冬に暮らす
国都での式典が終わったエイガストとゼミリアスは、東の街に再び訪れていた。
予定が立て込んでいた事もあるが、国都では長期宿泊者で既に宿は埋まっていて、賃貸の料金も高い所しか残っておらず、エイガストの予算では足りなかった。
なので今年の冬は東の街で過ごし、ヴィーディフ商会の店舗を出す事にした。
人口の減った街では空き家が目立ち、新しい店が増えるのも避難した人が戻るのも、春を迎えてからになるだろう。
賃貸物件の中から、エイガストとゼミリアスは小さな裏庭付きの家を借りた。ウエルテが入れる馬房付きだ。
陽の登り始めた早朝。
ゼミリアスは欠伸を一つ吐きながら、屋根や裏庭に積もった雪を魔法で溶かす。二日ぶりに雪が止み、ようやく庭に出られたウエルテは鈍った体をほぐす様に駆け回る。
その間に汚れた馬房を掃除し、新しい水と乾草を混ぜたパンと野菜を餌箱に用意する。食事が用意された事に気づいたウエルテは、ゼミリアスの上から首を伸ばして餌箱に顔を突っ込んだ。
「ウエルテ シッ テイーリェ」
がっつくウエルテの首を撫でながらゼミリアスは落ち着かせる様に声をかけた。雪で出られない間は遠隔から餌箱に用意するだけで、ちゃんと手入れされなかった分、少し不満があったのだろう。
「リ グーア テッチャ フウ ニャ」
晴れた今日は綺麗に整えてから散歩に行こうと提案する。ウエルテはわかったのかわかってないのか、顔を上げて大きく鼻を鳴らした。
掃除用具を片付けたゼミリアスは、雪で覆った外の貯蔵庫から大きな瓶を一つ取り出す。中には肉と野菜が詰まった保存食。凍って冷たいので魔法で浮かせて、ゼミリアスは家へと入った。
玄関まで漂う焼けるパンとベーコンの匂いは、リビングに設置された暖炉から。エイガストが暖炉の熱を利用した焜炉を使用して焼き上げたベーコンを火で炙ったパンに挟み、熱いお茶と共にテーブルに並べる。
「お疲れ様、手を洗っておいで」
「ワ」
ゼミリアスは抱えていた瓶をテーブルに置くと、エイガストがキッチンに準備していたバケツのぬるま湯に手を洗いに行く。その間にエイガストは水を張った鍋に瓶を入れてゆっくり解凍させる。
「今日、ウエルテとお散歩してきて良い?」
「除雪が終わったら良いよ。どこに行くの?」
「南のほう」
「分かった。遅くなり過ぎない様にね」
「ウィッカ」
食事を終えるとゼミリアスはソリに乗って中央の大通りへ向かう。役場から正式に依頼があり、ゼミリアスは魔法による大通りの除雪仕事を引き受けていた。
魔法で雪の上を華麗に滑って行くゼミリアスの背を見送ったエイガストは、スコップを手に住宅街へ向かう。大通りとは違って、住民が住む細い道は住民の手で維持し管理する。軽く挨拶を済ませた後、年長者が決めた配置につき作業を開始する。
軒下にできた氷柱を折り、二日分の雪を屋根から降ろして道の端に掻き分ける。子供たちは山になった雪を投げ合ったり雪人形を作って遊び、周囲を散らかしては大人たちに叱られるのは毎度の光景。
小一時間でエイガストは帰宅し、昼前にはゼミリアスも帰宅した。冷えた体を温めてからゼミリアスはウエルテと共に南の平原へ散歩に出かけた。
一人残ったエイガストは店を開く。
ヴィーディフで取り扱う品は、薬草の調剤や加工した薬品。その副産物としてできる石鹸などの衛生品とスキンケア用品に、香水などの化粧品。
その他にも日用雑貨や小物類と装飾品など、数は少ないが様々な物が置かれている。雑貨類の殆どは災害時に交換や買い取った物で、外に出ない街の住民からすると珍しいのか意外と評判は良い。
とは言え一日中盛況している訳ではなく、客足の途絶えた時には既製品では丁度いいサイズがなかったゼミリアスの手袋や帽子を毛糸で編んでいた。
それも数日前に終わってなお暇を持て余す今は、手帳に絵を描いている。移動中の道端で見つけた草花や、立ち寄った街で食べた料理に使われた具材や味の感想、出会った人や旅路の記録をする物だが、最近はレイリスを描く事が増えた。
以前、なんの気無しに描いたレイリスの絵に対して「どなたですか?」と本人に尋ねられて驚いた。鏡にも映らなくなった己の姿を最後に見たのは、忘れてしまう程に遠い昔なのだとその時知った。
