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~帝王~

~~ Hunter × Hunter - 暗殺一家の館

 

 夜が明けるまであと数分。両手を合わせて指を組み、十数秒考え込んだあと、アグニズは話し始めた。


「カザンは、カルシネ大陸の西の鉱山の近くで生まれたんだ。すぐに一族の長となり、征服者への道を歩み始めた。手始めに近くの洞窟に向かって、そこにいた一族を容易く屈服させた。そして…そこでとあるエルムと出会った。最終的に彼女の心まで手に入れて、そのエルムを自分の妻としたんだ。 」


 パリはすでにあくびし始めていた。アグニズの話は予想以上に長くなりそうだ…


「それから間もなく、洞窟のすぐ近くで子どもが生まれた。運命に導かれるように、この子どもはすぐにカザンのもとへ向かった。それをカザンは運命の導きだと思って、その子を自らの後継者として育てることに決めた。つまり、その子はカザンと妻になったエルムの子として、迎えられたんだ。」


 話が進むにつれ、アグニズのオーラと表情が変わっていった。纏っている炎はジンとともに強まり、冷たい風は暖かくなっていった。


「カザンは結局家族を捨てて、征服の旅を続けた。アイツの帝国は人気に比例して拡大し続けた。ある日、自らを『キングエンペラー』と名乗りだした。世界中でヤツの武勇伝を耳にするようになったのは丁度その頃くらいからだな。それに加えて、行く先々で新しい妻と後継者をもうけたという噂もあった......」


 グレーイは、ふと身を起こしてあぐらをかいた。怒りが完全に消え去ったわけではなかったが、彼の好奇心が勝ったのだ。アグニズの話に引き込まれ、その続きを聞きたいという衝動が湧いてきた。


「アイツが洞窟で結婚したエルムは、絶望のどん底に沈んだ。それでも、アイツとの愛を信じ続けた。彼女は、カザンが他の奥さんやその子供たちより、自分たちを一番大事に思ってくれていると思い込んでいたんだ。」


 パリには、アグニズの話がどこへ向かっているのがさっぱり分からなかった。時間の無駄だと思い、彼を睨みつけた。彼女はアプルのことも気にかけていた。アプルはまだ回復しておらず、ジンはまだ非常に弱いままだった。あまり長々と話されると困ったことになる…


「さらに悪いことに、このエルムと子どもは一族全員から迫害された。」石炭は続けた。「彼女の家族でさえ、最後は彼女を見捨てた。誰も彼女に話しかける者はいなかった。どこに行っても軽蔑された。多くの者はカザンを偉大な支配者として見ていたが、同時に破壊者としても見ていた。特にこの一族では...」


「ねぇ、なんでそんなことアタシらに話すの?」パリが口を挟んだ。「無駄なこと話してる暇ないのよ?アタシたちは...」


「邪魔すんじゃねぇ、この雌()()()()!」アグニズは歯をむき出しにして怒鳴った。「てめぇ、羽を燃やされてぇのか!?」


 彼の表情が途端に険しくなった。再び目つきと姿勢が変わった。グレーイが対峙したのは間違いなくこのアグニズ、もう一方のアグニズだった!不思議なことに、パリは無反応だった。いつものパリらしくない。誇り高き白の貴婦人が、燃える炭に怯えているなんてあり得るのだろうか?


「えっと、俺は何をしゃべってたっけ?」アグニズは言った。「ああそうだ…たくさんの馬鹿どもはカザンの妻を、権力や悪意や金や、その他のくだらない理由目当てで帝王に惚れ込んだだけの、ある種の異常者と見ていた。彼女はそれでひどく苦しんだんだ。」


 グレーイはじれったくなってきた。体をもぞもぞと動かし続けている。指を口に持っていき、かじり始めた。ネフェリア以来、彼の中には多くのものが溜まっていた。この仕草は彼の不安の表れだった…


「そのろくでなしたちにとって、彼女は自分たちの誇り高き一族を屈服させた男の妻であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。彼女はそいつらに囲まれて待ち続けた...が、この世界で過ぎていく一日、一時間、一分、一秒が、このエルムにとっては拷問だった。」


