~井戸~
~~ ドラゴンボール - 野性の少年
この物語の主人公は物凄い満足感に包まれていた。今までは何物でもなく、自分以外の存在を誰も知らなかったが、自分は雨雲という存在だと分かり、更に、自分と同じような生き物に出会えたのだから。もしかしたらあの老君は、最初の友達になってくれるかもしれない。雨雲はそう心に思い描いた。
しかし、分からないことは未だごまんとあった。そして、それを解消したくてうずうずしていた。
「バーダル、教えて欲しいことが山ほどある!」
「わしのことはアンシャンバーダル、いや、バーダルおじさんとでも呼んでくれ。殆どのやつからそう呼ばれておる。」と老君は答えた。
「アンシャンとはどういう意味なんだ?」
「年老いた住民には敬意を払って、こういう敬称を付けて呼んでおるのだよ。」
「わかった。では…アンシャンバーダル。」
隻眼の長老はそっと微笑んだ。
「教えてくれ、雨雲とは一体なんなんだ?」雨雲は即座に質問した。「なぜわたしはここにいる?それに、この階段の先には一体何があるんだ?」
「そんなに一気に質問するでない!まず、この階段の先に何があるかだが、頂上にはネフェリアの村がある。雲たちの大きな村だ。わしはそこから来た。」
「雲たちの村?つまり、そこにはわたしと同じようなものが他にもいるのか?」
「残念ながら違う。それに、お前はネフェリアには近づかない方がいい。」
「どうして?それじゃあわたしは何日も、無意味に歩いてきたのか!?どちらにせよ、せっかくここまで来たのに引き返すなんて出来ない。それに、あんたはどうなんだ?ここで何をしていた?」
バーダルは何も答えなかった。雨雲の表情を探るようにじっと見た。一見すると、雨雲がネフェリアに入ることを拒んでいるようだった。この若者のことを信用していないのか、それとも…何か隠しているのだろうか。
「わしも雲なのだよ。」と最終的にバーダルは打ち明けた。
今回は雨雲の方が不思議な表情を浮かべる番だった。眉を吊り上げ、口をぽかんと開けたまま固まっていた。どうやらバーダルも雲だと知ってショックを受けたらしい。…絶望もしたようだった。
「待ってくれ、つまり、あんたが言いたいのは…えっと…あんたとわたしが…似ている?」と雨雲は尋ねた。
「いかにも。ある意味そうだ。」とバーダルはにっこりして言った。「我々はどちらも雲なのだ。」
「そんな…ばかな…ありえない…そんなのは嫌だ!」
その言葉を聞いた途端、バーダルの表情が、雨雲が怯えるほど不意に変わった。顔には憤激の色が漲っている。「こんな厚顔無恥な奴を村に入れるだと?死んだ方がマシだ!」とでも言わんばかりだ。
「わしは雨雲ではない。わたしは積雲なのだ!」バーダルは叫んだ。「そんなことも分からないのか、この愚か者め!お前にぴったりの名前を見つけたぞ…愚か者だ!」
「違うんだ、待って、待ってくれよアンシャンバーダル!」と思わず言葉が口から出てしまったことを嘆きながら、雨雲はもごもご言った。「そういうことが言いたかったんじゃなくて…ただ、わたしは無知なだけなんだ。」
「なるほど、そういうことならお前の顔がどんな風なのか見せてやらにゃいかん。」とため息をつきながら年老いた雲は言った。「ついてくるといい、愚か者。」
今回は何も聞かず、大人しくこの老雲に従った。2つの雲は大きな階段の切れ目まで降りた。そこは傾斜が緩やかで、数メートル先に見るからに古そうな石の井戸があった。つい先ほど雨雲はすぐ横を通っていたはずだが、その時は頂上から来る存在に気を取られて、全く目に入っていなかったのだ。
「お前、これがなんだか分かるか?」と老雲が尋ねた。
「不思議だけど知っている。井戸…ではないか?」
「そうだ。知っていて当然なのじゃよ。我々は多かれ少なかれ生まれつき知識がある状態で生まれるのだ…よし、ほら、中を覗いてごらん。今は縁までいっぱいに水が溜まっているはずだ。」
