~万赤~
~~ 憂国のモリアーティ- Crossing point
グレーイは完全に固まってしまった。一体何が起こっているんだ…?全く理解が追い付かない。でも、一つ素早く理解できたのは、自分の姿がネフェリアの住民には見えていないということだ。もう一度瞳を閉じた。すると今度はどこか暗い場所に移動した。地下にある長いトンネルのようだ。そのうち声が聞こえてきた。
「このクソガキ!よくもそんな口の利き方を…!長がここにわしを置いたからといって、そんな風にわしに話しかけることは許さんぞ!!!」
この声はよく知っている。聞いた途端、顔に笑みが広がるのを抑えられなかった。アンシャンバーダルだ。しかし、バーダルを見ようと振り返ると、老雲がヴァハを障壁に放ったところだった。グレーイは驚いて、後ろにひっくり返った。
バーダルは薄気味悪い部屋に閉じ込められているようだ。起き上がりながらまた瞳をつむると、また違うところに飛ばされた。少しの間しか師匠を見られなかった…
今度は大きなホールにいた。眩暈がするほど非常に大きなホールだ。そして、不思議なことに(既に十分不思議な状況だが)炎が踊り、歌っている…
グレーイの視界はぼやけた。何が起こっているのかよく見えなかった。酷い吐き気に襲われ、歓声を上げながら彼の周りを取り囲む無限の炎の前で、ぐったりと倒れてしまった。目を閉じるとやっと音が鳴りやんだ。
瞼を再び開けると、再びすべてが消えていた。彼はもうネフェリアにおらず、炎の影も消えていた。雨雲の手を握って微笑んでいるアンシャンドラクトの部屋に戻っていた。グレーイは慌てて手を離し、1メートル以上後ろに飛び退った。ドラクトは腕を下ろし、開けたときと同じようにゆっくりと目を閉じた。
「大丈夫ですか?」グレーイの変な様子に、アンジールが心配そうに尋ねた。
「あなたもアレを見たのですか!?」目をカッと大きく開きながらグレーイが尋ねた。
「はい。」にっこりとアンジールが微笑んだ。「おじに気に入られたようですね。あんなに嬉しそうなおじを見るのは久しぶりです!」
「違う!炎だ!炎は見ました!?」
「炎…?」混乱した様子でアンジールが小さく聞いた。
「声を…声を聞いたんです…カザン帝王がなんとか…」
「なんですって?」緑のエルムは、突然真面目な顔つきで聞き返した。「何を聞いたのかもっと詳しく教えてくれませんか?」
「あまりハッキリとは分からなかったのですが…」少し震えながらグレーイが答えた。「カザン帝王が戻ってきた、と…そう何回も何回も言っていたと思います…歌っていたみたいだった…」
「誰が?」
「ほ、炎です…」
アンジールははっきりと不安な表情を浮かべた。眼球がありとあらゆる方向に動いた。カザンの名を聞いた途端、態度が一変した。
「僕のおじは、世界で最も偉大な科学者の一エルムだったんです。旅と経験に満ちた、とても充実したエルム生を送り、他のエルムが誰も知らないようなことも知っていて…妹によると、彼は精霊と交信することさえできるとか…」
「ああ!パリが会わせたがっていたのはアンシャンドラクトか!」
「どういうことです?」アンジールが聞いた。
「俺は、エルム生の意味と起源を探し求めているんです。特に俺のを!ここに来たのは、神に会う為なんです。だけれど結局、手の届かない存在でした。しかしパリが、ここには俺を助けてくれるエルムがいると教えてくれたんです…それは間違いなく、あなたのおじさんのことでしょう!」
「分かりましたがしかし…なにせおじはあんな状態なので、期待にはお応えできないかと思います。」
グレーイはがっかりし、唇をきっと結び、眉をひそめた。沈黙が流れた。アンジールが彼にそっと近付き、雨雲の両肩にそれぞれ手を置いてこう言った。
「あなたはパリと同様、僕たちの大事なお客様です。好きなだけここにいてくれて構いません。お部屋も準備バッチリなんですよ。ここの真下です。」
「おもてなしには感謝しますが、お言葉に甘えるわけにはいきません。それに、俺のせいであなたたちに迷惑をかけてしまうかもしれないんです!」
「あぁ、ここではそんな厄介ごとは起こりませんよ。雨雲にまつわる話なら僕たちも知っています。そんなに心配しなくても大丈夫。全く気にしていません!ここを我が家だと思ってくださいね、グレーイさん!」
その言葉が胸にじんわりと温かく広がった。こんな風に迎え入れられるなんて想像もしていなかったのだ!今回こそ、雨雲は警戒を解いた。しかしアンジールはおかしな表情を浮かべたままだ。何か心配事でもあるかのような…グレーイが先ほど見た物と関係があるに違いない。
時を同じくして、パリは裏庭にある、大きな栗の木の上に留まり、ゆっくりと待っていた。これから起こることをつらつらと考えながら…。眠ったら答えが出ると思った。眠りはいつだって全ての答えをくれる。だが、まどろみかけた時、何物かの声で起こされた。
アンジールが突然、裏庭に通じる引き戸をガラガラッと開け、グレーイを連れて天文台から出てきたのだ。パリは狸寝入りをすることにした。グレーイには全てお見通しだったが、そんなことはどうでも良かった。花の甘いかおりが鼻腔を満たし、何も気にならなくなったのだ。
裏庭はその美しさもさることながら、とにかく大きかった。竹で出来た小さな噴水がポツポツとあり、ジグザグと続く小道があちらこちらに伸びている。植物は石で出来た高さのある花壇の上に植えられ、その周りを花々が取り囲んでいる。アンジールは、大きな庭の両端に左右対称に植えられている果物の木も見せた。グレーイが好きなように食べられるように。
