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美貌の恋人が浮気していたので

作者: 伊都香//

暖かい目で読んでいただけると嬉しいです。

「あれって浮気よね?」


第一王女付きの侍女であるゾーイ・サットンは小さく呟いた。


昼休憩のとき、食堂へ行く途中の廊下から見えた中庭には一組の男女がいた。

彼らは親密そうに顔を寄せ合い、楽しそうに話していたと思ったら、ふと顔が近づいた。

それがほんの顔見知り程度の人間であったら気にとめなかっただろう。

しかし、男の方は確実にゾーイの恋人であるテオドールであった。

王国一と言われるほどの美貌をもつ王宮魔導師テオドール・グレイは膨大な魔力量をもつ証である紫の瞳をもっている。

そしてそれは遠目でも識別することができた。

彼はゾーイに隠れて逢瀬をしていたのだろう。


「やっぱり若くて可愛い女の子の方がよかったのね」


ゾーイはテオドールより三歳歳上である。

彼女はこの年の差をとても大きいものに感じていた。


「あの子が別れを切り出しやすいように今日から距離を置かないと」


決意を固めたゾーイは意識を切り替えて仕事に取り組み始めた。





「ゾーイ、お迎えが来てるわよ」


同僚のナンシーが揶揄うように知らせてきた。

同時に他の侍女たちも話し始める。


「本当に羨ましいわ。王国一のイケメン魔導師に一途に尽くされているなんて」


「私もイケメンな恋人がほしいわ」


「あれ、アンナって騎士様と付き合ってなかったっけ?」


「浮気されてたからすぐに別れたわ」


浮気、という言葉にゾーイの耳が反応する。


「やっぱり顔が良いと浮気しちゃうのね」


「顔が良いと浮気する…」


ゾーイが反芻した言葉に同僚たちが反応する。


「あ、勿論グレイ様は例外よ?彼はそこら辺の騎士とは格が違うもの」


「そうよ、魔導師団でいつも恋人の話ばかりしてるっていう噂に何万人の令嬢が涙したか分からないくらいだもの」


「さぁ、早く彼の元に行って愛を囁いてもらってきなさい」


優しい友人たちに催促されるまま部屋を出ると、美しい紫の瞳と目が合った。


「ゾーイさん、お疲れ様」


「…お疲れ様」


蕩けるような笑顔を向けられ、思わず目をそらす。


「今日一日変な男に声かけられなかった?」


「かけられていないし、かけられる予定もないわ」


「だったらいいんだけど」


テオドールがさり気なくゾーイの手を取り自分の指を絡める。


「心配なんだ」


ゾーイはテオドールが分からなくなり、彼の小さな呟きに聞こえないふりをした。





テオドールの浮気現場を目撃してから一週間が経った。

あれからゾーイはあくまで自然にテオドールを避けた。

彼の方からも距離を置いてくるかと思いきや、むしろより詰めてきているように感じられてゾーイは困惑した。


「ゾーイ?聞いているのか?」


名前を呼ばれて視線を上げると、恐ろしいくらい無表情の美丈夫がいた。

王宮第二騎士団所属の騎士ハリー・テイラーはゾーイの従兄弟にあたり、幼い頃から兄妹のような間柄にあった。


王城の食堂で、ゾーイはハリーから相談を受けていた。


「ごめんなさい、ハリー。もう一度言ってもらえる?」


「だから、アンナはまだ俺のことを怒っているのか?」


「まさか。貴方のことなんてとっくに忘れて、既に新しい出会いを求めて合コンに通いつめているわ」


「そんな。俺はアンナを愛しているのに」


淡々と愛の言葉を紡ぐハリーを見ながら、ゾーイは深い溜め息をついた。


「浮気しておいてよくもまあそんなこと」


「俺は浮気などしていない。アンナは誤解しているんだ」


「それを本人に直接言えばいいじゃない」


ゾーイの言葉にハリーが僅かに落ち込む。


「…避けられているんだ」


「話をする場所を作るくらいなら協力するわよ」


「本当か」


よく訳が分からない提案にも関わらずハリーの口角が僅かに上がった。

どうやらアンナを好きなのは事実らしい。

従兄弟の純粋さに思わず頬が緩む。


「ゾーイ」


初めて聞く、低い声だった。

でも、どこか聞き馴染みのある声だった。


「テオ、ドール」


振り返って見た彼はいつもと同じ柔和な笑みを浮かべていた。

しかし、その身体からは冷気が放たれていた。

彼がこの状態になるのは激しい感情を抱いて魔力の調整が困難になる時だ。

過去でも小さな言い合いをした時に微かに感じることがあったくらいだったのだが。





気がつけば、見知らぬ部屋にいた。

テオドールの魔法で転移させられたのだろうか。

部屋にはテオドールとゾーイしかいない。


「ゾーイ、なんで俺を避けてたの?この一週間すごく寂しかったんだけど」


テオドールがゾーイの顎に手を添える。


「やっぱりテイラー様みたいな年上の男が好みだったの?」


「ち、違う」


近づけられる美貌から顔を背けながらゾーイは反論を試みた。


「貴方の方こそ、若くて可愛い女の子の方が好みなんじゃないの?」


その瞬間、テオドールがゾーイの唇を奪った。


「なんで?好きだってずっと伝えてるのに、どうして信じてくれないの?」


悲愴な表情で弱々しく発せられた彼の言葉はゾーイの心を締め付けた。


「う、浮気しているところを見たの」


ゾーイが白状すると、一瞬の沈黙が訪れた。


「待って、誰が浮気しているって?」


「貴方が」


「俺が?」


「えぇ」


「まさか…」


テオドールが顎に手を当てて何やら考え始める。

いまいち状況が掴めずテオドールの顔を眺めていると、不意に目が合った。

それから彼にとびきりの甘い笑顔を向けられ反射的に目をそらしてしまうゾーイであった。





後に、ゾーイが見た逢瀬をしていたテオドールは偽物であったとわかった。


王宮魔導師の一人が姿を自由に変えられる魔法を作り出し、それを使って女遊びをしていたらしい。

その魔導師は数名の実在する人物に化けていたと証言していて、その中にはあのハリーの名前もあった。

この事実を知ってアンナはハリーに謝罪し、ハリーはその有利な立場にかこつけて婚約までこぎつけたらしい。




「ゾーイ」


そう呼ぶ彼の声はどこまでも甘い。

いつの間にか呼び捨てされるようになってしまった。

それでも悪い気はしないし、むしろ嬉しく思う。


「今回のことで、君に全くもって俺の愛が伝わっていなかったことがわかった。そこで、これからは七割増でやっていこうと思う」


張り切る彼の姿が可愛くてゾーイは小さく笑ってしまう。


「愛してる」


テオドールが珍しく照れながら言う。

そんな偶に見せる初心なところも愛おしく思う。


「私も愛しているわ、テオ」


照れくさくてねだられた時だけしか呼べなかった彼の愛称を口にする。

すぐに返事が返ってこないことを不思議に思い、彼の顔を覗き込むと、テオドールは顔を真っ赤にして固まっていた。


「け、結婚しよう。今すぐ」


赤面した顔のままそう言うテオドールにゾーイは再び恋に落ちた。












お読みいただき、ありがとうございました。

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