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~雨雲~

~~アスラズラース - 震える心(Piano Solo)


 パリは黙っていた。グレーイはじっと、耳元でヒューヒューと鳴る風の音を聞いて返事を待った。パリもこの件について触れたくないのだろうか…


 一方、パリのこともよく知らなかった。一回しか会ったことがないし、パリについて知っていることと言えば、バーダルが話してくれたことくらいだ。とにかく、悪いフクロウではなさそうである。雲の兄弟だと自称するあいつらの魔の手から救ってくれたんだから…


「ごめん。」きっと不躾な質問をしてしまったんだと考えながらグレーイが言った。


「なんで謝んの?ちょっと考えてただけ。どっから始めるべきかなって…」


「なんだ!」


「随分前のことよ。先に言っておくけど、アタシも大まかなことしか知らないからね。」


 日が落ちてきた。星が姿を現し始め、月の輝きがどんどん増していく。昼間の光がほのかに残る頃、パリがネフェリアの話をし始めた。アンシャンバーダルと…その息子の物語を。


「ひょっとするともう知っているかもしれないけど、エルムはありとあらゆるもので商売をしているの。木や粘土、果物に野菜…ネフェリアの場合は水ね。あの甦りの水のことよ。商い屋たちはよく遠い市場まで足を運んでいたわ。バーダルもその中の…」


「アンシャンバーダルは商い屋だったのか?」


「それどころか、リーダーだった。それはさておき、ある日、彼らが南に向かっている最中、ある驚くべき出会いをしたの。彼らはある子供の雲と出会った…雨雲の子供と!」


「雨雲!?じゃあアンシャンバーダルはわたしと出会う前に違う雨雲と出会っていたのか…」


「そう、でもそれは随分昔の話よ。バーダルはまだ『アンシャン』じゃなかった時代。もっと若かったわ。アタシが生まれる前の話ね。」


「そっか…パリも大人として生まれたの?」


「大人として?」パリがははっと笑った。「マジマルはエルムとは違うのよ。アタシらは子供を産める。みんな例外なく赤ん坊として生まれて、アタシらの親は生物的な親よ。エルムの場合は養親だけど。」


「どういうこと?」


「エルムの子供は、雄のエルムと雌のエルムの元へと行くってことだけ覚えておきなさい。その2雲が子供の世話をして、その子が大人になるまで一緒に生活するの。こうやって子供にとっての親になっていくのよ。」


 グレーイは首をほぉ、と縦に振った。親とはなんなのかは知っていた。ウルナーが前に、何度か彼女の親について話してくれたことがある。パリはこう話を続けた。


「雨雲の子供の話に戻るわね…一行は村までその子を連れていくことはできなかった。だいぶ遠くまで来てしまっていたから。だからその子も一緒に旅してもらうことにしたの。バーダルが面倒をみたらしいわ。それから、ネフェリアに戻った後、バーダルとノアが引き取って、アロイと名付けたの。」


「ちょっと待って。雨雲が、そうも簡単にネフェリアに受け入れられただって!?」グレーイが驚いた。「それで、アンシャンバーダルがその雨雲の父親!?あとノアって誰だ?」


「ノアはバーダルのパートナーだった雲よ…それで、当時、村と雨雲の間でいざこざが起きたことはなかったの。ただいくつか雨雲に関する伝説があっただけ。アロイはみんなに愛された。驚くべきことよ。しかもなんでもすぐに出来るようになった。とっても強かったわ…あんたと真反対ね。」


「なんで知ってるの!?見てたの!?」


「あんたにどれくらいの価値があるのか知りたかったのよ。」はぁ、と溜息をつきながらこう続けた。「アタシがどれだけがっかりしたか分からないでしょ!まあいいわ。黙って話を聞いて。この話をするのは結構イヤなのよ。こうやって毎回遮られたんじゃ困るわ。」


 グレーイはパリの背中に頭を預け瞼を閉じた。今日は疲れた…夜の静寂の中、白の貴婦人のフワフワとした背中の上に乗っているのは気持ちがよかった。パリの声には催眠術の効果があり、とても安らいだ。しかも話し上手で、どれだけつまらない話だと言っていても、彼女自身話すことを楽しんでいた。


