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非モテ三人衆

「…………彼女が欲しい」


俺は冷たい机の面に頬を押し付けながら、そんなことを小さく呟く。


放課後、教室の喧騒の中。その声は小さいながらも、俺の前にいる男二人の耳に深く突き刺さったらしい。


椅子の背中に顎を乗せ、反対向きに座っていた男。筈木友之助はずきとものすけだらしなく座っていた姿勢を改めて、首を縦に大きく振る。


「遺憾だけど……同感かな」


更に、俺の前方左側に腕組みをしながら立ちすくんでいる小柄な男。多次丸喜たじまるきも小さく頷いて言った。

 

「……だね」


三人は、今自分に彼女がいないことを確認し合うと、また会話が途切れて、教室の喧騒に飲み込まれる。


生産性のかけらもない、むしろ無いとわかっている関係を確認するこの行為に意味はあるのか。


答え。意味はない、虚しさはある。


はぁ、と三人同時にため息をついた後。反対向きに座っていた男が勢いよく立ち上がった。


「いや! 可笑しくないかな?! 君たちはわかる。なんで僕に彼女がいないんだい?!」


君たちはわかる、が引っかかるが、俺は優しいので、そのことは気にせずに質問に答えてやった。


「必死すぎてキモいんだろ」


事もなげにそう言い放つと、そいつは凍ったようなピシリと固まった。


百八十センチはある恵まれた背丈に、爽やかさを感じさせるフレッシュタイプの整った顔。外面だけ見れば、モテてもいい良物件だ。


しかし、こいつはモテない。本当にモテない。なぜなら『必死』すぎるからだ。


髪型を弄り、シャツを着崩したチャラい格好。耳をよく見ると、ピアス穴も開いている、いや、まだここまではいい。


しかし、体育の授業中、女子が見てる時だけシャツを脱いで体を見せつけたり、前髪を掻き上げてキメ顔をしたり、きつすぎる香水を毎日つけてきたり、そういったナルシスト全開の生き方がダメだ。


「女子ウケ狙いすぎて、逆に引かれてるんだよな」

「ナルシストも入ってるから、それもプラスアルファで引かれてるよね」


丸喜ことマルはうんうんと、頷いて肯定する。


「二年生になった今日までの二ヶ月間で一体何回髪型変わった?」

「五回くらいは変わってたよね」

「ご、五回も変えていないよっ! 四回だよ!!」


変わんねぇよ。


俺とマルは二人同じように呆れた目で、友之助もといトモを見た。


これだから、この残念イケメンには彼女ができないんだ。


必死に「ほら、いろんな髪型を試してみたかなってね! そう言う時あるよね?!」とかなんとか弁解しているが、俺は知っている。


こいつの髪型が髪型革命ヘアスタイルレボリューションを起こした時、スマホの検索欄は「髪型 メンズ モテ」に独占されていたことを。


そして、その検索先の「女子にモテる髪型ランキング」の一位から四位までは見覚えがあった。


こいつが二週間周期で変えていた髪型、それが青白く映る画面に勢揃いしていたのだ。

 

性器が生えたメタモン、と揶揄されるだけあって、モテ男になれればなんでも良いのだろう。流石の必死さだと、あの時は感心すら覚えたものだ。


「トモ君は例えるならヤギが食べられようと、血眼でチーターを追っかけてるみたいな感じなんだよね」

「なんか、例え方が違うような気がするが……確かにキモさでいえば、的確だな」


すると、トモは長身をみるみると縮こませ、ついには床に膝をついて意気消沈している様子だった。


受け止めるのに時間はかかるだろうが、これが現実だ。お前はキモい。


俺は落ち込むトモを横目に、単純な疑問を口に出す。


「まぁ、トモがモテないのは妥当として、俺はなんでモテないんだ?」


正直、俺はこの三人の中で一番彼女ができてないとおかしい人だと思っている。


俺の持論として、女の子にモテる最大の要素は『男気』ないしは『率先力』だ。


女の子は男にリードしていて欲しい生き物だ……たぶん。付き合ったことないから知らないが。


だから、男側が率先力を持って、女の子を誘導する。よって、自分の芯を持っている男というのはモテる。


それを俺は知っているからこそ、自分に揺るぎない芯を持つようにしているし、正直今すぐにでもモテてもおかしくない魅力を持っている。


だというのに、俺の両脇には女の子が一人たりともいない。世界七不思議の一つに数え上げても、遜色ないほどの謎だ。


その世界謎にマルは、すぐに答えを導き出したようで、「たぶん」と前振りを振ってから口を開いた。


「ケンタ君の場合。男として見れないんだよね」


すると、その言葉に反応したのかトモが急に起き上がって、口を開いた。


「ケンタはみんなのママだからね、それはモテなくて当然だよ」

「……は?」


ママ……? 俺は男だぞ? っていうか俺は誰よりも、男気を持っていて、男男らしい漢のはずで……


「ケンタ、君さ。女の子に『お母さんみたい』って言われたこと何回かあるんじゃないかな?」


ぎくり、と心臓が跳ね上がった。

 

