~雲梯~
~~ ドラゴンボールZ- M817
デュオルクは牢屋の前に佇んでいた。準備は全て整った。後は灰色の雲が来るのを待つだけだった。グレーイが近づくにつれて、感じるジンも激しさを増していた。
数か月前に出会ったグレーイのジンとはまるで別物だった。デュオルクは、グレーイをあの時逃してしまったことが、取り返しのつかないミスだったと痛感していた。過去の自分がしたその重大な過ちによって、今の自分が真の悪魔と対峙しなければならなくなっているのだから。
しかし、デュオルクに後悔はなかった。そもそもプライドが高すぎて、後悔などできなかったのだ。それに、この戦いのために自らも準備をしてきた。雲の町で最も強力な雲の座を守り抜いている。たかだか生まれて一年足らずの赤ん坊のような存在に、怖がるような雲ではないのだ!
ネフェリアは既に過去に一度、『腐敗物』を取り除いた経験がある。この戦いも、歴史の新たな一章に過ぎないのだ。その物語の主人公に選ばれたのがデュオルクだ。今度の英雄に選ばれたのは、デュオルク自身だった。神がこの日に導いてくれるまで、何年も待ち続けた甲斐があった。
グレーイの足音が外にいるデュオルクの耳に聞こえてきた。コツン、コツン、と出口に向かって階段を上っている。グレーイは、デュオルクが牢屋の前で待ち構えていることを知っていた。バーダルを腕に抱えて長の前に現れたグレーイの顔には、何の表情もなかった。しかし、デュオルクはその目に死の予兆を見た。あの、呪われたアロイと全く同じ目だ…
奇妙なことに、グレーイはデュオルクがなんだか小さくなったような気がした。しかし実際には長の筋肉は以前よりも大きくなり、体はかつてないほど鍛え上げられていた。この巨雲もまた、訓練を怠らなかったのだ。
十数個の雲の戦士たちが遠巻きにその場を囲んでいた。彼らの位置を見るに、介入してくるつもりはないらしい。そもそもグレーイは、もはや何の疑問も抱いていなかった。全神経を目の前の巨大な白い雲に集中させていた。この瞬間のことを、雨雲は何百回、何千回と頭の中でシミュレーションしてきた。
二つの雲はたっぷり一分間は、黙ったまま見つめ合っていた。まるで永遠とも思える一分間だった。時の流れが止まってしまったかのようだったが、実際はお互いの力量を測り合っていたのだ。
そして、グレーイは静かに動き出し、アンシャンバーダルを少し離れた場所に運んだ。デュオルクはその場から一歩も動かず、その様子をただ黙って見つめていた。
突然、デュオルクは右脚に微かなチクチクする感覚を覚えた。一振りで、その脚にしがみついていた赤いアリを振り落とした。踏みつぶそうとしたが、アリは足の指の間をすり抜け、逃げ去った…
灰色の雲は年老いた師匠を、湿った、日の光が降り注ぐ芝生の上に横たえた。側には柵があり、柵の向こうには巨大な睡蓮の池が、静かに広がっている。
水面に静かに浮かぶ巨大な葉を眺めていると、グレーイは懐かしい気持ちになった。この葉に乗った時はまだネフェリアに来たばかりで、世界のことを知りたくて知りたくてたまらなかった。この世界は正しくて、調和が取れた素晴らしいもののように見えていたっけ。
その直後にネフェリアの町の長に出会って、自分の存在意義が分からなくなったんだよな。
だけど今はもう何もかも違う。グレーイは戦士となった。ゆっくりと先ほどの場所に向かって歩き始めると、デュオルクが大きな声で何かを話し始めた。
「バーダルに再び会えて嬉しいだろう!」
デュオルクはグレーイを動揺させようとしていた。アンシャンバーダルを見つけさせ、どんな姿に変わり果てたかを見せるところまで、長の計画の内だった。しかし自身でも気付いていなかったが、心の奥底では、ある種の恐怖心が芽生えていた。なので本能的に自分に有利な状況を作り出そうとしたのだ。しかし、それでもグレーイは揺るがなかった。
グレーイは先ほどまで立っていた、デュオルクから数メートル離れた位置で止まった。
「貴様がああなるべきだったんだ、分かるか?」長が言った。「俺様は道理を通さないといけねぇ。だろ?それに、あの死んでも治らないバカが貴様みたいなゴミカスを拾わなければ、こんなことにはならなかった。違うか?学ばないヤツも勿論いる…だが、安心しろ。俺様は学んだぞ!!!」
いつものように長は皆の前で演説を始めた。大声で話して民衆の不安感を煽るのを好んでいて、しかも効果的であった…そこにいた戦士たちは一斉に声援の雄たけびを上げた。興奮状態が波のように一気に広がった。
デュオルクはこの場でグレーイを叩き潰し、白雲の力がどれほど強力かを示すつもりだった。グレーイの発する重苦しいオーラにも怯まず、長は自信満々だった。長が自身の勝利を信じて疑わない切り札があるというのか…
民から寄せられた希望のお陰か、それともこの運命の戦いに勝つ為と、神が予言しているのか?
