~高閣~
~~ ファイナルファンタジーX-2 - Seal of the Wind
山道を登るに連れて、気まずさが増していった。どちらの雲も口を開こうとしなかった。しかし、雨雲の頭の中では千にものぼる疑問が、浮かんではひしめき合っていた。もしバーダルが何か考えにふけっていなかったら質問したのに…頂上に近付いているのを見て、意を決してこう言った。
「ネフェリア村はどんなところなんだ?」
「そうじゃの、とても大きな村だ。最近の若いもんはわしらみたいにネフェリア村とは呼ばず、ネフェリアの町と呼んどるな。」
「ネフェリアの町…どんなところか見るのが楽しみだ。そこにはあんたみたいな雲がいるのか?」
「それぞれだが…そうさね、積雲しかおらんな…あとはわしみたいに年のいったものもおれば、お前のような若いのもおるな。それにわしやお前のような雄もおれば、雌もおる。まあ、着いた時に自分の目で見るが良かろう。」
「雄と雌だって?」と混乱した様子で雨雲は尋ねた。
「なんと…それは覚えておらんかったか。…まあ良いだろう。この世には2つの群がある。それが雄と雌だ。これらは異なる存在なのだが対をなす存在でもあるのだ。補完しあうとも言えるな。我々の社会の仕組みなのだよ。少なくとも雲の世界では。」
「ああ、そうか…わかった…」
本当はちっとも分かってなどいなかった。ただ、また「愚か者」と呼ばれたくなかったのだ。目的地に着いたらもう少し謎が解けるだろう、と自分に言い聞かせた。ネフェリアの町に住んでいる他の雲や、町の様子を細部まで観察するつもりでいた。足を進めるごとに期待もどんどん膨らんでいった。
「町に着いたら、自分がここに来た理由が分かるはずなんだ。」突然雨雲がきっぱりと言った。
「全くその通りだよ、小僧。」と、物思いにふけりながらバーダルが答えた。
頂上に着いた時、実は着いた場所はまだ頂上ではなかったことに気が付いた。本当の頂上はまだもう少し先だった。目の前にもう一つ山のようなものがそびえ立ち、ネフェリアの町はその本物の頂上の方にあった。なんて大きいのだろう…!雨雲はあっと息をのんだ。
残念ながらそれ以上は見えなかったが、空に浮かんでいるはずの雲が町の地面に触れ、厚い霧を形成していた。この霧に加え、巨大な白壁が周囲を取り囲んでいた。
「ご覧、これが町を囲む壁だよ。」とバーダルが言った。
「何のためにこんなものが?」
「何故だと思うかね?」と溜息をつきながらいった。「これはな、町とそれ以外を分ける為にあるんだ。誰が町にいて誰が出ていったかも分かるし、野生動物に町を荒らされることも阻止できる。」
「それは合理的だな。」
足取りはどんどん速く、軽くなり、どれほど村に着くのを楽しみにしているかが、傍から見ても分かるほどだった。バーダルは落ち着きなさい、と言いかけたが、結局クスっと密かに笑って、調子を合わせるに終わった。
城壁の中心部まで来ると、そこには木で覆われた、弧を描いた単純な形の門があった。目の前まで来ると、バーダルは数回扉を叩いた。すると、野太い声が向こう側からこう答えた。
「アンシャンバーダル、あなたなのですか?」
「いかにもわしだ。」もったいぶりながら言った。「…友を連れてきておる。」
「あぁ!」と声があがった。「それでよく分かりましたよ。」
轟音とともに門は持ち上がり始めた。遂にネフェリアの町、雲の町と対面する時が来たのだ。
長く太い綱で門を持ち上げている門番たちは、バーダルと同じように白く、そして同じ服を着ていた。間違いなくこれらも雲だった。雨雲に気が付くや否や、まるで雷にでも打たれたかのように硬直してしまった。
「なんと!?」と雲の一つが言った。「えっと…これは…」
「扉を閉めてくれるかね。」バーダルは簡潔にそう告げた。
それからまるで何事もなかったかのように、バーダルは再び歩き始めた。ところが、雨雲の方は気が張り詰めていた。後ろを探るように見ると、門番たちもこちらを注意深く見ているのに気が付いた。ショックを受けている様子だった。雨雲はあまりそちらを気にしないことにし、連れについていくために歩みを速めた。
そしてやっと、雨雲はネフェリアの町に辿り着いた。一目見てこの町が好きになった。石で出来た、ドーム型の小さな家で埋め尽くされている。まるで塗りなおしたばかりのように真っ白だった。滝や渓流が家々の間を流れており、まるで夢のような光景だった。
心安らぐ雰囲気がこの町にはあった。町の外のように薄い霧が漂っている。心地が良いのは、空に近いからだろうか?
