第四話 冥界の神と救世主
―――【冥界】。それは触れた対象をミイラにする力である。
「……これで最後か」
『ああ』
「他の代行者の気配はするか?」
『ふん、俺の感知能力を舐めるなよ。断言できる。周辺に代行者はいない』
「そう言うなら間違いないな」
西大陸にある、城塞都市アテナイは、パルテノン神殿を中心に円形に築かれた、西洋の街だ。だが、街にあった活気は、今はもう無い。
用があって南大陸から来たが、丁度今その用事を終えたところだ。
「しかし……大きな街だった。お陰でかなりミイラを確保できた」
アテナイの人口は約六十万人程で、今俺のミイラ達は合計約百万人だ。
これなら誰にも負ける気がしない。
『そうだな。しかしアビス、油断は禁物だぞ』
「わかってるさ」
梟が死んだのは確認した。
街の住人も、【冥界】で全てミイラにした。ならば、ここにもう用は無い。
「なら帰r」『後方、代行者だ!』
何だと?
「やあ」
こいつ、いつの間に!?
「僕は【聖―――」
「死ね!」
アヌビスの感知能力でさえこいつを感知できなかった。
間違い無い。こいつは強い。だからこそ、速攻で殺す!!
「うわぁ……【冥界】のアビスは血の気が多いなぁ」
知ったことか。
しかし……何だ? この胸騒ぎは。
ミイラの軍勢が奴を囲んでいる。
ミイラが剣で切り、槍で突き、矢を放っている。
(……おかしい)
ミイラが奴の肉を裂き、骨を砕き、息の根を止めんとしている。
奴はもう瀕死であろうが、ミイラは攻撃を止めない。
(何か……何かが、違う)
ミイラが奴を滅多刺しにしている。
(何で。どうして、抵抗しないんだ……!)
ミイラが奴の首を落とす。
さらには胴、四肢まで切り離し、松明を持ったミイラが肉塊となった奴を燃やした。
(何故感知できなかった?)
(何故抵抗しなかった?)
(何故……何故こんなに、寒気がするんだ?)
いや、これは予感だ。何かが起こる予感。
「…………さっきは随分とやってくれましたね」
馬鹿な。
今……俺の目に映るのは奴の姿。
奴の遺体は燃えているが、まだ骨が残っている。なら、ここにいる奴は誰だ?
再生する力を持つものは知っている。だが、これは……!
「私は【救世主】のノーマン。ありがとう、アビスよ」
【救世主】……? 【救世主】だと……!?
『逃げろ! お前では奴に敵わん!!』
「ッ!」
「不思議に思いませんでしたか? この街の人口が爆発的な増加を続けていたこと」
「…………!」
「あれは【聖霊】がやったことです。そして今、私の【救世主】によって―――」
クソ、このままじゃ追いつかれる!
仕方ない、一か八か反撃を……!
『やめろ!!』
ミイラが突き出した剣は、あまりにも呆気なく、奴の心臓を貫く。
「ぐふっ……これを……待って……いまし、た……よ」
まただ。また。
不快極まりないこの寒気は、一体何だというのだ!!
奴がその場に崩れ落ちる。
『アビス逃げろ!! 今!! すぐに!!』
一体、何をそんなに……?
刹那、奴は光り輝く。
◇
パルテノン神殿の周りに在った街、アテナイ。
アテナイは一夜にして成り、日々拡大を続けていた。
【加護】は日に日に力を増し、代行者達はアテナイが強大になり、己と敵対することを危惧していた。
だが、本当に危惧すべきはこの事ではない。
代行者達は大きな勘違いをしている。アテナイの拡大が、力の関与しない自然なものであると。
しかし街の拡大には、【守護者】以外の誰かの力が、明確に関与している。
私はその誰かの名を知っている。
その名はノーマン。【三位一体】のノーマン。
私は彼が起こす未来を知っている。
―――戦いは聖霊の目覚めから始まり、争いは父の眠りで終わる。
これは私が、現在を知る【全知】が、唯一知っている未来である。
◇
「―――【再臨】」
「あ……あ゙あ゙あ゙あ゙……!!」
光が皮膚を、肉を、骨を焼くように感じる。
まるで犯してきた罪を裁くように。
光が神々しさを増す。
視界は白く染まり、意識は遠のく。
(俺は……お、れは……どうなって……? わ、私、は……)
「貴方に会えて、本当に良かった」
―――生ける者には審判を。
―――死せる者には命と忠誠を。
「……こんにちは、アビス。私に忠誠を誓いますか?」
光より現れた、復活せし兵士達が、じっとアビスを見つめている。
「……ハッ。このアビス、命尽きるまで貴方様に尽くす事を誓います」
アビスが跪くと、周りの兵士達も跪く。
「ありがとう。私が、皆を救ってみせます」
―――それは神の国の完成を意味する。
―――今ここに、新たな秩序が誕生した。
◇
それは再臨によって、生者を従え、死者を蘇らせる。
約十万人の兵士達、一匹の梟、一人の代行者を率いて、それは軍を成す。
やがてそれは光を以て奈落の闇を裁き、闇からはかつての守護者が現れるだろう。
「やはり手を組んでいたな……! アスピーダ、そしてノーマン!」
「……どうかされましたか?」
「想定外の事態が起きた。……アアル。協力してくれる代行者を出来る限り集めろ。今すぐにだ」
「……はい、アルフォズル様」