もう一度、バーダルはこの雨雲に、彼が何物なのかを知る機会を与えた。日光のせいではっきりと見えず手こずったが、ようやく雨雲はおおまかな自身の姿を捉えることが出来た。
顔や、灰色の肌や、黒くて煙のような髪の毛で覆われている自分の姿を見た。自分が口を開けると、水面に映る影も口を開けた。次に、やたらめったら体を動かしたり、顔をしかめたりしてみた。まるで赤ん坊が鏡の前で遊んでいるかのような光景だった。そしてまた、自分が雨雲だと分かった時と同じくらいの達成感に包まれた。
「アンシャンバーダル、ありがとう!」と雨雲は嬉しくてしょうがない、という様子で言った。「お陰で自分についてたくさん分かった!あんたは本当に恩雲だ!」
「はいはい、いいからそこをどいてわしに水を飲ませておくれ。」
表情にこそ出さなかったが、バーダルは雨雲の言葉に愉悦を感じた。その両の腕を井戸に入れたまさにその時、不思議な音が鳴り響いた。まるで数百ものやかんが鳴るような音だ。バーダルは薄笑いを浮かべた。招かれざる何かが来るのに備えているようだった。
雨雲は数歩後ずさりした。初めて警戒心というものを覚えたのだ。ひょっとするとこの老雲についてきたのは間違いだったのだろうか。
「小僧、恐れるでない。」とバーダルは雨雲を安心させるように叫んだ。「大した事ではない。」
「何をしているんだ!?」と怯えきった様子で雨雲は尋ねたが、返事はなかった。
数秒後、その音は弱くなった。バーダルは雨雲の方に向き直り、腕をゆっくりと上げ、まるで手のひらを見せるかのように拳を開いた。その刹那、刺すような冷気の波がどっと体を突き抜けるのを感じた。あまりの出来事に中心を失って、地面に仰向けに転がってしまった。
雨雲は今何が自分に起こったのか分からず地面に座り込み、石のように身動きも取れず、頭の先からつま先までずぶ濡れになっていた。こらえていたバーダルも、若者の面食らった表情を見て狂ったように大声で笑った。雨雲はちっとも面白くないという表情で震えていた。そして
「バーダル!わたしに何をした!?」と突然叫んだ。
「まあまあ、落ち着きなさい、若者よ。すこーしナミアをかけたのだ。ただの水だよ。井戸の水だから冷たかったのだ。雲ならみんな出来ることよ。」
「ナミア?」突然雨雲の声のトーンが変わった。
「その通り!」とバーダルは優しく笑いながら続けた。「ヴァハは空気、ジメンは土、アーティシュは火、そしてナミアは水の力のことだ。」
「それ、わたしにも出来るのか?」
「小僧、さっきまでわしに似ていることをあれだけ嫌っていたのに、今度はナミアを教えて欲しいというのか?わしを馬鹿にしておるのか?」
この年老いた雲の笑い声は一瞬にして唸り声に変わった。老雲はこの雨雲の生意気さに納得できていない様子だった。この若雲は、なんとしてでも挽回しなければならなかった。
「一度もあんたのことを嫌いなんて言ってない!」と雨雲は訂正した。「あんたはこの惑星で出会った一番最初の存在だし、それをとても光栄に思っている。多くのことをあんたから学んだし、ただ、わたしはもっと学びたいんだ!自分が誰で、なぜここに居るのか知りたいだけなんだ!だから助けてくれ、アンシャンバーダル!」
「愚か者」の目がまるで宝物でも見つけたかのようにキラキラと光り輝いていた。本心からの言葉のようだった…し、実際そうであった。知る必要があると本当に感じていた。雨雲はバーダルを我を忘れたかのようにじっと、それも長い間見続け、ようやくバーダルは決心した。
「良かろう小僧、わしに付いてこい!」
「今度はどこに行くんだ?」
「ネフェリア村だ!」
雨雲は生まれて初めて満面に笑みをたたえた。
驚くべきことにバーダルは、彼の村に雨雲を案内することにした。
そこでは風変わりなもてなしが雨雲を待っている!