一方で一番目を引いたのは、遠くに見える巨大な塔の存在だった。灯台か、もしくは祈りを捧げる塔のように見える。
「ネフェリアの塔に圧倒されておるのか?」アンシャンバーダルが言った。「ここからでは全体を見渡すことは出来ぬ。この村は山の反対側まで続いているが、そこに塔はあるのだよ…今からそこに向かうのだがな。」
「どうやってこんなに大きな塔を、山の上に建てられたんだ?」と雨雲が聞いた。
「わしらを甘く見てもらっては困る!」と誇らしげにせせら笑った。
しかし道を進むにつれ、住民たちの視線が強くこちらに注がれ、重くのしかかってくるのを感じた。見知らぬものが来たのを見て、全員が突然立ち止まった。ある雲はひれ伏し、またある雲は大急ぎで一目散に逃げて行ってしまった。
やはりここで引き返そうか、と考えるほどに居心地の悪さがどんどん膨らみ、雨雲を包んだ。
そこまで見るに堪えない顔なのだろうか?それとも息が詰まるほどの臭気を放っているのだろうか?とにかく、雨雲はバーダルに出会った時に言われた言葉の意味を理解し始めていた。わたしは結局歓迎されていない、招かれざる客だったというわけだ…わたしが雨雲だという事実が、この混乱を招いたのだろうか?いや…他に理由があるはずだ…
「気にするな、小僧。」とバーダルが言った。「あやつらの反応なぞ気にするな。ただ来客を迎えるということに慣れていないだけなのだ。お前さんのような村の外から来たものは、長らくおらんかったからな…」
アンシャンはギャップのある雲だった。見た目は荒々しいが、間違いなく知恵の雲だった。若い訪問者はまだ知らないが、彼を案内しているのはただ者ならぬ、ただ雲ではない!
この老雲の言葉に励まされながら、雨雲は再び周囲を観察することにした。ネフェリアの住民たちがいくら詮索しようと不審な目で見ても、それが友好的ではなくても、雨雲はうっとりとした様子で彼らを見続けた。
雲たちはみんな同じ肌の色をしていた。白とベージュの間だ。自分のような雲は一つとしていなかった。バーダルは嘘をついていなかったのだ…彼が言っていた通り、年老いたものもいれば、若いものもいる。そして雨雲は雄と雌の違いを正面から感じることになった。
彼の目には、雌の方が心地よく映った。しかし、彼女たちを見ることで心に広がる、この不思議な気まずさは一体なんなのだろう。それを聞く勇気はなかった…雄の方の美しさは全く違うものだった。彼らだって確かに十分魅力的ではあったのだが、もっと堂々とし、温和さが欠けているオーラを放っていた。
次に服装を観察し始めた。みんなバーダルが着ているのと同じ、葉が織り込まれた神父服のような長いワンピースを着ている。その下には茶色のタイツのようなものを履いているものもいた。彼らとは違って、雌の雲が着ているドレスはドレープがかかり、もっとカラフルだった。ピンク、青、緑、更には他の色まで。しかし、どれも淡い色合いであった。
「みんなが身につけているものはなんだ?」と雨雲が尋ねた。
そう、雨雲は服というものを知らなかったのだ…彼の相棒は黙ったままだ。まるでその質問が不快だったかのように眉をひそめた。
「何かマズイことでも言ったか?」と混乱した様子で旅行者は尋ねた。
「忘れておったわ。」長老は唇をきっと結んで答えた。「小僧…お前、裸じゃのう。」
「それが何か問題なのか?」と混乱したまま雨雲が聞いた。
「まあ、もう何年も、何千年も前から裸でふらついとるやつはおらん…動物以外はな。実際、こうしておるとお前さん、雲というより猿だな。」
「なんだと!?なんでもっと早く教えてくれなかったんだよ!」と自尊心を傷つけられ、主人公は叫んだ。「バカみたいじゃないか!」
「落ち着くのだ。」バーダルは笑いをこらえながら言った。「冗談じゃよ。見てごらん。みんなお前さんの誕生がつい最近のことだと気付いておる。時々こういうことがあるのだよ。」
「それでも早くその服とやらをくれよ!それに教えてくれ、雌雲向けのドレスを雄雲が着ることはできるのか?」
バーダルは突如雨雲の方を振り返った。メガネザルのように目をカッと見開いている。そして笑い声が弾けた。
「今度はなんだよ!?」霞のような髪の毛を激しく揺らしながら雨雲が吠えた。
「やれやれ全く…死ぬかと思ったわ…本当に…殺す気か!」大声をあげて笑いながら老雲は息を切らせた。「もう無理じゃ!」
雨雲は黙っていた。そのメッセージがどういう意味なのかを理解した。
「とにかく、もう歩くのには懲り懲りだ。」真剣さを取り戻したバーダルが言った。「睡蓮に乗ろうぞ。」
バーダルは水場を指さした。そこでは様々な方向に水が流れ出し、それぞれが、大量の緑色の浮き輪が浮かんでいるこの巨大な池を起点にしていた。それらは巨大な睡蓮の葉だった。8雲は乗れそうなくらい並外れて大きい。