「アロイは甘やかされた。雌の雲たちに愛され、雄の雲たちからは慕われていた。」パリが続けた。「神と雲の間に生まれた子でもあるかのように思われていた。もっと自分から色んなものを引き出せると、すぐに理解したのね。無限の力を渇望していたエルムで、決して満足することがなかった。更に悪いことに、彼は他者を屈服させ、侮辱するのが好きだった。あんたみたいにいい雲じゃなかったのよ…」


「わたしがいい雲だって?」その言葉に舞い上がった。


「あんたの場合、世間知らずと紙一重だけどね。」すかさずパリが言い返した。


「あっそう…」


「最初、アロイの行動は子供の駄々に過ぎないと思われていたの。もちろん、成長して野心も膨らんだんだけど、ネフェリアは彼を政権に近付かせなかった。すると、彼の中に憎しみが芽生え始めた。バーダルもノアも何も出来なかった。少しずつ、彼は怪物に…『暗黒大戦』を引き起こした怪物になっていったの。」


「戦争…??そいつの気まぐれのせいだけで?」


「戦争っていうのは、時々くだらないことが原因で起こるものよ…まあ、あんたが想像するような戦争ではなかったんだけど…」


「というと?」


「戦争に参加した雲がそんなにたくさんいないからよ。」


「どれくらいだったんだ?」


「最初は…2雲。」


 グレーイはびっくりして思わず頭を持ち上げた。パリが今言ったことがどんどん信じがたくなる…また馬鹿にされているんじゃないかと思ったほどだ。


「2雲だって!?」グレーイが叫んだ。


「そう。続きを聞けば分かるわ。えっと、何を言おうとしたんだったか…アロイは、自分の邪魔ばかりしてくるネフェリアにも評議会にも嫌気がさしていた。そうして不安定になっていった。ある日、たった独りで評議会全体を倒しにいったの。当時、村の長はツィム、デュオルクのお父さんよ。」


 グレーイはまた口をはさみそうになったが、下に振り落とされたら困るので黙っていた。パリは、まるでこの話が今起きているかのように夢中で話していた。


「ツィムはバーダルの親友だったの。ツィムはアロイを快く迎えてくれた。息子のデュオルクとは大違いね…そしてある日、アロイがツィムのところに出向いて行って、彼を馬鹿にしたの。ツィムは力まで使ってアロイを諭そうと努力したんだけど、あっさりとやられてしまった。評議会もそこに居合わせた兵士たちも彼の前では無力…残された道は2つ。従うか、雨雲の怒りに耐えるか…これが、ネフェリアを恐怖に陥れた暗黒の日々の始まりよ。」


「他の雲たちは何をしていたんだよ!」グレーイが叫んだ。


 パリは何も言わなかった。その瞬間、パリは思い出の奥底まで沈んでいた。過去の恐ろしい出来事を思い出しているのだろう…


「そう、それなのよ。」パリが嘴を開いた。「対抗軍がアロイを止めようとすぐに結成されたわ。そこからよ、アロイの異常さが完全に表に現れ始めたのは…対抗軍に加盟している疑いがかけられたエルムは殺された。こうして大量虐殺が始まったの。しかも、絶対に自分の手で殺していた。まるでそうするのが好きみたいに。」


 話はどんどん悲痛さを増していった。だがグレーイは分かり始めていた。バラバラだったパズルのピースが集まり、一つの絵が少しづつ出来上がろうとしているようだ。


「もちろんバーダルは息子に理由を聞こうと努力した。しかし、そこにいるのが兄弟だろうが父親だろうが神だろうが、アロイにとってはどうでも良かった…バーダルは自分自身が育てた息子に床に叩きつけられた。殺されはしなかったけど…でもバーダルがその時どう感じたか、想像つくでしょ?」


 パリは返事を待ったがグレーイは黙っていた。するとパリが不機嫌そうに言った。


「ねえ、あんた寝ちゃったんじゃないでしょうね?」


「ん?」グレーイは本当にたった今目覚めたかのように答えた。「ああ!いや違うんだ、ごめん…ただ、信じられなくて…今の話…」


「まだ終わっちゃいないわよ。それからしばらく経って、アロイは誰彼構わず目ざわりな雲を殺し始めたの。対抗軍は生き延びるために、地下道を掘ってそこに姿を隠さなきゃいけなかった。そこでバーダルとツィムがアタシの父を呼んだの。お互いよく知った中で、一緒に旅をしたこともあったみたい。父はこの一連の話に深入りはしたくなかったけれど、規模の大きさを見て断れなかったみたい…」