 パリとグレーイは無言で顔を見合わせた。アグニズはまるで、自分の物語に自分自身が魅了されているかのようだった。空は少しずつ明るくなり始め、薄紫色に染まっていったが、場の雰囲気はそれとは正反対に、雰囲気はますます重くなった。アグニズのジンは高ぶったままだ。


 体力を無駄に消耗しない為に、パリは、自分たちのジンを隠す為に呼ぼうと思っていた精霊を出さなかった。アグニズがあまりに不安定になっていくのを見て、そうせざるを得なかったのだ。


「彼女はそこから去るべきだったんだ。」アグニズは続けた。「10年経っても、あのバカは戻ってこなかった...おそらくこの先の10年も、戻ってくることはないだろうな。それで彼女は気力も意欲もなくしちまった。たった一つだけ、この世から去らずにいる理由があった。それは、彼女が大切にし続けた子どもだった。その子だけが、彼女に残された全てだったんだ。」


 突然、アグニズの炎の髪が大きく広がった。その炎の強烈な光によって暗闇は消し飛んだ。彼の虚ろな目は、話を聞いていた友たちに向けられた。その視線は、無限の憎悪を含んでいた。


「それでも、ある日、彼女はこの世界を去ってしまった。」彼は震える声で言った。「自分で選んだわけではない。そんなことが出来る性格じゃなかった。でも、もしかしたら...子どもがいなかったら...自分で命を絶っていたこともあり得る…いや。彼女は強かった。でも深い悲しみに苦しんで…逝ってしまった…。その日、彼女は眠りから覚めなかった。もう息子は大きくなっていたが…でも…」


 そこで言葉が止まってしまった。アグニズはすぅっと息を深く吸い込み、またふぅーっと吐いてから空を見上げた。いまにも崩れ落ちそうだった。グレーイとパリは、まさか彼がこんなに動揺するとは思ってもいなかった。こんな状態の火のエルムを見て、いささか気詰まりを覚えた。


「彼女の名前はシタリア、俺は彼女を心から愛していた。彼女を愛したのと同じように誰かを愛することは、もう一生出来ないだろう….シタリアは俺の母の名だ。そう、俺はカザンの息子だ。後継者の一エレムと見なされているが、勘違いするな。間違ってもアイツは俺の親父じゃねぇ。アイツにそれを名乗る資格はない。アイツを殺すのは俺だ。この手でヤツを殺してやる!」



 完全な沈黙。アグニズの最後の言葉の後、誰も口を開こうとはしなかった。全てが明らかになった。アグニズはカザンの後継者の一エルム、つまり…息子の一エルムだった!パリの言う通りだった。彼はただの戦士ではなく、カルシネ大陸の王子だったのだ...


 グレーイはアグニズを好きにはなれなかったが、彼の話に共感はしていた。運命に呪われたエルムがここにもいたというわけだ。グレーイは考えた...この惑星で、幸せになれた魂は一つしかないのだろうか?それとも、例外なくすべての命が不幸に襲われるのだろうか?


 突然、巨大な鉤爪がアグニズの頭を後ろからつかみ、激しく地面に叩きつけた。やはりパリはじっとしていられなかった。グレーイはパリが動いたことにも、その音にも気が付かなかった。アグニズもまた、自分の話にすっかり夢中になっていて、気が付かなかったのだ…


「もう十分よ、アグニズ・カザン。あんたの話は聞き飽きたわ!」パリが叫んだ。「あと一つ覚えておくのね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!今度またアタシにあんな口の利き方をしたら、あんたの父親が助けに来てくれるよう、神に祈ることになるわよ!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!!」またもや豹変した石炭のエルムが泣いた。「フクロウとミミズクに違いがあるなんて知らなかったんだよ...」


「てめぇの目は節穴か?!?!」とパリは叫び、アグニズをさらに押しつぶした。


「うぅ...ほんどうに…ごめんなざい…」アグニズはかすれた声でつぶやいた。


 パリが彼を踏みつけると、グレーイは満足そうににやりとした。アグニズはその体に2つの異なる魂を宿しているようだった。こんなエルムは珍しい。そうこうしている間に太陽が顔を出し、3つのエルムと一羽を照らして、空を柔らかな青色に染めた。パリはアグニズから足を離しこう言った。