「はっ……はっははは。そ、そんなこと一回たりとも……」

「目が泳ぎまくってるよ、ケンタ君」


嘘だろ……あれって、何かの冗談じゃなかったのか。えっ、うそ。


俺がわずかにショックを受けていると、畳み込むようにトモがピシリと人指さしを指し、言い放った。


「この際、一言言っておく必要があるね。ケンタ……君に包容力はあっても、『男気』はなんてものはない!」

「な、なななな?!!」


俺の存在理由が揺るがされる音がした。お、俺に『男気』がない……だと?


「そもそも、君の『男気』ってなにかな?」

「それは……だから。要するに揺るぎない芯を……だな」

「芯って具体的には?」

「あっ? それは『女の子と子供を第一に考える』……だが?」


この考えは、漢塾に感化されて掲げたものだ。最終巻の塾長の言葉……これ以上の『男気』のお手本はいないと思う。


「女の子と子供限定ってのが少し引っかかるけれども。芯自体はモテる感じはあるんだよ……だがしかし」

「その出力方法がね……」


そう、二人は意味ありげにヒソヒソと密談すると、マルが俺の顔を見て困惑顔で断言した。


「ケンタくんの思ってる『男気』ってやつ、世間の常識とズレてると思う」

「――は?!!」

「そうだね。少なくとも公園の小学生からケンにぃにと慕われてる男に男気は似合わない」

「な、なんでそのこと知ってんだ?!!」


嘘だろ! あの姿をこいつらに見られたのかっ?! やばい、俺のイメージが!!


しかし、俺の追及を無視して、トモは続けた。


「大人しくケンタは、モテるイケおじルートは諦めて、子供を健やかに育てるカリスママに進路変更しなさい」


俺はガクシッと、地面に膝をついて項垂れる。


塾長…っ。あなたに教えてもらったことを実践してたら……カリスママって言われたよ……


「うーん。ってことは結論出たよね」


すると、マルがおもむろに声を張り上げ、自信満々顔で言い出した。


「この中では僕がいちば――」

「「それはない(な)」」


俺たちは即答した。


「なんでっ!!」


一言だけ言えば、女の子の言う『優しい』人が好きってのは嘘っぱちなのだ。優しいは前提条件で、他にも色々ないと恋愛対象としては見られない。


これは古代の昔から立証されている真実であり、事実だ。


じゃあ、やっぱり、とトモが口を開く。

 

「モテに必要なのは、やはり美しい見た目だね」

「非モテイケメンがしゃしゃるな」


俺は素早く切り伏せると、次にマルが胸を張って言う。

 

「いや、性格だよ」

「それはどこの実用書の受け売り?」 


すると、トモが今度はマルを切り伏せる。


ならば、と俺が胸を握り拳で叩いて言う。

 

