久しき苦戦
「はぁ、はぁ…」
クラウンはレイスとの駆け引き、戦闘を経てダンジョンの地面に尻をつけて休んでいた。
いやーキツかった。
生死をかけた戦いだな。
正攻法で戦っていれば、数の暴力と個の強さでかなり厳しい戦いになっていたのは間違いない。
こちらが勝つことができたのは、相手の視界を奪い強襲する、という策でのでの勝利だ。
しかしこんな一方通行の通路で、姿が見えないというのは作りづらい。だから砂埃を撒き散らしたのだ。
いかに闇属性について耐性があるといっても、あれほどの呪文を一身に受けたのはかなり応えている。
ただ魔人は再生が早い。
だからほっといてもしばらくすれば全回復するだろう。疲労は除いてだが。
無意味に終わる可能性がある賭けだったが結果は成功した。
もっとも、レイスが魔法を唱えた瞬間に肉薄していれば、レイス達諸共爆破させることができただろう。
それは魔人の再生力を持ってしての力技だが、そこまで接近できなかったのは、身体能力が低下しているからであるのは否めない。
疲れたな…。
こんなに敵を危険だと思ったのはいつぶりか。
そんなこんなで何気に振り返ってみると、あるものを見つけた。
それはクラウンがよく知っているもの。
「魔石」であった。
かなりの大粒で紫色に輝いている。
数は三つ、その光はまるでクラウンの勝利を祝うようだ。
「良い魔石だ。全部売るのはもったいないし、一つ取っとこうか」
「――大丈夫ですか!?クラウンさん」
砂煙の中から魔法をかけ、杖を光らせたティナが飛び出してきた。
爆発の影響か、純白のローブが汚れている。
しかし彼女はそんな事にもお構いなく、心配といった感情を顔に湛えていた。
もしかしたらよほど心配させたのかもしれない。
戦いに勝って興奮半分、クラウンの中に申し訳ないという気持ちが湧き出てきた。
いくら勝つためといっても、もう少し品位のある戦法をとっていればよかったのかもしれない。
自爆という手は最善の策の一つだったのも確かだ。
しかし周りにいる者からすれば別である。
「心配いらないよ、この通り。かなり危ない戦いだったけどどうにか勝てた。
ありがとう心配してくれて」
「はい……」
優しく感謝を述べたクラウンだが、それでもやはり心配しているのだろうか。
帰ってくる声は少し小さい。
まぁ実際は、魔法は大して効かなかった。
という事は口に出さない。
いくらなんでも流石に怪しまれるだろう。
彼女にはかわいそうだが、黙っておく以外の方法は無い。
「大丈夫かー?クラウン」
少し離れたところからヘンリーの声がする。
あいつは心配していないのか、それとも無事だと思っているのか、こちらにかける声はどこか適当だ。
そして砂煙の中からヘンリーとクラウディアが近づいてきた。
「大丈夫だ。悪いな心配させて」
「俺は心配してねぇよ、お前はどうせ無事だと思ってたし。それより」
あっ、やっぱり心配してなかったんだね……。
ヘンリーは突然クラウディアの方を向いてニヤつく。
それに気付いたのか、クラウディアもなぜかヘンリーに目配せしている。
なんだよこいつら。
こんな大変な戦いの後に、何ニヤついたんだ?
「何だよ?」
ちょっとクラウンはニヤつくんではなく、イラつくが言葉には出さない。
「何でもねぇよ。それより立て、ほら」
誤魔化すようにヘンリーが右手を差し出す。
こいつらめ……。
腹いせに遠慮なく全体重をヘンリーに掛けて立ち上がると、ヘンリーは小さく「重てぇ」と言った。
「後ろのアンデッドたちは問題なかったか?」
「問題あるもないも、さっきの爆風でアンデッド達は全部粉々さ。まぁそれでもアイテムは取れるからいいものの、俺たちまでぶっ飛んじまったぞ」
「…それは大変だったな」
それに対しては申し訳ない。
だけどあくまで自分から魔法に突っ込んだ事は語らない。
「あぁ全くだ」
クラウンがなぜか気まずそうに目を逸らしている。
そんな事に気づいた際、ヘンリーは先程のことを思い出した。
それにしても……。
先程大量のアンデッドをヘンリーは相手取っていたが、クラウンのことも脇見していた。
戦況状況を確認していたのである。
若干クラウンがいつもより苦戦していた気がしたのは気のせいか?
