~石炭~
~~僕のヒーローアカデミア- 引き継がれた力
アグニズが思った通り、台地のふもとまで炎は広がっていなかった。アグニズはパリと向かい合って座った。張り詰めた空気が2エルムを包む。アプルとグレーイは傍らに横たわらせた。両方とも意識がない。暗闇は依然として辺りを覆っていたが、アグニズの燃え盛る炎が、周囲を照らしていた。
「こんな風にするつもりはなかったんだ…」と、うなだれながらアグニズが口を開いた。「ごめんよ…」
今回もまた、先ほどとは違うエルムが話しているかのように見えた。まるで、複数のエルムが一つの身体に同居しているかのようだった。パリはいつも通りの調子で率直にこう尋ねた。
「あんた誰?何が目的なの?」
「俺はアグニズ。ただの石炭のエルムだよ。実は、君たちに出会った時は丁度、生き残ってるエルムがいないかを探していたんだ。」
「それでアルドン帝国の一味じゃない、と言い張ったと…」
「帝王なんて大っ嫌いだ!実は、俺の目的はカザンを殺すことなんだ。」
パリはプッっと吹き出した。炭のエルムは眉根にしわを寄せ、目を細めてパリを見た。そこには断固たる勇気と決意が赤々と燃え上っているのが見て取れたが、白の貴婦人にとってはただの悪い冗談にしか聞こえなかったようだ。
「殺すですって!?あんた、本当にカザンを殺したいの?キングエンペラーを?混沌の騎士を?カルシネ大陸の全ての民族を束ねてる帝王を?太陽の力でさえ手に入れたと言われている帝王を?ねえ、あんた、アタシをバカにしてるわけ?」
「してない!」
「『してない』?あいつが世界最大の軍隊を持ってるの、知ってんの?あんたバカなの?」
「俺はヤツの軍隊すべてを倒したいわけじゃない...俺が殺したいのは、ヤツだけだ!」
「いい加減にしてよ。」パリは真面目な顔に戻って言った。「あんたはあの野郎の足の指一本にだって及ばない!」
「ああ!そうだ!だから助けが必要なんだ!」アグニズは彼女の目をまっすぐに見ながら答えた。「生き残りを探していたと言っただろ?実際、君のようなやつを探していたんだ!俺には、この出会いがただの偶然には思えないんだよ…」
「ふーん、そう?あんた、アタシたちがあんたのこと助けるとでも思ってるの?本当に馬鹿ね!あんたの冒険に付き合ってたら命がいくつあっても足りないわよ。アタシは親切だからもう一回言うけど、あんたはいったい誰なの?答え方には気を付けることね!」
「お、俺は…」
突然、波がザザーッと押し寄せ、アグニズを遠くへ突き飛ばした。地面に激しく叩きつけられ、100メートル先の地面に激突した。
「これは腕を焼かれたお礼だ!」意識を取り戻したグレーイが叫んだ。
完全に体を起こせず、先ほどの戦いでまだ疲れ果てているようだった。しかし、その目には計り知れない怒りが宿っていた。次の攻撃が来る前にパリは慌てて叫んだ。
「ちょっと待って!彼は...」
「当然の報いだ!」グレーイが遮った。「腕の感覚がないんだ!くそっ!」
そう言って、グレーイは辺りを見回した。そしてついに、アプルがすぐ隣に横たわっているのを見つけた。
「パリ、この子は...」
「ええ、心配しないで。」フクロウが答えた。「本当に奇跡よ...でも、ここに運んできたのは、こいつよ。」
愕然とした様子で、グレーイは顔をそむけた。直近の出来事を消化しきれていなかったのだ。一方、アグニズは、ゆっくりと彼らのところに戻ってきた。
「本当にすまない。」彼は目を伏せて言った。「仕方がなかったんだ…君は狂ったように暴れて、本気で俺を殺そうとしていた。正直死にたくなかった。だから自分を守っただけだ…それに、アーティシュはほとんど使ってない。」
「何をだって?」グレーイが言った。
「アーティシュは火の力よ。」パリが答えた。「ナミアは水の力で、それと同じようなものよ。」
「ふーん、そう。」グレーイはそっけなく言った。「パリ、本当にこいつ何なんだ?俺のこと気が狂ってるって言うけどさ、どう考えてもおかしいのはこいつの方だろ!態度が2秒おきに変わるって、おかしいだろ!?」
アグニズは困惑していた。いつものように、口元がひきつったような表情を浮かべている。答えたくないらしい…
「そんなことどうでもいいけどね。」グレーイは続けた。「こいつは火のエルムだ!この土地をめちゃめちゃにしたヤツの仲間だろ?なんでこんなヤツと話すんだよ、パリ!」
「確かに俺は火のエルムかもしれないが、アルドン帝国とは何の関係もないんだ!調査兵団は群れで行動するものだ。狼と一緒さ!でも見ろ、俺は独りっきりだぞ!」
「調査兵団?!」グレーイは叫んだ。「これをやったのは、調査兵たちなのか?」!
