手紙
冬が近づき、陽の出が随分と遅くなった。
秋の収穫が終わると、今度は空っぽになった畑を休ませて、春が訪れる前に種を蒔く準備をしなくてはならない。
「ねみ……」
温室に設置されている散水装置のレバーを握りながら、ノーマは大きく欠伸をする。
今日の相方はリノ。ストロベリーの苗に水が行き渡った事を確認した彼女の合図で、ノーマはレバーから手を放した。
リノが温室の足元で飼っている鶏の卵を集めて台所へ行ってる間に、ノーマが掃除で回収した糞を堆肥箱に入れて三室分集まったら、砕いた卵の殻と共によく混ぜる。空になった畑にこれを撒いて耕して、作物が大きくなる様に畑を育てる。
子供たちだけでは畑を全て耕す事はできず、トグニーを始めとした大人たちに手伝って貰い、そして子供たちは大人たちの仕事を手伝う。
陽が昇って明るくなる頃には、各家から朝食を作る湯気が漂ってきて外で働く人の空腹を刺激する。
「ノーマ、リノ。ヨヌルさんがご飯できたって」
「今行く!」
「待って、リノも〜!」
呼びに来たジャックの言葉に、二人は仕事服を脱ぎ捨てて食事に向かう。
仕事に慣れた最近では牛の世話をしたり、裁縫を覚えてみたりと、新しい事に挑戦しながら日々を過ごしていた。
そんなある日の夕方。
ちょっと焦げたパンケーキを揶揄われて拗ねるノーマと、それを謝って宥めるジャックとリノの元に、街まで商売に行っていたラグが手紙を届けに訪れた。
「リノ手紙なんてもらったの初めて!」
「僕も!」
「誰からだろ?」
三様に喜びを表現し、ラグに礼を言うと食事も忘れてソファに座って早速開封しはじめる。
手紙の差出人はエイガスト。子供たちを気にかける内容がそれぞれに認められ、遠くの地で採取した花の栞が同封されていた。
エイガストとゼミリアスが居なくなって、商会のカストルの訪問も少なくなり、本格的にトグニー一家を含めた村の従業員と子供たち三人でストロベリー産業を回していく事になる。
大きく作られた事務所兼住居は、子供たち三人だけでは少し広くて、その分寂しく思っていた。
「俺……読めるようになって良かった」
そう呟いたノーマの目は僅かに潤んでいて、そんな彼の頭をジャックとリノが撫でる。
「良かったね〜」
「やめろよ……」
「泣き止んだらやめる〜」
「うっせ、泣いてねーよ。ってか食わねーなら片すぞ!」
「やだ食べるー!」
ワイワイ騒ぎながら食事を終えた三人は、返事を書こうと備品を置いてる棚を開けた。
「あれ、紙ないよ?」
「まじか。次にカストル来るの明後日だろ、それまで書けねーじゃん」
「えーヤダ。リノすぐに書きたい」
「ねーもんは仕方ねーだろ」
「ヤダヤダ! お手紙書くの!」
「わがまま言うなって!」
「二人ともケンカはやめてよ!」
「わああああん」
大騒ぎする声を聞きつけたのか、トグニーが三人の元を訪れた時に見た光景。大泣きするリノと、怒鳴り散らすノーマ、その二人を狼狽えながら離れて見るしかできないジャックだった。
「いい加減にしろ!」
先ずは一喝。トグニーの声に驚いて三人は一瞬硬直して静かになったが、それも束の間リノは再び泣き出した。
「何があった?」
「う…えっと……紙がなくって…」
「紙?」
しどろもどろになりながらノーマはトグニーに説明をし、その内容にトグニーは盛大に溜息を吐いた。
そして泣き過ぎて声が枯れ始めたリノの正面でしゃがんで言った。
「リノ」
「ヤダぁ……おてがみ書くのォ……」
「ああ、エイガストさんに返事を出すんだろ。ならやるべき事は、泣く事じゃなくて紙を作る事じゃないか?」
「え、紙って作れるの!?」
「ああ。市販の物よりちょっと柔らかいが、ちゃんと書けたぞ」
背後で驚き声を上げるジャックに答えるため振り返っていたトグニーの服をリノがぎゅっと掴む。
「紙…づくる……おでがみ……書くゥ……」
「わかったわかった。準備するから一旦顔を洗ってこい」
ジャックがリノを連れて水栓装置に向かってる間に、トグニーはノーマを連れて鍋や網などの道具を準備する。
帰りが遅い父の様子を見に来たルトとユニまでも参加して、子供たちの紙作り大会が始まった。
釜戸に火をつけて薬品用の鍋で草を煮る。材料はそこら中に生えてるティシュの葉を使用。薬品を加えて溶かし、別の鍋に移して脱色。
毒性の強い薬を使っているため、ここまではトグニーが行った。
ティシュの葉から溶かし出した繊維と糊を加えた水溶液を、大きな盥に用意する。子供たちは切れ端の木材に張った網に水溶液を何度も掬って厚みを出し、間に落ち葉や花びらを挟んで独自の紙を作った。
木枠を外して紙が引っ付いたままの網を重ね、重石を乗せて一晩乾かせば紙が出来上がる。
「あーあ、寝てんじゃん」
「あれだけ泣けばなァ」
紙が乾くのをずっと側で待っていたリノだったが、いつの間にか眠っていた。トグニーに抱えられてベッドに寝かされ、ノーマとジャックも寝る事にした。
翌朝、当番でもないのに日の出前に起き出したリノはトグニーの所へ一目散に駆けつけて、紙を網から剥がす様に催促する。リノの声で目を覚ましたルトとユニも一緒になって牛の世話をしていたトグニーを引っ張った。
網から剥がした紙はザラザラしていてペンでは書き難く、細く削った黒鉛で書く事にした。集中して静かに手紙を書いてる子供たちの姿に、普段の仕事でも同じくらい気合いを入れて欲しいものだと、トグニーは溜息を吐いた。
「エイガスト、これなに?」
トグニーからの手紙を読んでいたエイガストに、テーブルに置かれた歪な形状の紙を指してゼミリアスが尋ねる。
「夏の間、一緒に働いた子たち覚えてる?」
「ワ」
「その三人からの手紙だよ。紙を手作りしたんだって」
エイガストから手紙を受け取り、ゼミリアスは内容に目を通す。
ノーマの手紙はシンプルに。書き慣れない文字を懸命に綴って、ホロロンを初めて仕留めた事が記してあった。
ジャックの手紙は華やかに。紙の縁に染料で色をつけて、整った書体で綴るのは、ヨヌルと一緒にマフラーを編んでいる事。リノとノーマには内緒だと言う。
リノの手紙は可愛らしく。ストロベリーの葉と野花の花びらを織り交ぜた紙に独特の丸い癖字で綴られた、鶏の雛が沢山生まれたので名前をつけて可愛がっている事が書かれていた。しかし、骨付き肉の絵が描かれているのはどう言う意味だろうか。
「面白そう! ボクも作りたい」
「いいね、そうしようか」
それからというもの、定期的に連絡を交わす度に子供たちの作る手紙の品質が上がり、雑貨のラインナップにレターカードを含めた所、リノの描いた絵に人気が出たのだった。
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