「さぁ、行きましょうか。」


「もちろん!」何事もなかったかのように立ち上がり、アグニズは答えた。


「アタシはグレーイに話しているの。」パリは冷たく言った。「あんたに付いていくつもりはないの。確かにあんたの話は感動的だったけどアタシ、あんたの為にカザンと戦うつもりはないの。アタシ、まともだから。」


「待ってくれよ、そしたらこれからどうするつもりなんだ?」アグニズが尋ねた。


「話すと長くなるわ。」パリは答えた。「その前にまずは、アプルを治療できるエルムを探さないと!」


「なぁ、聞いてくれ。もし俺を助けてくれたら、お返しに俺も君たちを助けよう!君たちのような仲間が必要なんだ!雨雲は強いし、君はもっと強いだろ?俺たちが出会ったのは偶然ではないと確信しているんだ俺たちが出会ったのは偶然じゃない!」


 その言葉を聞いて、灰色の雲は再び怒りがこみ上げてくるのを感じた。アグニズの話を聞いて感じていた同情は、一瞬にして消え失せてしまった。元気を取り戻したかのように突然立ち上がって、こう叫んだ。


「神のお陰とでも言いたいのか!?」


「ああ。」アグニズは静かに答えた。「俺らの運命を決めるのは神だ。」


「また神かよ!」グレーイは憤った。「この世界を作っておいて、こんな風に終わらせる臆病者どもだ!アイツら俺たちを助けてくれなかった…全く無意味な存在だ!」


 アグニズは何も答えなかった。


「なぜアイツらに助けを求めに行かないんだ?」グレーイが続けた。「ほら、あの上空にいるぞ!俺たちはお前の話に付き合っている暇はないんだ!」


 一方、パリはこのやりとりには特に興味を示していなかった。が、アグニズの提案には、いくつか引っかかるものがあった。そこで、彼女は口を挟んでこう言った。


「ちょっと待って、グレーイ!考えてみれば、そんなに簡単に断るわけにはいかないわ。もしネフェリアと戦争になったら...もう一つくらい仲間がいてもいいんじゃない?デュオルクの強さは知ってるわよね?アイツの軍隊から、()()()()()()()()を受けることになるでしょうし!」


「何が言いたいの?」グレーイが尋ねた。「アンシャンバーダルをネフェリアに残して、代わりにこの熱血野郎を手伝うってこと?」


「その通りよ。」パリは言った。「バーダルをデュオルクのもとに残しておくわけにはいかないわ。でも、今すぐ行ったところで、お隣の独房にぶち込まれるのが関の山ね。ちょっとは考えなさいよ。」



 アグニズは1エルムと一羽の会話から状況を理解し始め、この状況を駆け引きの材料にしようと思いついた。彼らのような存在は、世界のどこにでもいるわけではない。この機会を逃がすわけにはいかない!


「もし、俺の理解が正しければ、君たちは命の危険にさらされている!そうだろ?」彼は言った。「聞いてくれ、カザンと戦うために一緒に来てくれとは言わない。ここ、ベール大陸でとある物を探しているんだ。それを探すのを手伝ってくれ!もし手伝ってくれたら、君たちを助けるよ!」


「あんたがアタシたちを助けてくれるですって?どうやって証明するの?」パリは尋ねた。


「まあ、俺は約束は守るエルムだから...」


 こんな保証で納得していいのだろうか?


「で、何を探しているの?」とパリが再度尋ねた。


「それは、伝説の石...ハルの石として知られている。聞いたことがあるだろ?」


「ないわ。」パリは答えた。「はぁ…イライラしてきた…」


「せめて話ぐらいは聞いてくれ!」アグニズは主張した。「この石は、何千年も何万年も前にこの惑星に落ちてきたんだ。空よりも高いところから降ってきた石だと言うものもいれば......神のものだと言うものさえいる!」


「ああ、それね!」フクロウが叫んだ。「聞いたことがあるわ…でもただの伝説よ!」


「カルシネ大陸ではそうは言われていない...なんでも、願いを叶える大きなトカゲが中にいるらしい!」


「本当なの?」グレーイが尋ねた。


「あいつの話信じるわけ?」パリが言った。「でたらめよ!」


「いや、本当にそう言っていたヤツがいたんだ!」石炭が答えた。「神の宮殿の鍵だという噂まであるんだぞ!」


 その言葉を聞いて、アプルにちらりと目を向けたグレーイは、すぐにアグニズに向き直った。


「ただの噂よ。」パリはため息をついた。


「そうかもな。でもカザンがこの石を探しているんだ!アイツのことだから、何か知っているに違いない。ヤツより先に見つけたいんだ。ヤツがこの石を手に入れ、本当に噂通りの驚異的な力を手にしたら、世界中とオサラバしなくちゃいけなくなる。君が誰を救おうが、最終的には結果は同じさ。」