「誰だと思う?」アグニズが尋ねた。「もしこれをやったのが戦士たちなら、君と俺はここでこうやって話しているどころじゃないだろうな。でも安心するなよ。ヤツらは必ず来る。たいてい、日が昇るのを待ってな。」
「ハァ!」グレーイは叫んで、必死に立ち上がった。「パリ、戻らなきゃ!他にも生き残りがいるかもしれない。置き去りになんてできない!そして、アンジールも、もしかしたら...」
その言葉を言い終わらないうちに、アグニズは遮ってあっけなく言った。
「無駄だ。」
「何だと?!」灰色の雲が怒鳴った。
「みんな死んだよ。徹底的に探したんだ。でも、この地域で生き残っているのは、本当に君たちだけだった。嘘じゃない。」
『みんな死んだ』だって?グレーイには、とてもその言葉を信じることが出来なかった。神の園と呼ばれるベール大陸の、広大な地域に住むエルムが、みんな?パリの考え通り、この場所の可哀そうな住民たちは、あのような急襲に耐えることはできなかった。それでもグレーイは信じたくなかった。
「そんなことありえない!絶対に生き残っているはずだ!そして、アンジール...アンジールの家に行って、家族を紹介してもらうはずだったんだ!パリ、行かなきゃ!」
「アタシが生き残れたのは精霊のおかげだし、あんたが生き残れたのはアンジールが作ってくれた、ジメンのドームのお陰よ。」パリは答えた。「あの攻撃は突然で、あまりにも速く、非常に正確だった...。他に生き延びたエルムがいたとしたら、不思議なくらいよ…」
アグニズは、この悲報を告げたことに罪悪感を感じていた。その表情を見れば、この石炭が一番辛い思いをしているように見える。大切な存在を失うということがどれほど苦しいことなのか、痛いほど知っているようだ…
無音の数秒間が流れた。グレーイは狼狽し、全身が震え、瞳さえもあちこちに動いていた。もう誰も話を続けようとしなかった。そんな時、黒いエルムが重苦しい沈黙を破った。
「火が全てを焼き尽くしていないにしても、きっと煙にやられたに違いない。」そう呟き、哀れな主人公からすべての希望を消し去った。「こんなこと言いたくなかったが…」
またしても、グレーイは持っていたものすべてを奪われた。ネフェリアの警告は最初から正しかったのかもしれない.…。本当に自分は呪われている存在なのだろうか…。しかし、それでは未来はどうなるのだろう?世界を知りたいという夢は次第に崩れていった。もう限界だった。
グレーイはゆっくりと腰を下ろし、横になった。アプルの、半分焼けただれた顔をじっと見つめた。もし自分がここに来なければ、こんなことにはならなかったのだろうか。この災難を招いたのは本当に自分なのか?
「もうここには長くはいられない。」アグニズは周りを見回しながら言った。「信じてほしい。夜明けまでいたら手遅れになる!」
パリはかなり長い間、彼の話を聞いてきた。このアグニズとかいうヤツは、どうも気に食わない。どんなに親切な石炭のフリをしていても好きにはなれなかったし、信用もしていなかった。もちろん彼女は偽善的なタイプではなかったから、こう告げた。
「私はパリ、白い貴婦人。灰色の雲はグレーイ、そこのリンゴみたいに赤いのはアプル。だからアグニズ、よく聞きなさい。アタシたち3エルムはあんたについて行くつもりはない。」
「な、なんだって?」 と火のエルムは口ごもった。「でも、俺は...」
「あんたね、そうやって花みたいに突っ立てれば、まるで昔からの友達みたいに、アタシらが黙ってあんたに付いていくとでも思ってんの?」と白の貴婦人は怒鳴った。「アタシはね、今起こったことにもうウンザリしてるの。まるでウンザリすること以外やることがない、ってくらいにはね!あんたのエルム生もカザンのエルム生も、アタシにとっちゃどうでもいいことなのよ!」
「待ってくれ!」突然アグニズが叫び、頭の上で炎がたなびいた。「えっと…その…分かったちょっと待ってくれ。本当のことを言うから!」
「あら、やれば出来るじゃない!」パリはバカにするように笑った。「わたくし、あなたがそう仰るのを、お待ちしていたのよ?」
「ただ、連中がもしこの近くを通れば、すぐに見つかってしまうかもしれないことも確かだ。だって俺たちは...」
「ねえ、アタシが誰だか忘れてない?マジマルなのよ?」フクロウは誇らしげに言った。「精霊を呼び出すことができるの。アタシたちの姿を隠す事なんて朝飯前!だから、さぁ、話しな!!」
"燃える石炭 "アグニズは、ついに真実を告げることに決めた。
パリとグレーイは、自分たちの真の相手が誰なのか、まだ知る由もなかった..