もちろん、慎重に事を運んでいたのかもしれないが、それでもヘンリーの目にはレイス達に押されていたのが見てとれた。
他の2人と話しているクラウンを盗み見る。
今はいつもの彼だ。変わったところも、おかしな点もない。 あれは自分の見間違いだったのだろうか。
それとも俺の気のせいか?
良く分からないからとりあえず質問してみる事にした。
「あのレイス達はどうだった?」
「強かった。あのレベルのアンデッドは非常に厄介だな」
「そんなに強かったのか」
やはり自分の気のせいでは無かったらしい。
それはそれで珍しい気がする。
クラウンが苦戦しているところなど、あまり見たことの無い自分からしてみれば新鮮だ。
「どうする、まだ先進むか?」
こんな初心者向けのダンジョンで、クラウンに対抗できるレベルの魔物が出てくるなど非常に気味が悪い。
この先を進めば、もっと危険な魔物が出ることは想像に難くない。
「いや…やめておこう。ここから先に行くのはまた後日でもいいと思う」
クラウンはそう答えたが、他の三人も表情で賛同してくれた。
やはり三人とも早くここから離れたいのかもしれない。
――――
ダンジョンを出てから約1時間。
降り注ぐ光に茜色を混じった頃、パーティーメンバー四人は冒険者組合の中に入った。
「時間も時間だしやっぱり混んでるな」
ヘンリーが何気なくそう言う。
夕方、この時間帯は他の職業者でもそうだが、冒険者においても人の流動が激しい時間だ。
特に忙しい理由は主に二つに分かれる。
朝にクエストを受けて帰って来る者と、夜間任務のために夕方の今出発する者だ。
クラウンは受付員を待ちながら後ろを振り返る。
視界に映るのは自分の後続を並ぶ冒険者達やクエストボードの他に、クラウンの報告を待つためラウンジテーブルに座っているティナ達3人の姿だ。
この冒険者パーティーを設立してからもう一年か。しかしあっという間だな。老化はしてないが体感時間だけは昔と比較にならないな。
独神は永劫なる時を生きてきた。
今はあっという間に日々が過ぎるように感じるが、昔はそうではなかった。
どこかで知ったのだが、人間は20歳になると人生の半分の体感時間を終えてるらしい。
別に人間と違ってクラウンに寿命というものは無い。
しかし魔族だとしても不老不死は珍しい方だ。
魔族、魔人と一括りにしても、数多の種類があるので、寿命はピンキリである。
少なくともクラウンは不死の存在であったというだけだ。
そのような不老と言えるクラウンだが、たまにヘンリー達のような人間が羨ましいと感じる時がある。
クラウンは今までに果てしない出来事を体験し、物語があった。
その全ては素晴らしく、今の自分を形成している。
かけがえの無い記憶であり経験だ。
そのおかげで何事に対しても冷静に対処できるし、経験論や感性で判断してもうまくいく事も多い。
……だがその反面、過去の経験は今を飲み込み、クラウンの現在の感動を薄くしているのだ。
パーティーの皆が感銘を受けたり、嬉しいことがあったとしても、クラウンだけは何も感動しないこともある。
ヘンリー、クラウディア、ティナなどの者達は全てに置いて新鮮な感動をし、困難な事態と遭遇しても味方と協力し、そして解決していく。
つまり、今を生きているのだ。
過去を生きているクラウンと、今を生きる三人。
この二つには決して交わることが出来ない境界がある。
それがクラウンを孤独に陥らせる。
だがそれも状況が少しずつ変わりつつあった。
なぜかといえば自分が魔王の力を失ってしまったことだ。
これは良い意味でも悪い意味でも、クラウンとしての再スタートだ。もしかしたら、これでやっと三人と同じ目線に立つことができたのかもしれない。
