女帝の力
三日後。
カーラと約束した待ち合わせの時間に合わせるため、クラウンはセレネ公園に向かっている最中だった。
陽はようようと街を照らし、風がクラウンを涼める。
日差しはそれほど強烈でも無いが、夏が到来したのを感じる季節だ。
涼しい風と暖かな光が相まって今の気分は爽快である。
カーラと公園で会ってから三日後。
つまり今日は彼女と一緒に、自分のかつて拠点だった魔塔に赴く日だ。
ゆっくりと歩幅を進めながらその事について考える。
果たして塔は今もあるのだろうか。
もしかしたら破壊されているかもしれないし、占拠されているかもしれない。
あの場所に向かうということはかなり危険なことだが、カーラがいれば安心ではある。
クラウンは以前と同じルートでセレネ公園に向かい、ちょうど街角を曲がった。
すると正面にはセレネ公園が現れた。
やはり立派な公園だ。
クラウンはにとってはもうすでにこの場所はお気に入りになっていた。
目的の人物も見つける。
巨大な左石柱に背を預け、腕を組みながら瞳はこちらを捉えているカーラがそこにはいた。
「この石柱、立派だよね」
ある程度の距離まで近づくと、クラウンから先に話しかけた。
「そうだな。
ここに来るのは2回目だが良い場所だ。気分が落ち着く」
彼女は本当に穏やかそうな顔で目を閉じる。
きっと本当に心地が良いのだろう。
「そう言ってもらえるとこの街に住んでた甲斐があるよ」
「この公園は前回初めてきたのにか?」
「そういうことは言わないでよ、後でこの街の観光スポットは紹介するからさ」
「ふふっ、そうか」
上機嫌に二人は笑い合う。
「ここで長閑に日向ぼっこしててもいいが
……どうする、早速城に行くか?」
「そうだね、そのつもりで来たから」
「分かった、ではワープするとしよう。準備はできているか?」
「もちろん」
「では行くぞ?」
カーラは左手をこちらに向ける。
その手は青く光る、それは転移の魔法だ。
二人を囲うように光が地面にも現れ、次の瞬間二人は現在の場所から城のある高原まで場所を移動させた。
△△△△
「最近来てなかったから久しぶりだね」
「そうか」
転移した場所は、クラウンには久しぶりの光景だった。
50メートルほどの小高い丘に二人はいる。
そこから見えるのは、限りなく続く平原とはるか先にある山々、ポツンとそびえている目の前の黒い塔。
目の前の塔こそがクラウンの居城だった魔塔である。
塔の高さは100メートルほど。
クラウンには見慣れた風景だったが、以前異なる光景もあった。
それは塔の入り口付近に連合軍の旗が掲げてあり10名ほどの兵が警備していることだ。
ここから少し距離があるが分かったが、その兵達は厳重に四方八方に目をやっているわけではなく、どちらかというと、適当に警備しているように見えた。
「警備している兵はどうやら10名か。
ここからだと遠い、少し近づいてみるか」
彼女は自分にに飛行魔法を掛けてくれる。
淡い青い光がクラウンを一瞬包み込むと、今いる丘から飛び降りる。
といっても、魔法に力が働いた、自由落下を無視するような動作でクラウンは地面に着地する。
カーラは魔法など掛かってなくとも、何か特殊な力が働いたような様にゆっくりと着地をする。
「まさかこんなことになるなんてね」
クラウンはやれやれというような手の形をしてそう言う。
カーラとクラウンは共に平原を歩き出す。
「こんなに何も無い地でよく頑張っていたもんだ」
「そう?まぁうちの城はこの四方に囲まれた山脈のおかげで攻め込まれにくかった要害の城だからね」
それに、
「塔内は魔法的な作りで百階層まであって、一階ごとの広さはゆうに五キロを超える場所もある。つまり塔の中に入ってからこそが本番だよ。まぁカーラが知っていることだけどね」
これは本当だ。
魔人の城では魔法的な力で、一階の広さをとんでもなく巨大にすることができる。
そうすることのメリットは大きい。
敵が攻めても果てしない時間を稼げることができるし、広くした階層に地形を作ることだってできる。