「いや、やっぱ男気だ!」

「ケンタ君はカリスママだってば」


すると、俺はマルに切り伏せられた。


三人でお互いに長所を言い合うも、やはり論争に決着はつかない。いつも通りの痛み分けなのだが……


俺はマルを見る。すると、どうやらマルも俺のことを見ていたようで、視線がかち合った。


なるほど、お前もこの戦いの無意味さに気がついたらしいな。


「あれ? どうしたの、急に静かになって……」

「……なんか、虚しくなった」

「ボクたちに勝ちなんて一切なかったよね」


俺たちは二人で頷きあうと、俺はトモに「負け宣言」とも言えるような台詞を吐いた。


「……お前、彼女いるじゃん」

「いや、いないよ?!!」


しかし、その「負け宣言」は勝者によって打ち消された。勝利を素直に受け取れば良いものを、どうやらトモは逆に怒っているらしかった。


「まさか……ヤツを彼女とかぬかしてるなら、僕は君たちを本気で殴らないといけなくなってしまうけど?」

「でも、四六時中一緒にいるじゃん。あれが彼女じゃなきゃ、何が彼女なんだよ」


トモがふっーと長い息を吐いてから、ど真剣な表情でこそりと呟く。


「あのね、落ち着いて聞いててよ。あの女は――人間じゃない」


トモはえらく神妙な顔でそう言った。


人間じゃないってお前……


「女の子にそれはどうかと思う」

「……わかってる。紳士として言っては行けない言葉だってくらい。でも、わかっててもなお、そう言うしかないんだっ!」


俺もマルと同じ意見だったが、それをトモは切り伏せた。一体なんだってんだ……


「僕が実質一人暮らししてるって話。前にしたよね」

「あー、あれね。両親共働きで滅多に家にいないから、実質一人暮らしとか言ってたやつか」


確か『だから、夜ご飯はいつも俺が作ってて、俺結構料理できんだぜ?』とか、ドヤ顔で言ってたあれのことだな。


ちなみに、俺もチャーハンなら作れる。


俺とマルはその話題を思い出して、トモの話に再度耳を傾けた。

 

「だからね、僕が家に帰るといつも家の電気は消えてあってさ、真っ暗闇なんだよ」


トモの瞳はどこか遠いところを見ているようで、表情は暗い。こいつにしては珍しく、女の子の話をしているのにネガティブだ。


暗い表情のまま、トモは言葉を紡ぐ。


「でも、最近。電気つけて、テーブル見てみると。熱々のシチューが置かれてたんだよ」

「……? 母親とかが作ってくれたんじゃないか?」

「いや、僕の母さん。朝帰りが常だから、ご飯作るにしても冷蔵庫に入れて保冷するんだよ。だから『熱々』なんてありえない……」


トモはその日を思い出しているのか、だんだんと顔が青白くなっていて、声がぼそりぼそりと小さくなる。

 

「ぼ……僕はスペアキーなんて渡した覚えがない……なのに、なんでヤツは僕の家に入れ――」

「よし、この話はとりあえずやめておこう」

「うん、他人の恋愛事情に首を突っ込むなんて野暮なマネだったね」


俺たちはこれ以上の介入を避けることにした。


「野暮って今更引き返さないでくれよっ! 僕を助けてくれ!」と悲痛な声が聞こえてくるが、無視だ。


いい意味で捉えれば、女子の手料理を振る舞ってもらってるんだから、嬉しい状況だよな。俺は勘弁だが。


すると、トモは声を荒げて俺を指さしてきた。今日で何回指さされるんだ、俺。


「てか、僕なんかより君だよ、いい感じな人いるじゃないかっ!」

「は? 誰だよ」


俺に彼女? 悲しいことにかけらも存在がない。本当に悲しいことに。


しかし、トモはそうは思っていないようで、声を張り上げてその『いい感じの人』とやらの名前を告げた。

 

「冷泉れいぜいさん!」


すると、丸喜はあー確かに、と言ったような表情で頷く。しかし、俺はやれやれと首を振って否定する。


「あいつはただの幼馴染だよ。彼女とかそういうのじゃ」

「あー出ました、幼馴染。どうせ、腐れ縁とか言って恋愛対象じゃありませんアピールするんだろうけど、僕はわかってるから」


トモは興奮げに俺の言葉を遮った。よく見れば、目は血走っている。え、なに。怖い。


俺は若干恐怖を覚えつつ、聞き返す。


「わかってるって……なにをだよ?」

「どうせ、君たちは付き合うってことをだよ!!!」


バンッッ――と、トモの机を叩く音が教室にこだまする。目立っているが、そんなことはお構いなしでトモは続ける。

 

「きっと三ヶ月後くらいには『俺、どうしちまったんだ』とか言いながら、風呂場で顔をお湯に沈めてるだろうね」

「あー今まで平気だったのに、男の人に話しかけられてる冷泉さん見て嫉妬しちゃうやつだ」


二人にとっては共感の嵐のようだが、俺にはさっぱり理解できなかった。


「なんかよくわからんが、俺があいつを意識することなんてないぞ」


長年の付き合いすぎて、女の子として見れないんだよな。ただの友達っていうか。そういう目で見れない。


それなのに、なぜ俺はこんな疑うような視線を向けられないといけないんだ。


二人の猜疑心に満ちた視線を俺は受けると、トモが諭すように言葉を紡ぐ。


「ケンタ、気をつけなよ。今日にだって『あれ、こいつこんなに可愛かったっけ?』とかなる可能性大なんだから」

「あー、それ言っちゃったらもう付き合うの秒読みだね。本当に気をつけなよ」

「ん? 何言ってんだ、シズクは普通に可愛いだろ」


シズクと小学、中学時代を共に過ごした俺はあいつのモテ遍歴を直で見てきた。あいつはものすごーーくモテる。小さい頃から顔だけは整ってやがったからな。


だから、もうシズクが可愛いなんて今更すぎる話だ。


俺は考え事をやめ、前を見る。そこには顔を真っ赤にしている二人が目の前にいた。


俺が困惑していると、トモが蒸気した頬を冷ましながら、ゆっくりと喋り出した。

 

