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閑話 手放したのは 中


「はァ? 居ねェ?」

「はい。リンゴールデット少……中佐の指示された場所に、確かに集落はあったそうなのですが、住民は誰一人としていませんでした」


晩夏の頃、アヤメと名付けられた新種のエンビが発生する原因となった小さな村。そこで行われていた悪弊(あくへい)を食い止め、犠牲とされかけた少年少女を保護する為にアレックは医師と部下を派兵した。

一連の騒動が落ち着き、時間の取れたアレックは彼等の様子でも見ようと思い立ち、どこの養護施設に収容されたかを聞きに事務局を訪れ、思わぬ返事を聞く。


魔花によって数名の犠牲者は出たが、それでも数十名はあの集落に残っていた筈だった。兵士等に気づかれずに集団で山を降りる道があったのだろうか。

それに何より、一度は犠牲にしようとしていた子供等を担いで山を降りるほど、集落の奴等はお人好しだったか。


「中佐……?」

「いや、了解した。邪魔したな」


事務局を後にして外に出たアレックは、腕に提げていた外套を羽織ると地面を蹴って空に舞い上がる。よく分からない状況ならば、現場に行ってみるのが手っ取り早い。

うっすらと雪の積もる大地は、山を昇るに連れて濃く厚くなる。冬の冷たい空気に肌を刺されながら、アレックは例の集落を目指した。


最低限の休憩を挟んで三日。アレックは集落に一番近い麓の村に到着した。聞き込みをするも、やはり集落から降りてきた者は居ない。

情報提供の礼に、アレックは来る途中で仕留めた数匹の耳羊(うさぎ)を村に置いていく。川の毒で住民が減った分、収穫の作業が進まなかったせいもあるのだろう。遠い場所の畑には未収穫のまま枯れた作物が雪に埋もれていた。耳羊(うさぎ)の肉と毛皮で冬を越す多少の足しになれば良い。

冬眠季が過ぎれば、また春が来る。


空を飛んで山を登り、大きな池に寄り添う集落の広場に降り立つ。積もる雪で足首まで埋まった。

あの時助けた少女はどの家を使っていただろうか。白く埋め尽くされた周囲を見渡して記憶を辿っていると、ふと雪に違和感を感じた。


「足跡……?」


後から積もった雪で隠れかけていたが、それは人間の足跡だった。歩幅の間隔を見るに女性だろうか。足跡は一つの民家から裏手の畑に伸びている。

兵士等から隠れていたのか、戻ってきたのか。いずれにしろ人が居る事を確認したアレックは、足跡の主が住む家へ向かった。

鍵などは無い。扉が勝手に開かない様に、少しズラすだけの簡単な(かんぬき)があるだけだった。肩の雪を払って中へ入ると、部屋の中は寒くは無いが暖かくもない。暖炉など無い民家では部屋の中央に火を焚く場所があり、煙を逃す風穴が天井に空いて居るため、熱気はそれほど室内に残らない。

その小さな火の側で、何重もの布団で包まれた人が揺椅子で眠っていた。


「こいつは……」


見覚えのある顔にアレックは驚愕する。あの時より少し成長して見えるが、眠る彼はギヴが我が子だと主張していたアイゼルトだった。


「出てけッ!」


足跡を見て慌てて駆けつけたのだろう、開けっぱなしの扉から肩に積もる雪を払う事も忘れ、少女が玄関前に置いていた箒をアレックに向かって振り上げる。振り下ろされる箒を難なく掴むと、少女は必死に取り返そうと引っ張った。


「泥棒! 変態! 痴漢!」

「勝手に入ったのは悪かった。謝るから少し落ち着け」

「出てって! 今すぐ出てけッ!!」


興奮して埒が明かない。アレックは大人しく家を追い出され、少女は仁王立ちで扉を立ち塞いだ。


「女の子の部屋に無断で入るなんて最低!!」

「そいつに関しては謝る。悪かった」


アレックは両手を挙げて反抗の意思がない事を示す。

今すぐにでもアイゼルトとの関係を問い質したくはあったが、警戒する相手にはまず自分の目的を明かすべきだった。


「俺はアレック。スフィンウェル国の兵士だ。この集落には人を探しに来たんだ」

「……」

「他に住人は居ないのか?」

「……知らない」


低姿勢で少しずつ距離を詰めて警戒を解く。力づくで突破する事は簡単だが、メヤの手の甲に刻まれた十字の刻印に何かしらの魔法をかけられている事は明白で、下手をすればメヤを囮に逃げられる恐れがあった。


「そうか。お前……君の名前は?」

「メヤさん」

「クーさん!」


アレックの後方からよく知った声がした。振り返った先に立つ、フードで顔を隠した人物をメヤはクーと呼んだが、フードの奥に見える銀色の眼は明らかにギヴのものだった。

ギヴは硬直するアレックの脇を優雅に歩いて通り過ぎ「落としましたよ」と言いながら右腕に抱えていた雪まみれの籠をメヤに差し出す。被せた布の隙間から見えた中身は、芋などの食べ物だ。


