」
「気づいたら……って、どういう状況だよ……」
「気を抜いたら転移魔法が暴発して!! 気づいたら森に!! で、食べ物探してたら、足くじいて!! でも、でも……!」
リナは立ち上がり、静流の顔をぐいっと覗き込んだ。
「あなた……魔力の流れ、すごく整ってます……! 見た目子供なのに、なんで!?」
「失礼だな!? 一応、修行中の陰陽師です」
「陰陽師!? 東方式の!? すごい! これも運命ですね!」
「いや、運命とか言われても……」
そのとき、リナの手の中で何かの魔術式が暴走し始めた。
ぽんっという軽い爆発音とともに、リナの袖から火花が散った。
「あちちちちっ!? また魔力暴走した! このままだと死ぬ! ねえ! お願いです、あなたが制御して!!」
「ちょ、ま――!」
慌てて静流が印を切ると、術式がすっと収まり、リナの体から浮いていた魔力の泡が消えていった。
「……ふぅ。助かったぁ……やっぱり只者じゃないですね、師匠……!」
「誰が師匠だよ!?」
「もう決めました! あなたの弟子になります! 正式に! なんでもやります! 食器洗いとか掃除とか! ごはんも炊けます!」
「いや、ちょっと待って!? 僕はまだ、こっちに来て日が浅いっていうか、むしろ修行中だし……」
「じゃあ、師匠見習い! わたしも弟子見習い! これで対等ですねっ!」
「理屈がむちゃくちゃすぎる……」
静流はため息をついたものの、リナの無邪気な笑顔を見て、諦めたように呟いた。
「とりあえず、まずは食べ物。……村まで、来る?」
「はいっ! 弟子第一歩、ついていきます、師匠ぉぉぉぉ!!」
そのやりとりを、近くで見ていた黒い狐がくいっと尾を立てる。
「主、こやつ拾ってもええんじゃないか? 面白い奴じゃし」
「……勝手に“拾う”とか言うな、クロ。ていうか聞こえてるからね、それ」
リナは狐の姿に驚愕し、目を見開いた。
「な、喋る狐!? しかも渋声めっちゃイケボ!?」
「ふっふっふ。“喋る狐”とは失礼じゃの。ワシは黒耀天狗、クロという。古き式神であり、静流の忠臣……まあ、教育係じゃ」
クロが誇らしげに胸を張る(※四足で)。
「し、式神!? 黒耀……天狗……!? 伝説級の式神じゃないですか!? うわ、やっぱりすごい人なんだ師匠……!」
「いや、だから“師匠”って呼ぶなって……」
と、静流の背から一冊の分厚い魔導書がふわりと浮き上がり、柔らかな女性の声が響く。
「……騒がしい方ですね。文字が乱れそうです」
「文車妖妃。魔術理論と補佐を担当しておりますアヤメです。どうぞ、お見知りおきを」
「わぁぁぁ……喋る本ぉぉぉ!? ていうか、語彙がすごく上品! 師匠、式神の質高すぎます!!」
「質とか言うな! ていうか、いちいち叫ばないで……」
「でもこれはもう運命ですよ……この出会い、星が導いたに違いないです……!」
「いや、迷子だったんでしょ……」
静流は軽くため息をつきながら、にこにこと笑うリナを見て、ふと小さく肩をすくめた。
「……村までいくよ。ついて来て」
「はいっ! 師匠ぉぉぉぉ!!」
――風野郷・分院の裏庭にて(夕刻)
分院に戻った静流は、軽く仕事の報告を済ませたあと、リナを裏庭へと案内した。薬草の苗が並ぶ小道の先、静かな気配の中に、ひとりの白髪の少年が座っている。
リナは思わず足を止めた。
「……あの人、誰……? なんか……空気が違う……」
「“白”。僕のもうひとりの式神。霊龍の化身なんだ」
「……りゅう……えっ、霊龍!? え、え、えっ……!?」
白はゆっくりと立ち上がり、リナの前に歩み寄ってきた。無表情のまま、しかしやわらかく首をかしげる。
「……新しい人?」
「え、はいっ! リナ=バルディアです! 今日から師匠の弟子見習いですっ!!」
「……リナ。……うん。よろしく。魔力、暴れてるよ」
白はそう言って、ふわりと手を伸ばし、リナの肩に指先を軽く触れた。まるで静電気のように、ぶわっと彼女の魔力の乱れが落ち着く。
「わっ……な、なんかすごく落ち着いた……!? これが、霊龍……すご……」
「癒しと再生が得意なの。あと、結界も」
「式神にしてヒーラー……!? 師匠、マジで神チームなんですね……」
クロが塀の上から尻尾を揺らして呟く。
「おうおう、こやつ、割と筋がいいんじゃないか? うるさいが」
アヤメも、ふわりとページをめくりながら同意する。
「そうですね。声量以外は、まずまずかと」
「えっ、認められてる!?」
こうして、リナは正式に“弟子見習い”として迎えられた。
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