第二話 地を揺らす海の支配者
「俺は【地海神】のトライアノスだ。お前は?」
くそ……何で殴って来た奴に名乗らなくちゃいけないんだ。
『いえ、ここはこちらも名乗った方が良いかと。彼が会話のできる人物で助かりました。貴方はまだ経験も浅いですし、和解できるならばした方が良い』
成程。俺もそれは同感だ。
……名乗り方とかあるんかな?
『力の名前の後に、自分の名前を名乗るのが一般的です』
「……俺は【天照】のタイヨウだ」
こうかな?
『合っています』
「そうか……【天照】か…………なぁ、ここは一旦休戦しないか?」
何だと。そっちから攻撃してきたくせにか?
まぁ休戦しない理由はないんだが。戦いたくないし。
『【天照】は日中なら最強格の力を誇るのですよ。そしてここは、一日中太陽が沈まない〝日常の草原〟です』
つまり、今の俺は最強、ということだな。
『経験を積んだ熟練者であれば、ですがね』
うん、知ってた。だが、相手からしたら十分に脅威なのだろう。
ならここは……
「良いだろう。一旦殺さないでおいてやる。ただ……」
ハッタリだ。強者感を出して相手を威圧する。
これで合ってるか?
『完璧です』
よし、じゃあこのまま退散してもらおう。
「今すぐ此処を離れろ。さもなくば、俺はお前を殺すぞ」
一瞬、場に沈黙が流れる。
「悪いが、それは出来ない。生憎追われている身でね」
「追われている身?」
「ああ、【守護者】のアスピーダ。しつこい奴なんだよ」
「……見つけた! 今度は徒党を組むとは、卑怯者め。今日という今日は許さないわよ!」
「出た」
何だかややこしくなってきたな。
ここは二人を戦わせて、俺はそれに乗じて退散するとしよう。
「二人の戦いに水を刺すつもりはない。俺がこの場から離れるとしよう」
「良いのか?」
「何を話しているの? 【石楯】!」
「おっと危ない」
……よし、今の内だ。
◇
北大陸、〝日常の草原〟にて、金髪の少女アスピーダと、銀髪の青年トライアノスが衝突する。
アスピーダの楯が、トライアノスに向けられる。
小柄なアスピーダは、すっかり楯に隠れてしまった。
「あら、お仲間に見捨てられたのかしら?」
「いいや、あいつはそもそも仲間じゃない」
アスピーダの楯にはメデューサの首が嵌められており、その目が見たものを石化させる。
そして、彼女が【石楯】と叫ぶと、十秒間メデューサの目が開くようになっている。
「何回も言っているだろう。お前じゃ俺に勝てない」
「ふん、貴方も私を殺せないでしょう? 【石楯】!」
トライアノスは自身に水を纏い、水を石化させることで石化を無効化していた。
アスピーダの力は、トライアノスには届かない。
【地海神】は地と海を操る力。
トライアノスは水に砂を混ぜ、さながらウォータージェットの様に水を発射する。
「【石楯】。貴方の攻撃なんて効かないわ」
【石楯】で水を石化させ、石はその場で崩れ落ちる。
トライアノスがアスピーダに手を伸ばす。
「……油断。お前の悪い癖だ」
「かはっ」
アスピーダの足元の地面が腕の形を成す。
腕はその手に【三叉槍】を持っており、槍はアスピーダの背中を貫通していた。
「ぐうっ……!」
自身に刺さった槍を抜く。アスピーダは楯を地面に突き立て、傷口を押さえながらその場にへたり込む。
「…………」
「……何度も……言ってる、でしょう。パルテノンの……梟が、死なない限り……私は死なないのよ」
アスピーダの傷口が急激に塞がり、やがて完全に治癒する。
そして再び立ち上がり、楯をトライアノスに向ける。
「相変わらず面倒な力だ」
「ふふ……お互い様でしょう?」
西の大陸にある、パルテノン神殿。
そこには一羽の梟が居る。それが生存している限り、アスピーダは不死である。
これこそがアスピーダの力、【守護者】である。
「そもそも、何でそんな俺を執拗に狙うんだよ」
「忘れたの? 貴方は私の街を壊したじゃない」
アスピーダは神殿の周りに街を築き、住人を武装させることで梟の安全を確保している。
その一部をトライアノスに滅茶苦茶にされたのだ。
「あれは故意でやった訳じゃない」
「故意じゃないなら何故、【加護】を突き破って街を壊せたのかしら?」
神殿の周囲は梟によって【加護】が付与されている。
【加護】が付与された場所は、より強い力で中和しなければ踏み入ることさえ出来ない。
「誘導されたんだよ」
「だから何? 故意であろうと故意でなかろうと、街を壊した奴は許さないわよ」
「じゃあ何だったんだよさっきのは」
「故意ならもっと許さない。それだけよ」
しかし、お互いの攻撃は致命傷にはならない。
千日手。不毛な争いであった。
「もう止めようぜ。こんな戦い、何の意味も無い。それに、長く街を空けたら危険だろ」
「……ッ!」
「帰って街を守ることを推奨するぜ。死ぬことはなくても……閉じ込められることはある」
「そんなこと」
「――【奈落】」
「あ……」
その姿を見ることも……感じることも叶わなかった。
「奈落へようこそ……【守護者】のアスピーダ」
彼女は奈落に呑まれた。
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