例えば巨大な湖を作ったり、山を作ったり、それこそ城の中に都市を造ることだって可能だ。
目の前にある巨大な塔だって、数々の地形や環境を作り出し、ギミックとして敵を阻んだはずだ。
しかし現実はこうして落城してしまったのだが。
「お前の配下であり、十年間舵を取っていた魔王はこの国をまとめきれなかったのか?」
「実際は俺も分からない。譲位してから十年間連絡はしてこなかったから」
「なんだそれは…」
呆れた様子のカーラだが、実際連絡は取っておけば良かったと思う。
自分なりのアドバイスや提案はできたはずだ。
そうしなかったのは、自分が王という立場を少しでも離れたいために、彼らにはなんの連絡もなくこの地を去ったクラウンに問題がある。
「どうやらあちらも気づいているみたいだ」
先ほど確認した10名のうち、5名がこちらに向かっている。塔との距離までは100メートル。
一人だけ乗馬し、後は歩兵だが向かい合ってる距離はあっという間に無くなった。
「止まれ」
兵の中心にいる槍を持った騎馬兵がこちらに停止を促す。そして二人は大人しく止まった。
「どうする?」
「そうだね、ここはひとつ小芝居してみるよ」
二人は兵達に聞こえないほどの声で耳打ちをした。
「何者だ?」
「私たちはこの国の旅の者です。今は連合軍の方々がこの塔を管理しているのでしょうか?」
臭い芝居に思わずカーラが「ふふっ」と笑う。
対面する兵士たちが一瞬動揺したのが見てとれた。
もう何笑ってんだよ。
これじゃ猿芝居がバレちゃうじゃん。
隣にいるカーラに咎めた視線を送る。
「いやすまない。元魔王が自分の奪われた城の今の持ち主を訊いてるのが面白くてな」
よくよく考えてみるとおかしい状況だ。
それには思わずクラウンも笑みをこぼす。
慌てて下を俯くと、向こうから返事が返ってくる。
「そうだ。今この塔の主人はオリー陛下とナイト様である」
「おお…そうでございましたか。
では、新しく統治するであろうこの地をどのようにするお考えでしょうか?」
乗馬している男は首を捻る。
「それはだな……いやそよれよりもまずはお前らだ。何故旅人だというのにお前らは丸腰なんだ?
それにお前らはこの国出身と言ったが、この国全域は我々連合軍が統治しているはずだ」
「ええっーと……」
何も返答を用意してなかったクラウンは騎馬兵の鋭い質問に戸惑う。
「それに旅人のくせに右の女は軍服など着ている?
それにその軍服はなんだ?物凄い高級品に見えるが…」
騎馬兵はカーラを指差す。
それもそのはずである。
カーラが着ている軍服は素人目からしても高級品だと分かる程の代物である。
そしてこんなものを旅人が着ているのは明らかにおかしい。
「ハッハッハッハ!」
今まで耐えてきたカーラの込み上げる笑いが爆発した。
「なんだ貴様は!?」
気持ち悪いくらいに爆笑した目の前の女には流石に兵士たちも一歩退くだけの不気味さがあったようだ。
なんだこの女は!?
服装もそうだが明らかに普通ではない!
「無理やりな設定にはやはり無理があったな。
ふふっ、しかしこいつらもすぐに怪しいと思わないのか」
「カーラ?」
クラウンは話が違うとカーラを見るがもう遅い。
「あぁ大丈夫、どの道こんなのではバレるのも時間の問題だったのだ。演技はもう終わり、戦うぞ」
「なんだ貴様ら!?やはり独神の手の者だったか!?囲め!」
騎馬兵両脇にいた4名はすぐに刀を抜き、こちらを囲むように円状に展開する。
兵士たちは不気味な相手と対面する状況下でも、瞬時に戦闘陣形を整える。
先ほどまでの気の抜けた態度とは明らかに違うのは、あくまでもエリートということか。
へぇ…。
「大丈夫かクラウン?お前の相手は一人でもいいぞ」
「気遣いありがとう。
でもそれには及ばないよ、腐っても元魔王。
ちょうどいい肩慣らしだ、俺は騎馬兵を含めた3人の相手をするよ」
「ほぉ?流石だなクラウン。力は失ってもやはりお前の心は健在だな」
「褒めるのはいいけどそれは勝ってからね」
兵士は状況がまるで読めず混乱している。
何を余裕かましている?