カーラは早く魔王の座に復帰して欲しい、または自分の元に来て欲しいと思っているだろう。
だがクラウンとしてはあまり芳しいものでもない。
それは別に魔王復帰やカーラの元に就くのが嫌だという訳じゃなく、単純にこれからパーティーの皆と、本当の意味で楽しみ、気持ちを分かち合えるかもしれないからだ。
それに大幅なパワーダウンはしたが、クラウンにはまだこの仲間達に教えることが色々あるはずだ。
パーティーを結成して一年、力をつけ経験を積んでいる今は大事な時期である。
そんな時に、メンバーの中で特に重要なポジションのリーダーが離脱してどうするという話なのだ。
魔王の件もある。
自分が無責任に譲位した以上、その代わりといってはなんだが、このパーティーの仲間達が十分冒険者としてやっていけるまで、面倒を見る必要があるとクラウンは思う。
「……様?お客様どうされましたか?」
クラウンはハッとする。
俯いていた頭を上げてみれば、カウンター越しに男性職員が不思議な顔をしてこちらを見てくる。
そして後ろからも「早くしろ」という意味合いの先払いが聞こえる。
失態だ。
列に並んでいる最中に物思いに耽って、後続の人に迷惑をかける。他の時間帯ではいいかもしれないが、今は冒険者が最も集まるとされる夕方だ。
かなり迷惑な行為である。
「すみません。考え事しちゃって」
「いえいえ。
……それで、本日はどうされましたか?」
「魔石を換金してもらおうかと」
クラウンは袋の中から今回ダンジョンで得た魔石、思い出用に持っていたもの以外を出す。
「お預かりします。色が濃い魔石ですね……」
ーーーーー
クラウンが持ってきた魔石を受付に鑑定してもらっている頃、ヘンリー達3人は今日の事について他愛もない話をしていた。
「しかしあのダンジョンは妙だったな。初心者に人気なダンジョンなのに魔物が出ないわ、深層の方では強いアンデッド。あんな極端な洞窟が初心者向けって本当かよ?」
ヘンリーが後頭部に両手を当てながらそう言う。
「確かに妙だった、いや恐ろしい洞窟だったわね。あのまま無際限に出てこられたら流石に命の危険を感じてたわ…」
「ティナはどうだった?」
「私も怖かったです。もしかしたら出られないかもって」
「そうだよなぁ…。少なくともまともな感じの場所ではなかったよな。ただ、アンデッドの魔石はとんでもなかったな」
クラウンに手渡された魔石をヘンリーは思い出した。
あれほど立派な色と大きさの魔石は見たことがなかった。ダイヤのようなカラットがあり、まるで宝石のアメジストにも見えた。
クラウンは今頃査定してもらっているだろう。
いったいいかほどの価値が付くのだろうか。
もしかしたら売り払わない方がいいのかもしれない。あれほどの上物は、この先見ることができないかもしれない。
「あれほど綺麗だと、いったいどれほどの魔力が込められているのかしら」
「ちょっといいか?」
三人は物思いに耽っていると、いつ近づいて来たのかわからないが、女性が話しかけてきた。
「っ、これは失礼。どうしましたか何か用で…あれ?あなたは先ほどの?」
「先ほど?なんのことだ?君たちはクラウンと一緒に活動しているのだろう?」
「――え、ええ」
謎の重圧によってヘンリーの口が開かない。
な、なんだこの女性?
すごいオーラみたいな…。
その発生元は目の前の女性。
何をしているというわけでもないが、ものすごいオーラ、というか雰囲気を感じる。
「彼は、クラウンは今受付で素材の換金に行ってます。呼びに行ってきましょうか?」
「わざわざすまない、だがそれは結構。
あいつが戻ってきたら、ここから北西の公園で褐色の女が外で待っている、と伝えてくれないか?」
「え、ええ。わかりました」
「では」
そう言って彼女は組合の出口に歩いて行く。
な、なんなんだ!?
