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最強魔王のリベンジライフ  作者: 海坂キイカ
6/7

女帝の再来

クラウンは街中を歩いていた。

目的地は北西にあるセレネ公園。


セレネ公園とはこの都市随一の巨大自然保護公園である。

子供から大人まで老若男女を問わず多くの人から愛されている人々の憩いの場だ。


この時期はちょうどキャンプシーズンであり、親子連れの利用者が多くテントを建てている。


都市内なので魔物がでる危険性もないため、新米冒険者はここで一夜を明かす練習などもしているようだ。


当のクラウンはその公園を通り過ぎることはあっても、入ったことはない。


前々から行きたいとは思っていたものの、用事あったり、他に行きたい場所があったりして、来ることはなかった。


自然を愛でたい気持ちもあるが、今住んでいる家の付近に植物や池などがあって、そちらで満足しがちだ。


だから少し楽しみでもあった。


街角を曲がると、少し先に公園の入り口が見えた。

あれが例の公園だろう。


「やっぱり大きいなぁ…」


思わず圧倒されるような迫力がそこにはあった。

全長数十メートルもある木々が生い茂り、入り口には二本の巨大な石柱(せきちゅう)が佇んでいる。

まるで巨大な城門の前に立ったような感覚に近い。


夕焼けがクラウン以外誰もいない歩道を照らしてくれる。

そして公園の中へと足を踏み入れた。


「こんなに大きいとは」


まず初めに目に映ったのは広大な湿地。

巨大都市にあるとは思えないほどに広く、美しい水生植物が色とりどりの花を咲かせている。

夕暮れ時なのか園内も人が少ない。


奥まで数キロもあるだろうか、巨大な木々がこの公園と市街地を区切っている。


これだけ広くても植物がしっかりとした手入れがなされている。

花は色とりどり咲いていても、手入れがなされているので鬱蒼としていることはない。


こういう池で成長する水生植物も、剪定とかするのかな?