それも全ては捕えてから聞き出せば良いことだ。
騎馬兵がそう思った刹那、左の男が右で剣を構えている兵に向かって走った。肉薄は一瞬、兵は咄嗟に反応し激しい剣の拮抗音がする。
「くっ!」
「良い反応」
素早いクラウンの動きに反応した兵は大したものである。すると尽かさず後ろから兵の剣がクラウンに迫ってきた。
それをクラウンは大勢を低くして右に移動する。
クラウンと対峙している兵は3名。クラウンから見て一番右が騎馬兵である。
槍には気をつけなきゃね、あのリーチは危険だ。
「囲め」
騎馬兵がそう指令し、クラウンは再び囲まれる。
数の有利を最大限に活かした賢い戦略である。
先ほどまでのふざけたような様子はどこにも無く、クラウンの動きを少しも見逃さないと言うような鋭い瞳である。
やるね、だったら。
クラウンは単体である騎馬兵へと駆ける。
力を失ってもなお、素早いクラウンの動き。
兵は一瞬惑わされるが、隊長である騎馬兵の瞳はクラウンを逃さない。
「無駄だ!」
尽かさず騎馬兵の槍がクラウンを定める。
しかしそこにスライディングをしてクラウンは槍の刺突もろとも騎馬兵の視野すら避ける。
「何!?」
たまらず騎馬兵がそう叫ぶがもう遅い。
騎馬兵の背後を取ったクラウンは、そのまま背中を剣で貫く。
特別に鋭利では無くどこにでもある剣だが、重さを活かした刺突は強力であり、魔力が込められた鎧を容易に貫く。
「うがぁぁ!」
剣はメリメリと体を貫通し、内臓を串刺しにする。
騎馬兵の身体を貫通することは無かったが、それでもこの一撃は致命傷であり、死に至るのは時間の問題だ。
「あぁぁあ!」
兵は馬の上で、もがきながら落馬する。
「くそ!」
「なんだこいつ!?」
先ほどまでクラウンを囲んでいた兵は隊長がやられた動揺で隊形を崩し、クラウンと対面する位置となった。
「いい馬だね、借りるよ」
そのままクラウンは槍を拾い乗馬する。
冒険業ではあまり乗らなかった馬だが、久しぶりに乗ると気分が良い。
周りはほぼ草原なので、馬の高さでも十分に遠くまで見渡せる。
「それいけ!」
クラウンは馬を走らせると兵士二人目掛け直行した。
そしてそのままクラウンから見て右の兵士を槍で突き刺す。
普通、硬い鎧を装備している者に槍の刺突は効きづらいが、今の一撃は馬の質量と速さがプラスされていたために鎧を貫通するには容易であった。
「あぁぁああ!」
身体に槍が突き刺さったままの兵は絶叫する。
鎧の隙間からは赤い鮮血が流れ出ている。
「この野郎!?」
一人になった兵は向かってくるクラウンに対して怒りのままに魔法を詠唱する。
兵士の右腕から出されたのは氷の魔法。
氷柱のように尖った氷塊五本が高速でクラウンに向かってくる。
クラウンはあえて真正面から氷塊に接近する。
目的は兵士に少しでも近づくためだ。
側から見れば、それはもう回避不能なくらいに迫っていた。実際兵士である魔族もそう思っていた。
しかし、その氷塊はクラウンに当たることはなかった。
「何!?」
兵士が驚いたのも仕方がない。
クラウンは氷塊を馬から降りて回避したとか、腰に納刀している剣で防いだというわけではない。
馬から翔ぶことでそれを避けたのだ。
その跳躍力は跳んだとは言えないほどに高く、天を翔けているように見える。
そして剣を抜きそのまま兵の頭上まで落下する。
「はあぁ!」
クラウンは掛け声と共に兵士を串刺しにした。
即死だった。
剣が頭から胴にかけて突き刺さった身体はとても酷いものになり、この攻撃が鎧など無いに等しいほどの威力だったことは明確である。
クラウンは他にも転がっている兵士たちを見た。
なんとか倒せたけど、やっぱり対人戦は良い経験だね。
「その体でもなかなかやるようだな」
声がした方を向く。
すると、右手を腰に当てながら草原の中を優雅に歩くカーラがいた。
