没落した魔王
物語の始まりです!
独神の魔塔が制圧されてから約1週間後。
グランテット界から遥か西に位置し、人間が主に支配する地域、アルヘイア界。
その世界を南へ下った方向に一つの国が存在する。
それはアルタ王国といわれる国である。
そんな魔塔とは何も関係がない様な彼方の地に、一つの冒険者グループがいた。
「今日の素材はいくらくらいになると思う?ヘンリー」
喜びの声色を含ませて喋った彼の名はクラウン・アラン・デイル=アルベール。
この都市、トロンで基本活動するチーム、ケイオスのリーダーである。
そのメンバーであるクラウンを合わせて四人は、ちょうどクエストの帰りであり、素材交換へと向かう途中であった。
「そうだな…金貨3枚、いや…5枚ってところか?」
隣にいた青年は嬉しそうにそう答える。
彼の名はヘンリー・スペシアス=ホワイト。
茶髪の陽気な青年だ。
「いいねぇー」
ヘンリーの隣にいる女性がそう言う。
彼女の名前はクラウディア・ライン=サーペスト。
オレンジ髪の短髪が光輝いている。
四人は真昼の市街地を堂々と横一列で歩き、楽しそうに話し合っている。
普通に考えたら邪魔になると思われる行為だが、昼の今では歩行者が少なく、道の大半を占めてもなんら問題がない。
「しっかしカルデラ森林の裏側に発見もんだな」
「…そうだけど、なぜ貴重なシーフがあんな簡単な森に生えてたんだろ」
「そりゃーあれだろ、あそこはなんだかんだ誰も通らない道だからな」
「なるほど」
クラウディアはそう言うとニコニコしながらヘンリーの腕に抱きつく。
「うわ!なんだ、車がぶつかったのかと思った」
「なんだって!?」
いつもながらの冗談をかますと、鬼とかしたクラウディアに掴みかかられる。
「ごめん冗談、嘘だって!助けてクラウン!」
「…お前がどうにかしろ」
ヘンリーを無視してクラウンは歩く。
なんだかんだ最近は順調だ。
みんな良い感じに経験を積んできたし、やっと脱初心者だといったところ。
まだまだ甘いところはあるものの、そろそろ次のステージに進むべきな気もしてきた。
特に、右で歩いている少女の才能は日に日に大きくなっている。
クラウンは少女をチラリと一瞥する。
彼女を見た時の第一印象は可憐な少女。
おそらく他の人でもそう思うだろう。
肩まで伸ばした青い髪に、黄色い瞳。
あどけなさは残るものの、身につける純白なローブとは不釣り合いな感じはない。
むしろそれが相まって、異性を惹きつけるような可愛らしさを放っていた。
彼女の名前はティナ・ルセット・ブレット。
このケイオスの魔法使い兼、回復術師だ。
「今日は収穫でしたね、クラウンさん」
と言って、彼女はニコニコした笑顔を見せてくる。
「そうだね。このチームもいよいよ波に乗り始めたって感じ」
クラウンはチームができた時の事を思い出す。
それは今から一年前の意外と最近の事だ。
クラウンは組合でチーム募集という内容の紙を張り出したのだ。
1人でも集まったら良いと考えていたが、予想に反して3人もこのチームに入りたいと申し出てきたのだ。
それで嬉しく了承したのが始まりだった。
今思うと、この町で募集したのは正解だったかもしれない。ここは国2番目の都市であり、数多くのダンジョンや地形が出来ていて冒険者業が発達している。
まさに冒険者にうってつけの街と言える。
「一体いくらになりますかね?」
「うーん、どうだろうね?シーフは漢方薬とか高級ポーションに使われてるから、相当値がつくんじゃない?」
「じゃあ期待できますね、私としては自家用にしたいところですが」
「またあそこには行く予定だし、今度二人で行こうよ、あいつらはあの調子だしね…」
そう言って後ろを見て呆れながら、親指で二人を指す。
クラウディアはヘンリーの頭をグリグリとていた。
「ふふっ…」
ティナは呆れずとも笑っていた。
こんなのがこのパーティーの日常風景だ。
忙しなくとも雰囲気の良い、落ち着けるパーティーだ。
そんなこんなで歩いていると、ひとりの女性が街路の反対から歩いてきた。
彼女の服装や容姿は、この辺りにある冒険者とは異彩な雰囲気を放っている。
まずとても美しい銀髪。太陽の日を浴びて燦々と輝いている。次に日焼けしたような褐色肌。浅黒い肌が銀髪と対比になっている。
そしてきちっとした謎の高級感がある軍服に、いかほどするのか分からないハイヒール。
服装に負けているのかと言ったらそうではなく、むしろ容姿と合わさって、彼女を上品でクールな印象を与える。
普段の多くが冒険者がいる区域だけに、その存在はかなり異質だった。
その女性にクラウンは見覚えがある。いや、正確に言えば知り合いだ。
しかしなぜこんなところにいるのか。
こんな場所にいてはおかしいし、こんな場所にいるべきではない。
それと、とある事情をチームの前で話すわけにもいかない。
「……」
だからクラウンは素知らぬ顔で歩みを進める。
そして二人がすれ違った時、
「ついてこい」