「私の姿は、エイガスト様の目にはこの様に見えているのですね」
そう言って含羞むレイリスの横顔に、エイガストは動悸が止まらなくなった事を今でも覚えている。
冬の間に残り少ない手帳の頁は使い切るだろう。エイガストは購入リストに紙を加えると、レイリスを呼び出した。
「レイリスさん、いますか?」
「はい、こちらに」
街の門を抜けて南の街道を、ゼミリアスを乗せたウエルテが走る。
人の足では歩行が難しくとも、馬の足では問題がないほどの積雪。雪を蹴散らして、久しぶりの外出にウエルテははしゃいでいた。
「オーゥ、ホーゥ」
ウエルテが走り疲れる頃、ゼミリアスは速度を落とす様に指示を出す。ご機嫌なウエルテの鼻息が真っ白に染まる。
ゼミリアスが積もった雪を魔法で集めて雪に埋もれていた地面を出すと、程よく枯れた草をウエルテが食む。集めた雪は丸く固めて顔を彫って梟を元にした雪人形を作る。
自信作が出来たと満足したゼミリアスは地面に座り、出かける前にエイガストが持たせてくれた弁当を鞄から取り出す。大きな果肉を残したジャムサンドと、土豆のクリームを塗ったスモークチキンのサンド。美味しそうに頬張るゼミリアスが気になったのか、ウエルテが欲しそうにゼミリアスの頭部に鼻息を吹きかける。
「ショフ ウエルテ。ンカーヒェ ウゥク ナ」
ゼミリアスはパンを奪われる前にウエルテ用のパンを出す。冬の保存食としてエイガストと一緒に馬に与えるおやつのパンを作った。出来栄えがとても美味しそうだったので、思わずつまみ食いしたゼミリアスが、その不味さに絶句したのは記憶に新しい。喜んでパンを咀嚼するウエルテにゼミリアスは何とも言えない表情をする。
小腹も満たされてのんびりしていると、ウエルテが何かに気づいたのか顔を上げた。耳を動かして周囲を探っている様子に、ゼミリアスも周囲に魔力を巡らせて気配を探る。
随分遠くから、一匹の狐がこちらを見ていた。否。その手前に雪の色に紛れている小さな耳羊を、狐は狙っていた。
二匹は互いの動きを探って膠着を続け、ほぼ同時に走り出した。
雪を蹴散らして走り回り、もう少しで狐が耳羊を捕えると思われた瞬間、飛来した大鷲が耳羊と狐を掴み上げて空へ攫って行った。
「……ル エヴィ……」
小さくなって行く勝者の大鷲を見上げて、ゼミリアスはウエルテに乗り帰路へついた。
陽が沈むと雪が降って来た。
折角掻いた道も、また雪に埋もれてしまう。冬の間はずっと繰り返される、人間と自然の戦い。エイガストは冷たい風が入らない様に窓の羽板をしっかりと閉じる。
バタンと勢いよく扉が開き、ウエルテに馬衣を着せて来たゼミリアスが、寒い寒いと呟きながら飛び込んでくる。
「暖炉の前はまだ暖かいよ。早くおいで」
熱気を残して灰となった暖炉の前に座り込んでゼミリアスは暖をとる。エイガストはまだ温かいポットの茶をカップに注いでゼミリアスに持たせた。
両手を温めつつお茶を飲んで、ゼミリアスはホッとため息を吐く。
少し談笑をして体が温まると、今度は眠気が訪れる。ゼミリアスの手から今にも落ちそうなカップを、エイガストはそっと奪った。
「こんな所で寝ないで、ベッド行くよ」
「んぅ……」
「はいはい」
ゼミリアスが両手を上げて抱っこを要望すると、苦笑しながらエイガストは両手で抱き上げる。寝室に行く途中で飲みかけのカップはテーブルに置き、日付の駒を一つ進めた。
エイガストは火傷に気をつけながら布団の中に入れていたベッドウォーマーを抜き取り、ゼミリアスをベッドに降ろそうと思ったのだが。
「……しょうがないな」
首に回されたゼミリアスの腕が離れてくれない。解こうと腕を引っ張ると、より引っ付いてしまった。
仕方なくエイガストは一緒の布団に潜り込む。そんなに大きなベッドではないので少し狭い。
閉じた窓をカタカタと打ち付ける風の音を聞きながら、エイガストは目を閉じる。
雪解けの春を待ち侘びながら。
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