カーラが負けるなど心配はしてなかったので戦いの様子は見ていないが、恐らく先程の2名は容易に倒したのだろう。
現に、顔には余裕な表情を浮かべている。
「いやギリギリ。でもこうやって3人に挑んだのは、命と隣り合わせの方が早く力を取り戻せると思ってね」
「どうだろうな?私からしたら少なくとも何百年は掛かりそうな気がするが」
「それは言わないお約束だよ」
「ふふっ、そうか?それはすまなかったな」
お話も良いがそれよりも残りの兵のこともある。
「…さてとこれからどうする?塔を見にくる予定が、なし崩しに戦闘になっちゃったけど。それにあの兵士たちもいなくなっちゃったし」
塔の入り口付近を見てみれば、先程の残りの兵はもうどこにも姿が見えない。
「恐らく私たちを見て報告、応援要請をしに行ったのだろうな」
「そうだろうね。ってことはもうすぐ来るはずだ」
「ほら、言ってるうちにな」
塔の重厚そうな扉が軽々と空いた。
そしてそこから30名の兵士たちが、こちらに近づいてくる。
編成としては、横一列にして先頭を歩く騎馬兵5名。他は歩兵で槍や剣、中にはボウガンを持った兵士が騎馬兵の後ろに追従している。
流石に飛び道具は危険だ。両者の距離はまだある。今のうちに逃げてしまうの手だろう。
「数が多いな、10人以上相手となると流石に厳しい。どうする?逃げる?」
「それも良いが、久しぶりに二人で出掛けたんだ。
もう少し楽しもうじゃないか」
カーラは楽しそうながら凛々しい顔つきだ。
「大丈夫だ心配するな。私が全ての相手をしよう」
「そう?じゃ、任せたよ」
先程の3人、5人くらいまでならば、今のクラウンでも対処できるが、流石に10人以上の相手となるとかなり厳しいものがある。
クラウンはカーラの横から後退する。
相手はこちらへと警戒しながら近づき、ボウガンの射程距離ほどの間隔になった頃に、兵士たちは止まった。
「後ろにいる兵たちを貴様らが倒したのは先ほど見ている」
ちょっと待て。
カーラはそう一言、兵士の話を遮ったのだ。
「お前が言いたい台詞はこうだろう?
降伏しろ…と。だがその前に言ってやる、降伏しろ」
「何をふざけた事を、ここは連合軍の拠点だぞ?
貴様らは何者だ?」
「そんな事普通答えると思うか?まぁ、何も言わんのはつまらんしな、答えてやろう。お前らのトップと同じ者、魔王だ」
あまりにも馬鹿馬鹿しい発言に兵士たちは嘲笑する。
「魔王がこんなところにいるわけがないだろう!
戯言はいい、殺せ!」
男がそう言った瞬間、後方のボウガンを所持した兵たちが前に出てきた。
数は10名狙いはカーラとクラウンが同数ずつ。
「相手は私だ」
「な、なんだ!?」
クラウンを狙っていた兵の腕が抗えない力に誘導され、クラウンからカーラへとボウガンの向きを変えた。
兵士たちは思わず動揺する。
「死んでなかったら生捕にしろ、こいつらの素性を明らかにする必要があるからな。撃て!」
男の合図と一斉に矢が放たれた。
一つ一つに属性が付与されたボウガンは流星のように色を残し、豪族でカーラという的を狙う。
赤く燃えた矢、稲妻が纏わる矢、鋼のような光沢を持った矢。どれもが強力であり、当たれば致命傷は必須なほどだ。
全ての攻撃が一流、相手がたとえ戦いの熟練者だとしても避けられないだろう。
しかし相手が悪かった。
「遅いな」
全ての矢がカーラの目には止まって見える。
遅すぎるのだ。
いや、正確には矢が遅いのではなくカーラの動体視力、反射神経が良すぎるため。
肉弾戦を得意とするカーラには、矢の速さも音速も全てが鈍い。
こんなものカーラにとっては、逆に当たる方が難しいだろう。
だが容易に避けられる矢を彼女は回避しない。
その後、矢は停止する。
「どういう事だ…?」
騎馬兵の男は射られた矢、全てが虚空に停止したのを前に、呆然としていた。
それはカーラが手で止めたというわけではない。
「さぁ、どう言うことかな?