「……ケンタ、急にやめて。そうやって急に方向転換するの」

「ボクたちじゃなかったら、死んでたよ……」


意味がわからん。自分達の方からシズクは可愛いとか言い出したくせに、俺が言ったらダメなのだろうか。


俺は話題を変えたくて、流れでマルを視界に収める。


「てかさ、それだったらマルこそ、いい感じのやついるじゃん」

「え……そ、そんな人……いないよ」


すると、トモが俺の方にポンッと手を置いてきた。その顔は憐れみな顔だった。

 

「ケンタ。流石に可哀想だよ、マルは本当にそういう相手いないから」

「……え……あ、すまん」

「いるよ!」


悪いことをしてしまい、罪悪感に駆らていたところに、マルは大声で否定した。


大声を出した後、マルは冷静になったのか、あたふたとしながら訂正する。


「いや、いないけど……き、気になってる人ならい、いる」


……気になってる人ねぇ。


「な、なんでそんな目で見るの」

「いやね? 俺たちは誤解ではあるんだけど『彼女』みたいに見える人がいるわけじゃん? でも……」


俺たちは二人で顔を見合わせて、なんだか申し訳なくなってきた。申し訳ないと思ったなら、素直にこうしよう。

 

「「……ごめん」」

「謝らないでよ!! 僕がめちゃくちゃ惨めに見えるじゃん!」


あれ、そうじゃないのか?


俺が失礼なことを考えていると、マルは少し考えた後に、キッと俺たちを穿つような視線を向ける。


それは何かを決意した男の目だった。


「……なら、僕がこの三人の中で一番早く彼女作って、見返してみせるよ」

「「――なに?!」」


俺たちの中に激震が走る。


大言壮語、とはまさにこのことを言うのだろう。マルが「彼女」を作るだと?


七つの球を集める系某龍でも『マジ勘弁』と断わられること請け合いの「彼女」を??

 

「へぇー、随分大きく出たね」

「実用書のくせに夢物語を語るじゃねぇか」

「人のことを実用書って言うな!」


マルは机を何度も激しく叩いて抗議する。


しかし、すぐにふっーと息を落ち着かせると、強気な姿勢を崩さずに言ってのけた。


「で、でも。僕だけ頑張るのはあれだし、そうだ! この三人の中で誰が一番に彼女できるか勝負しようよ!」


しかし、マルの勢いに対して、俺たちは反応が小さかった。

 

「ほ、ほーん。勝負……勝負ね……」

 

勝負か。女っけのない俺たち同士で戦う……泥試合予感が止まらない。しかし、どんなものでも始まりがあれば終わりもあるものだ。


終わり、つまりこの三人の中に彼女持ちができるということ。そうなってしまえば――想像を絶する苦痛を味わうことになるだろう。


彼女マウントで骨の髄まで煽られまくる決まっている。きっと、敗者には自尊心の死が訪れるほどのマウント合戦。絶対に起きる、だって俺ならそうするから。


だが、自慢じゃないが、俺自身が一番俺に彼女ができるイメージが湧かない。もし負ければ、死に勝る屈辱を受けることは確実。


この勝負……受けるべきか…………?


トモを見てみると、トモも難しい顔で言い淀んでいた。大方、俺の考えていることと同じだろう。


俺は頭を悩ませていると、マルがプスッと噴き出す。


見ると、マルは煽るような仕草で俺たちを見て言った。


「あれ……もしかして――ビビってる?」


ビビってる? ビビってる……って、俺たちがか?


「そ、そんなわけっ! 僕がビビってる?! そんなわけがないだろう?!」

「そうだ! あんま舐めんなよ、実用書ッ! 俺が一番モテるって証明できる最高の機会じゃねーか!」


俺たちのスイッチは最も容易く入った。


「じゃあ今日から開始ね。負けたらどうする……?」

「そんなん決まってんだろ。なぁ?」

「そうだね。一つしかない」


俺はトモと顔を見合わせた後、マルに向けて言った。

 

「「勝ったやつに絶対服従」」

「うん……友達に課せるレベルの罰じゃない」


マルは苦笑いしながら、そう言った。


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