デュオルクは町から脅威を取り除けることだけでなく、家族が受けた屈辱をも張らせることに歓喜していた。しかし灰色の雲がその雰囲気を打ち壊した。
「前回は、お前のせいで自分の色を恥じた。」グレーイがついに口を開いた。「でも今日は、その色が誇りだ。」
そして一呼吸置くと、指で前に来るように合図しながら続けた。
「来いよ。民衆の前で粉々にしてやる。」
この挑発的な物言いは、もちろんザグニの真似だ。
言い終えると両拳を掲げ、目を閉じた。集中すればするほどどんどんジンは大きくなっていった。それが完成した時、低い唸り声を上げた。その唸り声と共に発せられた強烈な風に煽られ、周囲にいた雲の戦士たちはズズッと一歩後ろに押された。彼らの顔には恐怖の色が浮かんでいた。
デュオルクは雨雲の力の強大さに完全に意表を突かれたが、動揺しまいと必死だった。これは悪魔以上に最悪のナニカではないか!
驚嘆しつつも巨雲はもう待てなかった。この瞬間が来るのを何度も何度も思い描いた。生涯忘れることが出来ないであろう一撃を見舞おうと、デュオルクはグレーイに飛びかかった。同じようにグレーイも、拳を後ろに引きながら飛び出した。
因縁の宿敵同士がとうとう拳を交わそうとするその瞬間が、まるでスローモーションのように見えた。
拳と拳が衝突した瞬間、激しい衝撃波が周囲の戦士たちを更に後ろに押しやった。その衝撃音は町の端まで響き渡った。
一瞬の隙も作らず、グレーイはくるりと回転し、次の攻撃をデュオルクの脇腹に打ち込んだ。痛みに耐えきれず、巨雲は思わず腰をかがめた。
「今のがバーダルの分!」グレーイが大声で咆えた。
デュオルクは反撃の回し蹴りをグレーイの顔面に叩き込んだ。雨雲は空中に吹き飛ばされ、ネフェリアの塔に衝突した。
間髪入れずデュオルクは、次の攻撃を仕掛けるためにグレーイの方に猛進した。しかしグレーイの方もすぐに立ち上がり、素早く手を広げて強力なツの玉を放った。それはまるで爆弾のように長に襲い掛かった。
「そして今のが、俺の分だ!!!」再びグレーイが咆え、ニカッと笑った。
長は腕で攻撃を防いだが、深い傷を負った。鋭い痛みを肋骨に抱えているのに、今度は両腕が痺れた。
町で最強の雲であるデュオルクでさえ、この短期間で雨雲がこれほど力をつけてくるとは予想外であった。本当にこの敵を倒すには、どうやら本気を出さねばいけないらしい…
デュオルクは空高く舞い上がった。大切な町を傷付けることなく、全力で戦うためだ。グレーイも後を追い、二つの雲の戦う恐ろしい攻撃音だけが、ネフェリアの町中に響き続けた。
デュオルクは雨雲の進化に恐怖と不安の念を抱いた。
雨雲を倒すことは出来るのだろうか?