だが普通に避けたり手で止めたりしたら面白くないだろう?精鋭部隊と期待していたら、こんなふざけた武器を使う山賊まがいの門番とはな。ほら、返してやる」
カーラがそう一言。
それで矢の向きが正反対の方向に射出された。
それは打ち出した時よりも何倍も圧倒的に速い速度。
それらは持ち主10名の心臓を貫き、付与されていた属性で追い討ちをした。
それぞれの兵が苦痛に叫び、倒れていく。
「さすがだねカーラ」
クラウンはしみじみと呟き、拍手する。
騎馬兵の男は呆然と目の前で苦しんでいる兵達を眺めていた。
「ど、どう言う事だ…」
後ろに控えている兵たちもどよめいている。
理解不能な現象。よく使われている魔法の障壁ではない。
しかし上位、高位魔族の中にはあまり世間には知られていない強力な技を使う者もいる、という事を男は思い出す。
「怖れるな!この女は高位魔族の可能性がある」
先程魔王だと言った事を男は思い出した。
もし、目の前の女が魔王や魔王クラスの実力者ならば自分たちでは絶対に勝てないだろう。
魔族や魔人の中でも魔王は圧倒的な存在だ。
高位魔族でも魔王の相手は務まらないことが多い。
しかしそれほどの存在だったら何故、二人だけで敵国の居城に乗り込んできているのか。
そんな事はおかしい。
あってはならないのだ。故に目の前にいる者たちは自分達よりも強いはずがない。
いやそんなことは…ありえん!
「数で押せ、突撃しろ!」
男はそう結論づけると、他の騎馬兵、歩兵たちを一斉に命令を出す。
幸い、女との距離はそこまでない。変な技をかけられる前に殺すことができる。
そう男は思った。
「無駄な事を。矢ですら遅いのにまさか突撃をしてくるとはな」
カーラは余裕綽々な笑みを浮かべ反撃をする。
突撃していた兵たちの大地が突如隆起し始め、槍のように尖って、兵たち馬もろとも串刺しにする。
「……な、なんだこれは?」
まるで山から出た筍のよう。ただそれは、筍よりも遥かに飛び出し、高さは10メートルほどに至っている。
もはや筍ではなく竹だ。
指示を出した騎馬兵は一人助かり唖然とする。
彼が見た中でこんな魔法を使っていた者はいない。
まず魔法かどうかすら怪しい。
それほどまでに強力で無慈悲な技。
「――うっ…」
背中に寒気がした。
それは得体の知れないものと戦っている恐怖。
だが彼の中にはまだ安心感がある。
自分の実力の自負、そして女が使った術から。
確かに脅威だが、この程度の魔法なら高位魔族の中なら至って普通の技の筈だ。
それに、この者たちがもし魔王クラスというならば、この高原一帯を焼き尽くすような技ができた筈。
男が自分に言い聞かせていると、目の前の大地が徐々に戻り始めた。
大地が戻るのと同時に、串刺しになった兵や馬が地面に飲み込まれていった。
そして先ほどのないもない他の高原と同化した。
地面に死体はもちろんのこと血飛沫の跡すら残っていない。先ほど起こったことはまるで何も無かったかのようだ。
まだ大丈夫、大丈夫な筈だ。
俺ならこの女程度倒せる。
「た、確かに強いがそれでも俺の方が上だ」
男は自分の実力の方が上であると見せつけるように、固まった表情を無理やり笑みに変える。
「ほう?これでもまだ私たちを倒せると思っているのか、大した自惚だな。だが大丈夫か?」
「な、何がだ」
「剣が震えてるぞ?そんなんで戦えるのか?」
「何を言ってる!ここで貴様らは死ぬんだ!この俺の手によってな!」
男はそう言って馬を走らせ突撃する。
俺は強い!俺は強い!俺の方が強い!
最近俺は昇進したんだ、警備長にな!この俺の実力ならこいつも!
作戦など皆無の勢いだけの突進。頭の中をめぐる言葉は、まるで自分を言い聞かせる暗示のようであった。
しかし男は気づいた。
警備長というのは単なるの見張りだと。主力の者をそのような前衛置くわけがないと。警備という役割は、失ってもいい人員だから警備なのだ。
つまり俺は……時間稼ぎ?
「愚かだな」
カーラは透明の障壁を作り出す。
それは防御のための障壁ではなく攻撃の障壁。
超高熱のそれは近づいた者、触れた者を溶かすほどに熱い。
つまり透明になった火の壁と言うのが正しいだろうか。
男は何も知らずに、いや最期の一瞬でその障壁の熱さに気づく。だがもう遅い。加速した馬は急には止まれない。男はそのまま障壁に突っ込み、馬諸共蒸発した。
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