 もし彼の言うとおりの事態なら、それは想像していたよりもはるかに深刻なものだった。しかし、そのときグレーイがした質問はただひとつ。『ハルってどういう意味?』だった。


「それが分からないんだ。」アグニズは答えた。「この石にまつわる多くの謎の内の一つが...」


「それで、どこを探せばいいのか見当ぐらいはついてるの?」パリは怪訝そうに尋ねた。


「おうよ!!!!!!!!」アグニズは叫んで、自慢げに笑った顔を輝かせた。「カザンが他の土地を征服し、他のエルムを見捨てるのに躍起になっている間、俺は石に専念していたのさ!その石のありかを知っているものから、話を聞いたことがある。ここから東に行った奥まったところに暮らす一族、ディオネ一族が持ってるらしい!彼らの村は、水と木の間に隔てられているから、すぐに分かると聞いたのだけど...」


「どう思う?」パリはグレーイに向き直った。


「おい、せっかく貴重な情報を教えてやったんだぞ!」強い口調でアグニズは抗議した。「これは、俺が君たちを信頼している証拠だ!」


 雨雲には、アグニズに同行する気など一切なかった。それほど、雨雲の目にこのエルムは奇妙に映ったのだ。しかし、それでもグレーイは、直接自分から断るのは避けたかった。そうでなければ、『負けて悔しいからついていかない』と思われそうで、それが嫌だった。それに、パリがこの取引に応じないことは分かっていた。だから、かなり偽善的にこう言った。


「君に任せるよ、好きにして!」


「それなら、アタシたちも一緒に行くわ!」とパリは言い放った。灰色の雲の愕然とした表情の前で。


 グレーイは耳を疑った!パリがどうして『狂ったやつ』と一緒に行くことにしたのか理解できなかった。


「パリ、本気なの?」雲は眉をひそめた。


「あんた、アタシがエルムの話に首を突っ込むのが好きだと思ってるの?」フクロウがため息をついた。「彼の話が本当なら、事態は急を要するわ。ネフェリアも、アタシの生まれ育った森も、神の園と同じようになってしまうかもしれない。それだけは、どうしても避けたいの。そして、今最優先すべきはアプルでしょ?」


「そうだな、俺らが行くところにはヒーラーがいるのは確かだ!」 燃えさかる石炭が付け足した。


「心配しないで、グレーイ。彼があまりにもうるさかったら、アタシたちに出会ったことを一生後悔させてやるわ。聞いた?石炭さん?これからは自分の行動に気をつけて生活するのね…。」


 あまりの冷酷さに思わずアグニズはゴクッと唾を飲み込んだ。グレーイは歯を食いしばり、遠くを見つめていた。彼は何も言わなかったが、何を考えているかは想像できた。この火のエルムと旅をしている自分を想像すると、苦い味がした...


「ただし、最後にひとつだけ条件があるわ!」突然、白の貴婦人が叫んだ。


「なんだいお嬢様?」アグニズは返した。


「あんたがアタシの食べ物を調達する係ね!」


「ほほー、じゃあお腹を空かせておいてくれよ!」アグニズは満面の笑みで言った。「ディオネ一族が隔絶されたのにはわけがある...エルムの一族では珍しい、肉食なんだ。」


主人公たちに新たな仲間が加わった...アグニズだ。

そして今、彼らは謎に包まれたディオネの村へと向かった。

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― 新着の感想 ―
アグニズの過去が語られるたびに、その炎のような言葉が胸に迫ってきて、思わず心が焦げそうになりました。深い悲しみと怒りが渦巻く中でも、誰かを守ろうとする彼の強い意志には、静かな感動を覚えます。そして、パ…
ここに来て新しい要素が増えてワクワクしますね。願いを叶えるトカゲですか。なかなかのパワーワードですね。それに肉食のエルムというのも、ワイルドで面白かったです。今回も楽しく読ませて頂きました。
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