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ナーアヴェン~ある雨雲の物語~  作者: シャムローズ
第四章:グレーイの帰還
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~乱層雲~

~~ 進撃の巨人- YouSeeBIGGIRL/T:T

 その朝、デュオルクはヌベと隣り合わせで、静かに眠っていた。しかし、本能的に雲の気配を感じ取り、瞼を開けた。そして、ゆっくりと上体を起こし、座った。町の長たる彼の感覚は、最近特に研ぎ澄まされていた…


 雲たちが忘れ物でもして戻ってきたのか…そう最初は思った。だがすぐさま、胸にのしかかる奇妙で不吉な予感が、心をざわつかせた。


 その時だった。何百万という気配の中から、雨雲の存在を感じ取った。昔の記憶とはまるで別物の、不気味に変容した存在感。されど、ネフェリアの長たるデュオルクは、一片の動揺も見せなかった。遅かれ早かれこの日が来ることを覚悟していたからだ…


 不意に、デュオルクの脳裏に、、ある映像がフラッシュバックした。父から聞かされたアロイの眼差し、そして、その呪われたエルムへの判決直後に交わした、本物の眼差し…



 あの日、全ては計画通りに進んでいた。判決が下されるや否や、アロイは、かつてはただの建物だった、昔の村の牢獄に閉じ込められた。反抗することもせず、されるがままにされたいた。むしろ、楽しんでいるようにさえ見えた。しかし、恐るべきことに、ものの数分で脱獄した。


 デュオルクの父であるツィムが牢獄から離れた直後、なんとアロイはその建物ごと、町の長の眼前で吹き飛ばしてしまったのだ。評議会が張っていたナミアのバリアは、その力の前では形無しだった…こうしてアロイは空に舞い上がり、ツィムと副町長たちに挑戦状を叩きつけたのだ。


 そして、もし俺に責任を取らせたいのならば俺の家に来るがいい、と言い残した。そうして翌日、長と副町長は、アロイの住処を訪ねたのだった。 


 ツィムは雨雲との因縁にケリをつける心づもりであった。必要であれば、力を使うことも厭わない覚悟で。妻と息子は、最悪の事態になることを恐れ、考え直すように、と頼んだが、『名誉を回復するのは町の長の務めだ』と、暖簾に腕押しだった。それに、アロイを実の甥のように可愛がってきたのにも関わらず、その甥に裏切られたとなれば、自尊心が傷付かない方がおかしい。今回ばかりは、ツィムの決意は固かった。


 そうして、まだ幼きデュオルクはその日、祖父母の家に連れられていた。戦いの場から出来る限り遠い場所であるからだ…


 しかしデュオルクは、雨雲の住まいを知っていた。バーダルおじさんの家には何度も行ったことがある。なぜなら、ツィムの親しい友の中の1エルムだったからだ…


 しかし、不思議なことに、今まで一度もアロイとすれ違ったことがなかった。バーダルとノアの息子であるはずなのだが、いつも不在だった。時々夫婦が息子の話をするのを聞いたことはあったが、まるで腫れ物にでも触るかのような態度であった。


 母親から禁じられてはいたが、デュオルクは祖父母の家を飛び出し、まっすぐバーダルの家に向かってすっ飛んで行った。その道中、爆音が耳に響いてきた。その爆音は体を芯から震わせ、地面さえも揺れ動かすほどだった。


 突然、遠くの方で巨大な爆発が起こったのが見えた。大地は盛り上がり、分厚い土埃は舞い散った。バーダルの家の方からだ…幼いデュオルクはまだ飛ぶことが出来なかったが(何でも出来るデュオルクの、苦手なものの一つだった)、混乱状態とアドレナリンのお陰で思いがけず浮上し、戦いの場へと空を駆けて行った。


 どうやら周囲の住民は全て非難しているらしい。この戦いは危険で異例であることを、デュオルクは幼心ながらに理解していた。それでも、こんなに恐ろしい光景を目にするとは、予想だにしていなかった。その光景は、大人になった今でも胸に刻み込まれているほどだ…


 戦場の上空に着くと、大量の土煙と埃の他には何も見えなかった。家々は全て木端微塵に破壊され、すっかり瓦礫の山と化していた。避難指示を出したのは無駄ではなかったようだ…