誰かがきちんと手入れをしているに違いない。間違いなく、さっき部屋ですれ違った真っ赤なエルム…アンジールの妹さんだろう。
「グレーイ、さきほど炎を見たと言っていましたね?」突然緑のエルムが尋ねた。
「はい。アンシャンバーダルが、暗いところに閉じ込められているのを見た後で…炎が、炎がたくさん...!帝王の帰還を…嬉しそうに叫びながら…そんな感じで…とっても…変でした…!」
「分かりました。」アンジールが口角をほんの少しだけ上げながら言った。「そのことについては、また後ほど時が来たら話しましょう。今は僕についてきて!」
アンジールは庭の奥に広がる、広大な耕作地を見せてくれた。少なくとも400から500平方メートルはある使われていない土地で、大きなテニスコート二面分ほどはあった。
「妹が僕に残してくれた部分なんです。」溜息をつきながらイチジクの葉のエルムは言った。「僕も妹も土いじりがとても好きでしてね。それで、ここで野菜でも育てようと思っているのですが、農作業って本当にやる気がないと出来ない作業で!これにかける時間がないのが本当に残念…」
「つまり、俺にやって欲しいと…?その畑を…?」
アンジールは笑った。どうやらそういうことではないようだ。突然しゃがみ込み、手のひらを地面に置いた。すると地面が震え、動き出した。もう片方の手も置き目を閉じた。すると畑だったところが大きな丘になり、その丘が更に形を変えて土で出来たドームへと形を変えた。
この男は物凄いパワーを持っている。しかし、立ち上がろうとしたその時よろめいて地面に倒れてしまった。無理もない。大量のジンを使ったのだから…。
「あー、もうダメだ!気に入ってくれると嬉しいのだけれども!」グレーイの方を向きながらアンジールが言った。
「えっと…俺は夢を見ているのかな…これは家…?」グレーイが動揺しながら言った。
「いやいや、ただの土で出来たドームですよ。」笑いながらアンジールが答えた。「家はこんなに簡単には作れません。でも、ジメンで出来た分厚い層が3つあるので、ここでトレーニングできますよ!入口を作ったら完成です。」
「地面…?これは土…?ちょっと、待ってください!どうして俺が今からトレーニングをしようとしてることが分かったんですか!?」
「やっぱりね。僕はナミアとジメンを操れるのです!パリが、あなたがバーダルの元で修行していたけれど、上手くいかなかったと教えてくれました。だから、ここでもトレーニングを続けたいのではないかと思ったのです!」
「あぁ、それだけは知られたくなかったのに!」雨雲はうめいた。
「恥ずかしいことではありませんよ!」ハハッとアンジールが笑った。「いいですか?大事なのは諦めないことです!」
そう言うと手をドームに置き、そこに裂け目を作って見せた。他にも上の方に同じようなものを作った。入口だけでなく、窓まで作ってくれたのだ!
「ほ、本当に心からお礼を申し上げます。」大いに感心した様子で、口ごもりながらグレーイが言った。
「ちょっと、そんな話し方はやめてくださいよ!ご存じの通り、お客様をお迎えするなんて滅多にないことなんです。僕がこうやっておもてなしするのは当然のことです!」
「だけど…俺は雨雲だし…」
「だから何だっていうんです?言ったでしょう?全く!気にして!いないと!ゆっくりくつろいで、満喫してください。でも、僕はそろそろ行かないと…やることがたくさんあるので…」
「あぁ、もちろんです!」
「ではまた後ほど寄りますね!ではごゆっくり、グレーイ!」
「あなたも気を付けて!色々ありがとう、アンジール…」
グレーイは最後の言葉を言うのに戸惑った。アンジールの表情は、先ほどまでの厳粛で、真剣な表情に戻っていた。何かが彼の心を深く揺さぶったのだろう。何も言わずに行ってしまったが…
グレーイの方はすっかり彼を信頼していた。何が何でも独りぼっちでいようと決めていた彼に友達が出来たのだ。アンジールは、それ以外であるはずがないほど誠実だった。この世界は、思ったよりも悪いところではないかもしれない…ただ、間違ったタイミングで間違った場所に生まれてしまっただけで…
ドームの中には、先ほどアンジールがドアと一緒に作ってくれた窓から差し込む光が満ちていた。彼は全部計算済みのようだ。
「俺を迎えてくれたベール大陸に感謝します!ベール大陸万歳、神の園万歳!」
そして腕立て伏せを始めた…が、またしても邪魔が入った。ドームの中にヴァニラの香りをまとった木の香りが入り込んできた。ナニカがそこにいる!グレーイは起き上がり、目の前にある葉っぱを見た。その葉っぱは輝き、風になびいている。反射的に雨雲はそれを捕まえようと思ったが、あっという間に消えてしまった。
「バーダルの弟子をお迎え出来て嬉しいぞ!」陽気な声が言った。
グレーイはいたるところを凝視した。左、右、そして上を向くと、そこに光り輝く葉っぱが、彼の前にぷかぷか浮いていた。グレーイは固まってしまった。ひょっとしてこの葉っぱが…
「おいおい、まさか何も言わないつもりじゃなかろうな?こんなことならロカルンの娘さんに会いに行くべきじゃった…今頃間違いなくべっぴんさんになっとることだろうて。」
「あ、あなたは一体…?」
喋る葉っぱ…主人公はショック状態にあった。.
近々、エルムたちは集まり、この地域の未来を決める…