「ネフェリアの地下道…なるほどそういうことか。ただ一つ気になるんだけど、そのアロイってやつ、そんなに強かったの?」


「アロイの強さは、普通の雲とは比べ物にならなかったわよ。たった一撃で100もの雲をやっつけれたんだから。やつの前じゃ、ネフェリアは死刑宣告を受けたも同然だったわね。」


 なるほど、だからアンシャンバーダルは、グレーイが力を絶望的に使えなかったことにあんなに驚いていたのか。グレーイはパリが思い描いていた雨雲像とは真逆だったわけだ。だけど、それは同時に、グレーイがツの力を使ってウルナーを救えたことの説明にもなった。ポテンシャルは確かに備わっている…知らないだけで…


「そうして時間が過ぎて、ある日、思いもよらなかったことが起こった。」パリが続けた。「幸か不幸か分からないけど…ネフェリアによそ者がやってきた…あまりのあり得なさに、誰も想像していなかった。新しい村の長を打ち負かす力を持った存在…雨雲。」


「何だって!?」


「そうなのよ…しかも今になっても、誰も彼の名前も、どこから来たのかも知らないの。知っていることはその雲はアロイに会いに来たってことだけ。その雨雲がアロイの目にどう映ったか分かる?それは、もちろん、彼にとって物凄い脅威だったのよ!」


「同盟でも組めば良かっただろうに。」


「アロイはそういうタイプじゃないってこと、覚えておくといいわ。あんたの同族はネフェリアで真っ向から戦い始め、ほぼ全ての村が壊され、アロイはコテンパンにされてしまったわ…もう片方が、もしまだ続ける気があるなら他所でやろうと提案した。もちろん、アロイはその誘いに乗って、戦いは続いたの…」


「それでやつらはどこに行ったんだ?」


「この辺で一番大きな山よ。」


「一番大きな山?ネフェリアが一番大きな山だったと思ったけど…」


「今ではそうだけど、当時は更に大きなものがあったのよ。戦いのせいで更地になっちゃったんだけど…」


 グレーイは驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。『戦いのせいで更地になった』だって?あり得ない!ネフェリアの住雲がどうして雨雲を怖がるのかよく分かった…それでこう呟いた。


「じゃあ…それが暗黒大戦…」


「そう…しかもこれは始まりに過ぎないの。」とパリが答えた。「実はこれは対抗軍にとって、思ってもないチャンスだった。結果なんてどうでもいい。重要なのは、勝者は格好の餌食だってことだけ。これは二度とない機会だった!バーダルも対抗軍の一員だったけど…彼の願いはただ一つ。息子を止めたいということだけ…それ以上は望んでいなかった。」


「アンシャンバーダル…ずっと、不可能なことを可能にしようとしていたのか。」


「彼にとってはそれは可能なことだったのよ…ツィム、村の長はあまり賛成していなかったけど、でも彼も父親になったばかりだったから、バーダルの気持ちを理解していたみたい。それでも、他の雲たちはこれを最後に全てを終わらせたいと思っていた。みんな正義を求めていて、ツィムはそれも理解していた。」


「だよな…」


「とにかく、もう後戻りはできなかった。百もの雲たちがその日は行進したわ。これが討伐部隊と呼ばれるものよ。」


 以前デュオルクの口からその言葉を聞いたことがあった。パリのお陰でやっと意味が分かった。パリはまるで、主人公の心の中の靄を払うランタンみたいだ。


「アタシ、まだその時は小さくて、ぼんやりとしか覚えていないのだけど…覚えてることと言えば、その2つの雨雲の戦いが何日にも渡って続いたこと。どちらの雲も中々降参したと言わなかったこと。最終的にアロイがある謎の力を使って勝ったこと。そしてそれは彼を衰弱させてしまったこと。」


「だけど、後から来た雨雲の方がアロイより強いってさっき言ってたのに!」


「ちょっと!落ち着いてよ!アタシは聞いた話をしてるだけだから、アタシに怒らないで!」


「…ごめん。」


「あとちょっとで終わるから、辛抱して聞いて。それで、対抗軍の大部分は戦いの前線付近に近づき過ぎて死んでいった。生き残りの多くは、向かってくるのを見られた瞬間にアロイに殺された…だけどその時は簡単にやられちゃったわけじゃない。最終的にバーダルとツィム率いる一握りの雲が残った。」