なぜ自分はもっと早くここに来なかったのだろうか。


「美しいよな、まるでタンベルの高地のようじゃないか?」


不意に横から声がかかる。

とても透き通っていて深みがある女性の声、振り向かなくても誰なのか分かる。カーラである。


服装は以前と変わらず軍服を着ている。

こんな場所でも似合うのは不思議なものだ。


「カーラ」


「だがあそこは手が加わってないしもっと大きいがな」


「あの場所か…。あそこはよくハイキングみたいな感じで楽しんだっけ?」


あの場所とは当然、先ほど言ったダンベルという高原の場所だ。以前、カーラと行ったことがある。


「懐かしいな、もう一度行ってみたいものだ。

そういえばここに公園の案内板があるが、あの木々の向こうは草原が広がっているのか?」


「そうみたいだね。実を言うと、俺も初めて来たから分からないんだけど」


隣にあった大きめの案内板を見る。

現在の居場所が矢印で表され、木々で隔たれた先にはカーラの言っていた通り、草原があるらしい。

他にも川だとか湖があるのだろうか、それらしきものも案内板に記されている。


「どうせだから歩き回ってみる?」


「そうだな」


声色を少し上げたように提案したクラウンだが、カーラもその意見に賛成だ。

カーラには少し人間の造った庭園も見てみたかった。



――――



二人は湿原の花を見ながら石橋を歩く。

水生植物の花は小さくて可憐だ。白色や黄色、紫色などに咲き誇っている。


一つ一つはバラやチューリップに見劣りするかもしれないが、群生すれば決してそのようなことはない。


むしろ公園で休むとしたら、派手な花よりもお淑やかで見飽きないこちらの水生植物の方が合っているかもしれない。 


少なくともクラウンはこの公園の花を気に入り始めていた。


「タンベル高原のこと覚えてるか?」


「あれは綺麗だったね」


カーラは納得すると空を見上げた。

そう、あれは美しい湿原であった。


「あぁ、あれ。いつだったけ?15年前ぐらいだったっけ?いや…16年前?」


パッと思い出せない。

とにかく美しいことは確かだった。

標高は1500mを超え、青く晴れた小高い丘から見下ろせる広大な湿原。


「19年前だな」


先行していたカーラは振り返って教えてくれる。


「もうそんな前か…。

俺たちは昔とは少し変わったのかもしれないけど、今もあの景色は変わってないのかな…?」


もう19年前の話だ。

あの場所がどうなったかなんて分かりっこない。

ただ、自分達が苦労して望むことのできた、かけがえのない思い出の一つなのだ。


できれば今も変わり果てることなく、自分達が拝めたその時のままであってほしい。


「どうだろうな?またいつか行ってみたいものだな」


「そうだね。話は変わるけど、カーラ達は大丈夫なの?」


クラウンの訊き方は非常に漠然としていた。

この訊き方では何が大丈夫なのかわからない。

しかし彼女は質問の的を得たように、理解した表情をする。


「ん?私の国か?それならば平気だ。もうすでに国境付近の兵を増強し偵察隊を派遣して、連中の行動を常時監視している」


それはクラウンが統治していた国に侵攻した連合軍のことである。

自分が魔王として君臨していた時も、何やら怪しげな行動を起こしていたし、隅には置けない連中ではある。


「何か動きは?」


「全くだな。不気味なほどにあいつらは動きを見せていない」


「なるほど…。ひとまずは目標が達成されて今は落ち着いているというわけかな?」


意外である。

クラウンの予想ではもう既に何かしら動きがあるということだ。

意外と慎重な連中なのかもしれない。


「いつまでもおとなしくしていてほしいところだが、進行するのも時間の問題だろう。今は新領土の統治や新国民の沈静化を図っているのだろうな」


「そう思うよ」


勢いに乗った連合軍は遅かれ早かれ確実にカーラの領土へ侵攻することは確実だろう。

相手が体制を整えるまでに早く見積もっても数年は掛かるだろうが、油断はできない。


こちらとて対応に追われる事だろうし、軍備増強、新しい隣国との向き合い方を考えなくてはいけない。


ただ、現連合軍領地とカーラの統治するフォルテは巨大な密林地帯によって阻まれている。

横に数千キロ、縦に千キロ弱ある自然の防壁がそこにはある。


あの場所はまさに魔境という言葉がふさわしい。

魔人をも喰い殺す恐ろしい魔物に、寄生昆虫、毒蛇など危険生物が住処としている。


挙句の果てには熱帯雨林特有の、高温多湿という過酷な環境下だ。


それが約千キロも続いている。

あそこは誰がどう言おうと地獄であり、混沌(カオス)だ。


領土を獲得してから日が浅いあの連中は、密林地帯を軽んじて攻めてくるかもしれない。


しかしそうなれば破滅するのはどちらかは明白だ。


「あのジャングルをあいつらが超えられるとも思えない。警戒するに越したことはないが、今ところは国交断絶しとけばいいだろう」


「やっぱり相互に通達はしてないんだね」


「お前の領土が攻められ始めてから民間人や政府関係者は即刻撤収させた。それ以前にお前が譲位してから関わりは希薄になっている」


「なるほど。ていうか、もうあの地は俺の領土じゃないよ」


「……そうだな」


石橋の上に尻をついて虚空に足を遊ばせる。

カーラもこちらと同じ方向を向き、夕日を見ていた。


「遅くなったが、今日来た理由を話そう」


「クラウン、お前の居城だった場所を見に行かないか?」


「俺の塔へ?」


「ああ、そうだ。今あの巨塔がどうなってるか気になるだろう?」


不意に予想外の質問が飛んできて、クラウンは少し頭をかく。


確かにこれはクラウンが最も気掛かりになっていたことの一つだ。

クラウンが居城を構えていた場所は山脈に囲まれた盆地の高原にある。


城ではなく塔なのだが、あそこは破壊されたのか、それとも制圧されただけなのか、はたまた放置されているのか。


元配下との連絡手段がないクラウンには分からない。


力を失ったこの身では少し危険すぎるというのも事実だ。例えそれがカーラと一緒に行くとなってもだ。


しかし今の現状を把握していくことで、何か得るものもあるだろう。

これからの行き先が不安な自分にとって、あの塔に帰ることは、何か新しい指針が見えてくるかもしれない。


クラウンは少し悩んだうちに結論を出す。


「分かった。見に行こう」


「そうかそうか、それは良かった」


カーラは持ち前の整った顔で微笑んだ。

クラウンからしてみれば見慣れた顔だが、そこに含まれる表情に少し別の意味も感じたような気がした。


「……それと一ついい?」


「ああ。何だ?」


先日彼女と話し合って一つ気になっていた事がある。


「昔からの付き合いでそれこそ協力し、助け合ってきた仲だが、今の俺は元魔王であって魔王じゃない」


真面目な表情ではあるが、目線は少し俯いて湿地の花々を見ていた。

カーラは何が言いたい、という目でこちらに訴えてくるが、それは気にせず話を続ける。


「今の俺は下級魔族だ。そしてそれ以下でもそれ以上でもない。そんな魅力のない今の俺に、なぜカーラは今でも世話をしてくれるんだ?」


「……何故だと?」


それは単なる疑問だった。

だってそうだろう。長い付き合いとはいえ、今の自分と関わるメリットがカーラにあるとは思えない。

ましてや彼女は今さまざまな事で忙しい。


そんな状況の時でも、無理をして自分と会うだけの価値があるのだろうか。


カーラは腕を組んで俯きながら「んーー」と考える。


しかしそれは一瞬。

顔を上げたときの彼女の顔はとても清涼な表情をしていた。


「お前のことがほっとけないのだろうな、それだけだ。これでは不十分か?」


「いや、よく分かったよ」


「そうかそれならいい。

…話を戻そう、塔に行くのは3日後で構わないか?」


クラウンは頭を縦に振る。


「それで集合時間は?」


「朝の10時ごろにまたここだ。それでどうだ?」


「いいよ」


「そうか、そうか」


彼女は上機嫌に先を歩く。

黒の軍服を来た女性と、辺りに咲いている水生植物のお花。この場には不釣り合いというか、場違いなような二つの対照だ。


「なんか嬉しそうだね。最近良いことでもあった?」


「お前と出かけるのは久しぶりだなと思ってな。

私も忙しいし最近お前は仲間とばかりいただろ?」


なぜかちょっといじけている声だ。

こういう時は大抵良い状況ではない。

何がカーラを不機嫌にさせたのか分からないながらも、クラウンは焦ったように弁明する。


「今はちょうど忙しくてね。本当に今だけはすこし忙しいんだよ」


「冒険者か…。意外にも面白いのかもな」


「まぁぼちぼちだよ」


「私はこれから会議の用事がある。三日後、会うとしよう」


「レイちゃんによろしくね」


「ああ。伝えとくよ」


そう言うと彼女は闇の粒子となって、虚空の中に消えて行った。



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