ヘンリーは衝撃の現象を見る。
それは彼女が出口に踵を返すところだ。
とんでもない人混みが、彼女の行く先をどくように道が出来ていっている。
それも、どいている人たちは彼女の存在を意識していない様だ。
つまり無意識に彼女の周りから人が離れていっている。
これはどういうことなのか。
「なんなんだ、あの女性…」
「……」
呆気に取られたが、彼女が店を出たら自然と現実に戻った。
慌てて辺りを見回すと、椅子に座っているクラウディア達もまた、呆然と彼女の後ろ姿を見ていたようだ。
自分と同じような顔をしている。
「なんていうか、分からないけど…圧倒的だわ」
「…ああそうだな」
思わず語彙力が喪失するが、それほどのオーラが彼女にはあった。
溢れ出る強者の威圧、隠しきれない高潔さ。
空の王者であるタカが、ネズミで溢れる下水道に訪れたようである。
とにかくそれほどの風格を纏っていた。、
すれ違った時もそうだが、彼女は一体何者なのだろうか。
――――
クラウンは貨幣をたんまりと詰め込んだ麻袋を持って、三人が待つテーブルへと戻る。
さっき後ろが騒がしかったが気のせいかな?
まぁ何はともあれ今日は物凄い収穫。
やっぱりあのアンデッド達は普通じゃないな。
組合にでも報告しておいた方がいいのか?
あのまま野放しにしてたら、被害者が増えるかもしれないし…。
テーブルに戻ると、どこか現を抜かしたような表情が三人。
こいつら何ぼーっとしたんだ?
クラウンはわざと大袈裟に報告する。
「ほら!これ、今日は大収穫だ」
「――お、おぉ!凄いなそれは!」
「――え!?そんなに!」
「――凄いですね!」
「命をかけて戦った甲斐があったもんだ。でもまさかこんなに謝礼金が出るとは自分でも思わなかったけど」
自分の一喝でようやく三人の表情は戻ってきた。
「さすがだな。
そ、それでクラウン、唐突なんだが、お前に用事のある人が北西の公園、多分セレネで待っているみたいだ」
「俺に用があるだと?名前は?」
「名前はわからないが、褐色で銀髪の女性だ」
「なるほど、どおりでさっき騒がしかったわけだ」
「それはどういうことだ?」
ヘンリーの疑問の眼差しを何でもないと言うように軽く手を振りあしらう。
銀髪で褐色の女性。
それはおそろく、いや確実にカーラのことだろう。
前回会ってからまだ大して時間は経っていないはずだが、今度は何の用だろうか。
彼女は魔王という威厳ある存在ではあるものの、クラウンにとっては昔からの馴染みだ。
言わば気軽に会える存在である。
今回もおそらく領地に関することか、他の魔王のこと、世間話なのかもしれない。
「とりあえず行ってくるよ。報酬はお前らで四分割しててくれないか?」
「へ?あ、分かったよ」
例え仲間であろうと、金銭関係のことを冒険者仲間に任せるのは非常に危険だが、クラウンは三人を信じている。
そんなことを言ったのは、当然ながらこのチーム全員を信頼しているからである。
冒険者の中には義理人情を第一としているような珍しいチームもある。
クラウンはそのような一団に憧れていた、いや自分達もそうだと信じているのだ。
「分かったぜ、だが今日生きて帰って来れたのはクラウンのおかげと言っていい。だから俺たち三人の取り分の多くもお前にやるつもりだよ」
クラウディアとティナも微笑んでくる。
「あぁ…ありがとう」
こういうところが、このチームを結成して本当に良かったとクラウンは思う。
自分の期待、予想以上に皆が協力し思いやれる。
実力としてはまだまだかもしれないが、決してこの絆は他のチームに負けないだろう。
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