「ごめんなさい。泥棒に驚いて……」

「よく頑張りました。後は私が引き受けます、あなたは中であの子を看ていて下さい」

「わかりました。無茶しないで下さいね」


メヤを家に避難させたギヴは、執拗に睨みつけるアレックへと向き直る。アレックは魔法の準備をしていたが、ギヴとメヤとの距離が近過ぎて放てずに両手を握りしめていた。


「お久しぶりですね、アレック」

「手前ェ、ここの住人を何処へやった!?」

「住人……ああ、なるほど。あの時の少女を探しに来たのですね。残念ですが、私が来た時には既に居りませんでした」


一時的に手を組んでこの集落で生まれた魔花を倒し、アレックが一人の少女に言付けをしていた様子をギヴも見ていた。

アレックはギヴが要因だと思っている様だが、既に居ない者の行方など知る訳がない。

アレックが訪れたのは偶然で、何かしらの痕跡を辿って追ってきた訳ではなかったのだとギヴは悟る。

ギヴが視線の先をアレックの後方へ向けると、パンと破裂する音が響き、アレックが舌打ちをする。アレックが後ろ手に飛ばした伝信に気づいたギヴが阻害したのだ。


「勝手に(かれら)に連絡されては困ります」


ギヴが右手の指先で何かを掴む動作をした直後、突然アレックの顔が真っ青になって膝をつき、喉元を押さえて苦しそうに喘ぐ。

呼吸をする器官を締め上げれば、大抵の人間は混乱を引き起こし即座に気絶すると言うのに、反発するアレックの魔力によって完全には呼吸を止める事は敵わなかった。

しかし、死ぬまいとするアレックの強い生への執着が、ギヴの力を強くする。


「我が子の邪魔をなさらないで下さい」


ギヴが右手を握りしめると、今度こそアレックは(うずくま)ったまま昏倒した。

ギヴはアレックを浮かびあげると、集落の外に放り投げる。その方向には川がある。運が良ければ川下の村人に拾って貰えるだろう。

一仕事終えたギヴが家に入ると、目を覚ましたアイゼルトと心配そうにしたメヤが待っていた。


「だ、大丈夫でした?」

「ええ、探し人が居ないと分かって帰られました」


ギヴの答えにメヤはホッと胸を撫で下ろす。その横ではアイゼルトが訝しげにギヴを見ている。


「少し遅くなりましたね。メヤ、食事の用意をお願いします」

「任せて下さい!」


アイゼルトの圧に負けて、ギヴはメヤを炊事場へ向かわせる。二人になったところでアイゼルトが口を開いた。


「軍の奴だったんだろ?」

「ええ、ですが私たちを追ってきた訳ではなかった様です」

「ふーん。で、どうしたんだ?」


指名手配されている人間を見つけて、軍人が素直に帰る訳がない。ギヴにはできるだけ人を殺さないよう言いつけているが、アイゼルトの為に必要とあればギヴは容赦しない。アイゼルトはギヴがどう対処したのか気になっている。


「大丈夫ですよ。少し眠って貰って、川に流しただけですから」

「この寒空の下にか?」

「ええ。強い個体ですから死ぬ事はないでしょう」

「お前なァ……大丈夫なワケねーだろ」


いくら軍人で強いと言っても冬の川に流されれば最悪凍死してしまう。直接手を下してなくても死んだ要因はギヴになってしまうのだから、アイゼルトとしては気分は良くない。


「後で拾いにいけよ?」

「え」

「拾いに、行けよ。クーさん?」

「……はい」


根負けしたギヴはアイゼルトの指示に頷く。ずっとギヴを険しい目で見ていたアイゼルトが、ようやく笑顔を見せた。

そこへ熱々のシチューがたっぷり入った大きな鍋を抱えたメヤが炊事場から戻ってくる。ギヴはメヤに声をかけて鍋を浮かせると、中央の焚き木の上へ吊した。


「あれ。クーさん、どこか出かけるんですか?」

「少し所用ができました。何か必要なものはありますか?」

「肉! 魚飽きたから肉!」

「えっと、乳がもう少しで無くなりそうです」

「わかりました」


外出するギヴを見送った後、メヤはシチューをスプーンに掬ってアイゼルトに「あーん」と差し向ける。


「あのなメヤ。コレ解いてくれたら自分で食うから」

「だーめ。アルトちゃんまた外に出ようとするじゃない」

「そりゃ何日も寝てたら外にも出たくなるだろ」


何重にも包む布団から抜け出そうと思えばいつでも出られるのだが、心底アイゼルトを心配しての事だと分かっている為に無下にはできず、アイゼルトも愚痴を吐きつつも大人しくしている。


「せめて熱が治ってからね」

「へいへい」


髪や爪の伸びる速度は相変わらずだが、ここ数日は高い熱が出る事もなく、落ち着いている。


「メヤ」

「ん?」

「家族に会いたいか?」

「うん。あ、でもアルトちゃんの体調が戻るまで、ちょっとくらい伸ばしても良いよ。妹には両親がいるけど、アルトちゃんの食事はクーさんには無理だもの」

「くッ、そうだな。……ふふッ」


ギヴの料理に対する辛辣さにアイゼルトは堪えきれず笑い、メヤも釣られて笑う。

メヤが来てからもうすぐ期限の一節(ひとつき)。近い別れを惜しんで、アイゼルトはもう少しだけメヤに甘えた。


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