仕組みは簡単だった。乗客はこの大きな葉の端に縁を背にして座り、それから様々な流れの中を漂った。この池は常に穏やかで静寂を保っていた。おとぎ話から出てきたような仕掛けだった。しかし、この睡蓮の駅はもう使われなくなっているようだった。
「これはなんだ?」雨雲は尋ねた。
「これのお陰で我々は移動が出来るのだ。なぜネフェリア中に水があるのか疑問に思わなかったか?小僧、お前がそれを聞かなかったことに驚いておる。」
「それで、誰もいないようだがいつもこうなのか?」
「最近の若い者は成熟するのがどんどん早くなっておる。つまりヴァハを使えるようになるのも早い。そうなると睡蓮の出番が少ない。今は交通機関というよりも…」
突然バーダルが口をつぐんだ。
「ヴァハ?空気の力のことだったよな?」
「待て、それについてはもう少し後で話そう…」
長老は2雲の雲影が走って近付いてくるのに気が付いた。警戒している様子の雲の戦士たちだった。彼らは訓練を受けており、その表情から察するに出動態勢を整えているようだ…正面から2雲の行く手を阻んだ。
彼らが口を開く前に、バーダルが溜息をついた。
「止まってください、アンシャンバーダル!」と片方の雲が叫んだ。「ここを通すわけにはいきません。失礼ですが、あなたの行動は理解を超えています!」
「どちらに行こうというのです?」と巨大な鼻しか見えないもう片方が聞いた。「何をネフェリアに入れてしまったかお分かりなのですか!?」
「お前さんよりは誰を招いたのかよく知っておるよ。」と怒りながらバーダルは答えた。「年上の者への挨拶の仕方も知らん若造に、答える必要はないわい…落ち着くのだ、若者よ。自分が何をしとるのかくらい分かっとる。その為にわしは塔へ行くのだ。」
「塔ですって!?」と、でかっ鼻が叫んだ。
彼らは敵対心を隠そうともしなかった。しかも雨雲に向けてはより一層、よりあからさまに、強い軽蔑の視線を投げつけていた。まるで今すぐ飛びかかろうとしているように見えた。
「ご冗談でしょう!?」と戦士は続けた。「長にそやつを会わせるのが、本当に良い考えだとお思いですか!?」
「大立者は事態を把握しておくべき、じゃろ?」バーダルは答えた。「もしやつへのゴマすりが終わったのなら、そこを通してくれぬか…もしお前さんが軍の模範雲だとどうしても見せつけたいのなら、我々に同行するのを勧めるが…いかがかな?」
数分後、バーダルと雨雲は、2雲の戦士に護衛されてネフェリアの塔に到着した。睡蓮での移動は心地よかった。気持ちの良い速度だった。子供みたいだが、雨雲はもう一周したかった。
もちろん、そんなことは言わなかった。こちらを厳格な様子で観察している戦士の前では無理だった。間違いなく、この町で雨雲は彼らとは正反対の存在だった。バーダルは、この雨雲に、雨雲とはどういう種族なのか、何を隠しておくべきなのかを話し忘れているようだ。雨雲は、他の雲と同じだとは考えられていないらしい…
しかし、なぜ?
この考えはネフェリアの塔を目の前にした瞬間に、どこかに消し飛んでしまった。この塔は巨人並みに大きい。300メートル以上はあるに違いない。これは間違いなく大建造物だ!
主人公が今やりたいのはたった一つだけ。上に登りたい!そこでは素晴らしい景色が待っているに違いない!残念ながら入口を前にして、言い争いはより一層激しくなっていた。戦士たちはこの異邦雲を、これ以上塔に近づけるつもりはないらしい。
「恐れる必要はないと言っただろう?」バーダル長老は念を押した。「ほんの数日前に生まれたのだ。こやつに何か出来ると思うのか?」
「ご年齢のせいで、このような無謀なことをしようとしているのでしょう!?」とでかっ鼻が答えた。「こいつを入れるわけにはいきません!我々が政府に知らせに行きます。塔に入ったって何の意味もありませんよ。もっとも、腹の底に何か考えを秘めているのなら話は別ですが、長老…」
「くだらん妄想だな!」年老いた雲は反論した。「わしに全幅の信頼を寄せることが危険ではないと分かっておろう?歴史の授業で習わんかったのか?え?」
「その通りです…」
バーダルが痺れを切らし始めたちょうどその時、突然力強い声が聞こえてきた。
「何事だ?」
その声はあまりにも強く響き渡り、みんなが口をつぐんだ。上から聞こえる…みんなどこからその声がするのかと空の方に目をやった。誰かがそこにいた。目がくらむような日光のせいではっきりとは見えないが…それは彼らの数メートル上に浮かんでいた。
新たなナニカが空からまっすぐ降りてきた。
下では、みんながその様子を見て硬直している。一体何物なんだ?