静かにクラウンにしか聞こえない声で彼女はそう呟いた。
「……」
「どうかしましたか?」
ティナがこちらの顔を見て何気なく聞いてくる。
流石の観察眼だ。口数は少ない彼女ではあるが、その分、人の話や表情しぐさを見ているので、細かな変化を読み取るのが得意である。
「いやーちょっ…」
「……なぁ、クラウン。今の女の人めっちゃ綺麗じゃなかったか?珍しいよな?銀髪で褐色なんざ。」
後ろにいたヘンリーが肩を組むようにして、コソコソ話してくる。
おそらくクラウディアに聴かれたくないのだろう。
「そうか?」
「こんな場所歩いてたが、絶対冒険者じゃないだろうな。あんな凛々しくて、なんていうか、良い意味で近寄り難い人は初めて見たぜ」
「オーラってこと?」
「まさにその通りだ」
どうでもよさそうに返事をして話を終わらせる。
それよりも、早く彼女を追った方が良さそうだ。何か、伝えたいことがあるのかもしれない。
「あ、ごめん。こいつが邪魔で言えなかったけど、ちょっと他の依頼の件で、用事があるんだった。先に三人で行っててくれないかな?もし間に合わなかったら三人の持ち分にしていいから、じゃ」
そう言って小走りで片道を引き返していく。
「…ちょ、なんだよいきなり用事って。
…もしかして、さっきの女性に一目惚れしたとか?あいつも隅に置けないやつだな〜」
ニヤニヤとした面持ちでヘンリーは遠ざかっていくクラウンの背中を見る。
「それはないんじゃない?なんだかんだ誰にもクラウンってなびかないし、どちらかというと知り合いっていう可能性もあるわね」
「はっは、まさかな。どちらにしろ羨ましいやつだぜ」
く〜、俺もあんな美女と話だけでもできたら最高なんだがなー。
「なにが羨ましいって?」
心を見透かしたようにクラウディアの視線が刺さる。
これは不味い、先ほどもきついお仕置きをもらったのだ、早く言い訳をしなくては。
「い、いやなんでもないわ…。はっは…」
「まぁ、いいけど。…ん?どうかしたのかしらティナ?
何か考えごと?」
「……。い、いえなんでもありません」
いつも大人しめのティナではあるものの、今の表情は無表情というよりは少し気持ちが沈んでいるようにクラウディアには見えた。
クラウンが謎の女性の跡を急いで追いかけると、そこは住宅街の隙間の行き止まりにたどり着いた。
迷路のような道の奥は少し開ていた。
そこに彼女の存在は確認できない。
急いで来たはものの、見失ってしまったのか。
迷路のようになってたからどこかで行き違いをしたのかもしれない。
すると、
「あいつらがお前のいう仲間か」
声がした方向に顔を向けると、そこには先ほどの女性が壁に背を預けて立っていた。
鋼のような色の銀髪に浅黒い褐色肌、宝石のような蒼い瞳は吸い込まれるように美しい。
「大変な事態だというのにこんなところで油を売っていたとは」
「カーラ…」
「ふっ」
彼女の名前はカーラ・セイメル・レギエ・ソフィア。
クラウンが統べていた国、アトランティスの隣に位置する国の現皇帝である。
「おまえの塔が陥落した」
「そうみたいだね…」
「それだというのになぜ戻らなかった?おまえは元ではあるが、あそこの王だ。おまえさえいたら、こんな事態は防げたはずではないのか?」
「わからなかったんだよ。前から疑問はあった、このまま続けていいのかなってね?俺は王で居続けられる器じゃなかったし、性分でも無かった。だから無責任と言えばそれまでだけど、あいつに譲ったんだ」
「連絡は取っていなかったのか?」
「うん。変に何か起こせば無理矢理にでも王の座に引き戻されるだろうし、あとはあいつに任せるつもりだったんだよ」
「…まぁ、もう後の祭りだ。今からでは全てが遅い」
「――そうだね」
「おいおい、私は説教しにきたわけじゃない。ただ、おまえが何を考えてるか気になっただけだ。…それで?これからどうするんだ?」
「しばらくはこのままあいつらとやっていこうと思うよ」
「そうか。――なら、私の所に戻らないか?」
「えっ?」
一瞬豆鉄砲を食らったような表情にクラウンの顔はなった。だってそうだろう。自嘲かもしれないが、力を失った自分にもはや価値などない。あるとすればその経験だが、自分の知識もカーラに役立つとは考えにくい。
「意見役でも私の側近としても働いてくれれば、助かるのだが」
「ごめんそれはできない。まだまだあいつらは成長途中、ここで俺が抜けて危険な目を遭うようじゃいけないから」
「随分世話焼きというか、老婆心が強いな」
「まぁこれはケジメでもある。国のことを自分勝手に見捨てた分、あいつらのことはしっかり面倒みようって決めたんだ」
「そうか。では、そいつらを面倒見切ったら私の元へ戻ってくるか?」
「あぁ。約束するよ、強くなって必ず帰る」
「…っ、そうか」
カーラは優しい笑みでクラウンを見つめた。
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