 ゆっくりと地上に降りていく最中にも、下では新たな爆発が起こっていた。動揺で幼きエルムは、空中で翼をもぎ取られた鳥の如く飛べなくなり、そのまま地面に真っ逆さまに落ちた。混乱のど真ん中に転がり、最終的には、先ほどの爆発によって現れたであろう、クレーターの真ん前で止まった。その穴の中央から感じるジンは、間違いなく父のものだった…


 土煙が晴れたその瞬間、デュオルクの目に飛び込んできたのは、灰色の雲が立ったまま片足で、ネフェリアの長の顔を踏みつけている光景だった。長は重傷を負い、その周りには村の評議会委員や、最強と謳われる戦士たちが、意識を失った状態で倒れていた。既に手遅れとなった雲もいるようであった。


 デュオルクの心には、アロイがこちらに振り向いた瞬間、目が合ったあの瞬間のことが深く焼き付いている。その瞳は、まるで二つのブラックホールのようで、死を具現化したように、漆黒であった。そして瞳の奥を覗くと、死がこちらを見つめ返した気がした。


 しかし、アロイはデュオルクに指一本触れなかった。微笑みかけた後、空高く舞い上がり、姿を消した。残されたのは敗北し、失墜したツィムと評議会委員だけだった。


 その後まもなく、呪われたアロイが権力を握り、更にその後、その恐怖政治に幕を下ろすべく討伐部隊による「革命」が起こった。とはいえ、これがデュオルクの心の傷を癒すことはなかった。決してこの事件のことを忘れないだろう。命尽きる時まで、その心に刻まれた傷痕を抱えて生きるのだ。そしてあろうことか、その傷跡が灰色の雲の再来によって再び疼き始めていた。


 そして今、再び呪いに立ち向かう時が来た。グレーイはネフェリアの門前まで来ており、いつでも侵入できる状況だった。


 そっとデュオルクは自らの力を集めた。そのオーラはこれまでにないほど強大だった。ヌベは驚いて目を覚まし、叫んだ。


「何が起きているの?」


「奴が来る。」デュオルクは静かに答えた。


 ヌベは目を大きく見開き、その場で固まった。そして突然吐き気に襲われた。そして丁度その時、デュオルクの体が震え始めた。


 恐れからではない。むしろ興奮が抑えきれなかったのだ。やっと、この日が来たのだ… あの怪物が、再び我が愛する町の門を叩く日が! ()()()()


 しかし、ネフェリアの長は冷静さを失わなかった。城壁の前に現れたあの強大な力を、単なる大砲で止められるはずがない、と十分に理解していた。そして突然現れた、別のジンの存在も感じ取っている。このジンの持ち主は、雨雲より相当な手練れのようだ…


 どうやら怪物が怪物を連れてきてしまったらしい!


「ヌベ、ツィムを連れてここからできるだけ遠くへ行くんだ!」


 デュオルクは深刻な表情で、不安な気持ちを隠さず叫んだ。 今この巨雲が感じている力はザグニのものだ。


 ヌベは、その言葉を聞くや否や素早く立ち上がり、息子の部屋に駆け込んだ。愛する家族が危険に晒されている。今回は、敵の思うようになどさせるものか。


 一方デュオルクは、家の扉を勢いよく開け、そのまま閉めることも忘れ大きな塔へと向かった。これまでにない速さで飛び、ほんの数秒でネフェリアの塔の後ろに到達した。


 そして、牢の前に立つ守衛たちの元へ降り立つと、デュオルクはもう二つの存在が城壁に近づいているのを感じた。一つは強大で独特な力を持ち、もう一つは四つの中で最も弱い力だった。おそらく、グレーイの仲間だろう…


 この展開は予想できたが、デュオルクは、これほど強力な力の持ち主が、グレーイの仲間にいることまでは、考えていなかった。あの呪われた雨雲め、何を町に連れてこんだんだ?


 どうやら勝ち戦とは行かないらしい。それでもデュオルクは冷静さを保とうと努めた。


 『仲間と街に乗り込んできたということは、つまり…戦いたいということだろう。』と心の中で思った。『良かろう。戦いを望むなら、与えるまでだ!』


デュオルクはもう雨雲の前では震えまい、と誓った。

待ち望んだ対決の時が間もなくやってくる…

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