 グレーイの背中を冷たいものがツーっと流れた。この物語が終盤に向かっていることを感じ、結末を聞くのが怖かった…惨事が待ち受けている予感がビンビンする。この大きなフクロウの声は、まるでこの出来事の重圧が彼女にのしかかっているかのように少し重くなった。


「グレーイ、どうやってこの物語が終わりを迎えるか予測できるでしょ?違う?何が起こったか想像できる?アロイ、バーダル、ツィム、そして対抗軍の雲々は、ネフェリアの運命がかかっている混沌とした戦いの場に立ち向かった…」


「つまり、バーダルは死闘を自分の息子と始めないといけなかった、そうだろ?」


「いや、もっと酷いの…その日、バーダルはアロイを殺したの。まだ戦える仲間に援護してもらって、彼のエルム生に終止符を打ったのよ。その時に片目を失って、死の淵に立つくらいまで酷い大けがをしたわ…でも、紛れもなくバーダルが、彼自身のその手で雨雲の命を奪ったの。」


 月も星も空でまばゆいほど輝いていた。それを眺めながらグレーイは古い友のことを思った。自分のせいで苦痛の種を増やしてしまった。バーダルはそんなものに苦しむべき雲ではないのに。


 子殺し。これ以上に酷いことがこの世にあろうか?地下道の中で一生を終えるなど、バーダルが耐えてきたことに比べたら、何でもないことのように思えた。誰もバーダルのような目に遭うべきじゃなかった。誰も。グレーイの頭の中にある考えはたった一つ。師匠に会いに戻ろう。


「バーダルはその出来事を乗り越えられなかった。」パリが呟いた。「あの日、バーダルは全てを失ったの。唯一残ったのがノアだった。でも、その事件のすぐ後、彼女も殺されてしまった…戦争の生き残りか、アロイの犠牲者の身内によって…ノアはいつも子供のことを守っていた。彼女は復讐に燃えるゲス野郎らにとっちゃ良い標的だっただろうね。ノアはバーダルを残して逝っちゃった。」


  グレーイは胸がギュッと痛いほど締め付けられるのを感じた。涙が込み上げてきたが、無意識のうちに堪えていた。しかし、グレーイはアンシャンバーダルを想って苦しみ、震える声でこう言った。


「バーダルがどんな気持ちだったのか、わたしには想像もつかない…」


「彼は真の戦士よ!でも、そんな彼にとっても、あれは辛い出来事だった。ツィムが長の座に戻り、評議会にもう一度入らないか、と誘ったんだけど、バーダルは村を離れ、アタシん家の近くに住んだのよ。ほら、それがあの小屋ってわけ。今でも覚えてる…あの時、バーダルはあんたみたいな格好だった…その対抗軍の服を着てた。」


「え!?」グレーイは驚いた。「これが対抗軍が着ていた服!?でも、なぜバーダルはこれをわたしにくれたんだ!?」


「アタシの考えだと、それ以外に服がなかったか…もしくは、アロイがそれを着てるところを見てみたかったか、かな。」


「なんだって?」


「アロイを見たことがあるんだけど…初めてネフェリアの前を通った時。その時アタシはまだちっちゃいフクロウだったけど、透明になる方法を知っていたの。ある日、他の雲を殺している雲を見た…そう、血も涙もない殺雲よ…あんなに残酷なものを見たのは後にも先にもない…信じて、アタシ、あいつの顔を完全に覚えているの…その顔は、グレーイ、あんたのものと全く同じなのよ!」


挿絵(By みてみん)

今、全ての謎が明らかになった。

しかしグレーイは忘れている…どこに向かっているか知らないことを!

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― 新着の感想 ―
takeです 一章まで読ませて頂きました グレーイが雨雲として生まれて今後どう生きるのか バーダルの辛い過去とそれでもグレーイを大切にする親心 ネフェリアの雨雲に対する差別の歴史がどう変わっていくのか…
バーダルは辛い過去を乗り越えてきたのですね。アロイの育て方を間違えたのか、もともと独裁者気質なのかはまだ分かりませんが、力とそういう欲望の同居は大変に危険ですね。今回もとても面白かったです。
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